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壬生怪談・百物語




〇〇四・簪鬼(スズラン)


 今夜も精が出るねぇ、ソウゲンちゃん。今日は本物?
 いやね、前にこんな雨の日に、狸の子供がきみのお部屋に忍びこんでイタズラしてたのよ。
 出会い頭にちょっとびっくりさせちゃったから、もう来ないと思うけど。
 このお部屋、危ないものもゴチャゴチャと混ざって転がっているからね。毒のある鈴蘭の花や根っこを煎じたのやらをうっかり口に入れたり、手術道具に触って前脚を切り落としたりしちゃかわいそうだよ。
 ソウゲンちゃんが毎晩熱心に解剖研究やってるから、かっこいいって憧れちゃったのかもしれないねぇ。

 酔っ払いがこんな夜更けにどうしたのかって?
 そりゃもちろん、もう何日も夜を徹して働き通し、溜まりに溜まったお医者様を慰めるために、いつもお世話になってる僕が夜伽に……やだ、冗談よ。
 まじめなソウゲンちゃんったら、本気にしちゃったかしら。酔っ払いのおふざけよ。
 えっ。ねぇ。近い。じょ、冗談なんですけど。
 あのっ、いけないよソウゲンちゃん。僕らまだ手も握ってないのに、こういうことは順序を大切に……! でもでも、ソウゲンちゃんがどうしてもって言うなら……ん? え、お話?
 寝物語などをして話し相手をする……まあそうね、うん。
 そういう意味の言葉だよね。夜伽。
 えーと、それじゃ……お話しちゃう? ちょうど面白いことあったんだ。
 待っててね、お茶となにかつまむものを用意しましょ。
 えっ、なんで急に手を握る話をしたのかって……そ、それはもういいって。言葉のあやってやつだから忘れてほしい。

 ひゅーどろどろ〜。
 ……どう? 雰囲気出てる? 怪談話にゃ、ろうそくがつきもの。
 百物語には百本灯すけど、今夜は一本だけでいいよね。
 それにしてもこのろうそく、変わったにおいがしない? なにか、動物の焼けるみたいな……。
 ん? ご遺体から出た脂が余ったので? そこから? え、はぁ?
 どういうことなの。
 新選組の財政難のため、ろうそくみたいな贅沢品を使う余裕がない?
 藤堂ちゃんからは「いつまでも夜更かししてゴソゴソしてないで、明日にそなえさっさとクソして寝ろ」と叱られてしまった? ……うん、お母さんの言うことは正しいし、ちゃんと聞いたほうがいいんじゃないかな……。いうて、人の話を素直に聞くような感じじゃないよねきみは。
 それで身のまわりにあるもので、ナントカやりくりをして……はぁー。ソウゲンちゃんも、けっこう苦労してるんだねぇ。みんなが宴会して酔いつぶれてる夜中までがんばって働いてるのに。
 天才のやることは、一般の方にはなかなか理解してもらえないもの……って、自分で言っちゃったよこの人。
 たしかにすごいけど。この前、折れた鬼神丸国重を使って造ってくれたエレキテル錫杖さ、ビリビリーって強くて。あれに守ってもらわなきゃ、僕もう何度お侍さんたちに斬られて三途の川を渡ってたことか。
 命の恩人だよソウゲンちゃんは。刀に宿った斎藤一さんもビックリしてると思うな。
 ギャタロウちゃんも一番星ちゃんも、興味深々できみの発明を見にくるし。そのうちきっとソウゲンちゃんの得意なこととか、すごい技のこととか、きみの良いところをみんなもわかってくれると思うよ。僕みたいにね。

 仏様から作ったろうそくはねぇ。うーん……。
 まあ、開かれたあとの仏さんなんて、あとは朽ちて土にかえっちゃうだけだし、中身も空だから今更文句は言わないと思うけど……いやいや普通に考えて、人としてダメだわ。みんな怖がって、研究室に近寄らなくなっちゃうよ。
 ギャタロウちゃんじゃないけど、僕らも金策を考えなきゃだねぇ。
 人を困らせたりはダメだけど、僕もソウゲンちゃんにはいつもお世話になってるし、お坊さん一肌脱いじゃうよ。

