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壬生怪談・百物語




〇〇三・水生(スズラン)


 あれぇ、お医者様。こんな夜更けにまだ起きてるんだ?
 お仕事? うへぇ、働き者だねぇ。僕にはとても真似できそうにないよ。
 今夜はよく降るね。月見酒とはいかないけれど、雨も風情があるものだよ。
 こうして立派な屋根があると寒くないしね。

 それにしてもこう何日も続いちゃ、またあちこちで川があふれて、たくさん仏さまが出そうだ。
 お医者様は土左衛門って好き? へぇ、ふつうの仏様とどっちが好き?
 そう。やっぱ変わってるねぇ。

 雨、やまないね。

 水がついちゃった。ほら見てよ、屯所の前、小川みたいになっちゃってる。
 明日のそうじ当番の人は大変だろうな……って、僕だ。うわぁ。

 水の流れていくところには、悪いものがたまりやすいんだ。
 流れに押し流されていく土や砂利とか、ごみとか、仏様とか。ほかにもいろいろ。人もそうじゃないものも。
 お医者様、このあたりのお人じゃないでしょ。それっぽくないから。
 近くにあるお城は見た? そう。とっても立派な。
 江戸幕府が二条城を造ったのは、御所に睨みをきかせるため……ありていにいえば、朝廷への嫌がらせだね。平安京の神泉苑があった場所、つまり帝のお庭だったところに、これ見よがしに大きなお城をドンと建てちゃった。
 元々豊かな湧き水の出る池を埋め立てちゃったもんだから、そこから今でも湧きあがってくる水は、行き場を失って低地へ流れていく。そこに、僕たち新選組の屯所はあるってわけ。
 水の生まれるところ。「水生」に「壬生」と当て字をした湿地だよ。
 だからジメジメしてるよね、このへん。夏場とか蚊がすごそう。お肌が荒れないか心配だなー。

 この八木さんのお屋敷。
 僕らが連れてこられて住みはじめた最初のころは、昼間でもなんだか薄暗いし、ちょくちょく耳がボワンってなるし。柏手打っても音が響かないし。障子におかしな影がうつるし。夜中に首のない人たちが庭に並んで、全員こっち向いて手を振ってるし。
 やばいとこ来ちゃったなって思ってた。処刑場とどっちがマシかなぁって。うーん、どうだろ。
 悪いものが集まってくるのは、溜まった水のせいかもしれない。
 こんなジメジメした土地にいちゃ、刀のなかの本物さんたちの魂も、腐って悪くなっちゃったりしないのかなー。
 ……って思ってたんだ。最近まで。

 一番星ちゃんいるでしょう。局長さん。そ、髪の毛の赤い男の子だよ。
 あの子の年を聞いてびっくりしちゃったよ。若いんだねぇ。まだ子供じゃない。
 ここへ来てから、あの子はサクヤちゃんと顔を合わせるたびに喧嘩しててさ。
 僕、縁側でふたりのこと見てて気がついたんだけど。
 一番星ちゃん、お腹から大声をあげるでしょ。木刀でこう……えいやっっと打ちかかっていくとね、腕はサクヤちゃんのほうがずっと上だから、軽々といなされちゃうわけ。
 そのとき、泡がぱちんってはじけるみたいに、ふたりの頭の上のあたりで、蚊柱みたいにモワモワした悪いものが消えちゃうの見たんだ。
 不思議でしょ。面白いよね。
 陽の気がとっても強いのかな? 一番星ちゃんは。よくわかんないや。初めて見るから、あんなの。
 偶然そういう体質に生まれたのか、それともどこかに、不思議な血が入っているのかもしれないね。 
 ん? どういうことって。
 そうだねぇ。たとえばご先祖様っていうと、ほら、僕の手見てよお医者様。指が五本ある。
 ひいで親、ふうでその親、みいでまたその親、よおでその次、いつつまた次……そんだけ代を遡ると、もうなにがなんだかわかんないよね。
 そんな古い時代の人は誰も生き残ってないから、どんな人だったかは誰も知らない。そんな昔の血のどこかに、意外と人じゃないものが混じっていたりして。
 ただの想像だけどね。僕は知らないよ。

 一番星ちゃんが気合いを入れて、叫んで怒鳴って木刀振って足で蹴って──その度に悪いものが、ぱちんぱちんってはじけて消えるのが面白くてね。よく後ろをついて歩いて見てたんだ。
 汚れた空気がきれいになっていくところを見てるのは、いやあ、気持ちがいいもんだね。 
 サクヤちゃんには、「さっそく馬鹿星の腰巾着か」なんてイジワル言われちゃったけどさ。
 あの子、見た目は大人びた二枚目なのに、意外と子供っぽいよね。

 そうそう、僕らといっしょに住んでる八木邸の人がいるでしょ。
 最初は不満そうだったの、お医者様は気づいてた?
 そりゃそうだよね。お家に気性の荒い侍集団を置いておけって、お上に命令されてさ。ほかのお家だと、新選組の隊士が出入りするのを怖がって、家の人がみんな逃げちゃったところもあるらしいよ。
 僕らが成った新選組って、町の人の評判すこぶる悪いよね。侍──ならず者、乱暴者の親玉みたいな奴らって印象あるみたいだし。
 ちゃんとしてたら、そのうちみんなの見る目も変わると思うけど、殺生しないお坊さんが、道を歩いてるだけで殺し屋みたいな目で見られちゃうのは心外だよ。

 それでねえ、一番星ちゃん、挨拶の声大きいでしょ。最初はびっくりして、声の大きさに圧倒されちゃうんだけど……。
 気が付いたら仲良しの友達になってるんだよね。
 うん。なにあれ? ぜんぜんわかんない。
 八木邸の人もなんだろうけど、僕もそうなんだ。ずっと友達だったような気がする。一番星ちゃんと。子供のころに川でいっしょにザリガニとったり、山で足をくじいたときに、あの子に家までおぶって帰ってもらった記憶とか、急に湧いて出てきたもん。
 いや、あるはずないでしょ初対面なのに。意味不明すぎてびっくりしちゃった。

 でもいやな気はしないね。一番星ちゃんと話してると、明るい気持ちになる。
 元気が出てきてアガっちゃう。一言二言話しただけで、僕は彼のこと好きになっちゃったよ。いい子だし、面白いしさ。ギャタロウちゃんとボウちゃんもそうだって。
 藤堂ちゃんもアキラちゃんも、なんだかんだで気にかけてる。サクヤちゃんは……まあ、そりがあわないだろうなって感じするね。若いねぇ。青いね、ふふふ……。
 お医者様はどう?
 え? あの大きな声が苦手? あはは、そっか。
 聞くだけで、悪いものが泡みたいにぱちぱちはじけて消える、一番星ちゃんの大きな声が苦手なんだね。
 そうだろうねぇ。

 だって僕、お医者様には言ったことないもの。ソウゲンちゃんに、目に見えないものの話なんかしたことないよ。
 「僕の目には人の魂が見える」なんて非科学的な話は、ああいう人には信じてもらえないんじゃないかなぁ。たぶんね。これまでもそうだったから。

 お医者様、今朝から古手町に出かけてるんだ。唐薬種をあつかう薬問屋の町らしいよ。
 あの人、興味のあるものを見つけて気分がアガっちゃうと、時間が経つのも忘れて夢中になっちゃうみたいだから、出立は明日の朝になるんじゃないかな。
 こんな雨の夜だから、今頃お宿でしっぽりと、疲れた体を休めていると思うよ。

 ねぇ。お医者様のお部屋で、ソウゲンちゃんの姿かたちで、ご遺体刻んでなにを調べてたのかな?
 いま僕と話してる、きみはいったい誰なんだろうね。




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