 だから今の話はさ、僕らだけの秘密にしない?
 お友達同士で秘密を分けっこするのは、なかなか楽しいもんでしょ。いや、仏様のろうそくは楽しいことでもないか。
 よくわかんない? お友達と内緒の話をしたことないから? まあまあ、カタいこと言いっこなしよ。そんじゃ、お試しってことでどう。
 あら、何か嬉しそうね、ソウゲンちゃん。お友達っていうのが? そっかぁ。そんなに?
 んふふ。そりゃよかったよ。でもきみって、やっぱ変わってるわぁ。

 そうそう、なにかお話をするんだったっけ。
 いや、怪談話を聞かせて怖がらせちゃうつもりだったんだけど、今聞いたろうそくの話のほうがずっと怖いわ。なんだか雰囲気ばつぐんになっちゃったね。はは……。
 そんじゃ、あることないこと話を盛るから、そういう作り話の寝物語だと思って聞いてよ。
 眠くなったら寝ちゃっていいからね。

 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 ねぇソウゲンちゃん。お坊さんは嫉妬しないけど、かんざしってやきもちを妬くのよ。

 アキラちゃんが、かんざしを大事そうに握って見つめてることがあるの、ソウゲンちゃんは気づいてた?
 桃色のウサギのかんざしよ。ありゃ男に贈られたなって、僕は踏んでるんだけどね。
 それ当たってたとしたら、男が女の子にかんざし贈るなんて、ふふ。やだぁ、本気よね。
 アキラちゃんのほうも、ああもうっとりして贈り物を見つめてるとなると、これはひょっとするとひょっとするよ。僕らそのうち男を紹介されちゃうかも〜。
 今からお式の準備してたほうがいいかなぁ。僕、はりきって祝詞を奏上しちゃうから。んふ。まぁ相手の男による。

 で、もう一本のかんざしの話よ。
 アキラちゃん、新選組へ来たときから、すみれ色のウサギのかんざし持ってたでしょ。身につけてるところは一度も見たことがないけれど。
 死罪人は何も持たずに死んでいくけど、若い身空で咎人になった女の子だ。それも、男たちによってたかって乱暴されそうになって、嫌がって抵抗したのを咎められてとかいうじゃない。
 藤堂ちゃんみたいにまともな侍なら「ひどい話だ」って怒るだろうし。
 お目こぼしをもらったんじゃないかしら。血も涙もないお役人だって、年頃の娘がいたりすると、どうしても家族と重ねて見ちゃうんじゃない。

 この、すみれ色のウサギのかんざし。
 どうも、新入りの桃色のウサギのかんざしが気に入らないらしいの。

 これは、アキラちゃんに相談されたお話なんだけど──。

 夜、みんなが寝静まったころ、お部屋のどこかから『だん!』って大きな音がする。
 眠っていたアキラちゃんは驚いて起きるけれど、誰もいないし何もない。
 それが一度じゃなくて何度も、幾晩も続くものだから、アキラちゃん寝不足になって僕のとこへ来たの。坊主なら何とかできるんじゃないかって。
 お化け苦手なんだね。んふふ。かわいい。

 僕があの手この手で粉かけるたびに、呆れて溜息ついてばかりだったアキラちゃんが、そうやって頼ってくれるなんて。
 じつは脈ありじゃない? そりゃお坊さんも張りきっちゃうでしょ。
 ん? 僕が思ってたよりもまじめでいいやつらしいって、付き合ってるうちにアキラちゃんもわかってきたんだろうって? 意外と女の子にいやらしいイタズラもしないマトモな人だって、ちょっとだけ信用されてきてる?
 意外ってなによぉ。僕の最初の印象が、だらしなくていいかげんで軽い男みたいじゃない。
 心外だなあ。これでも僕はもともと、まじめで仕事熱心なお坊さんですよ。

 そんで僕、一晩アキラちゃんの部屋に泊まることになったの。
 およ? ソウゲンちゃん。どしたの、そんなびっくりした顔して。
 まさかあ。手を出したりしないよ。今せっかく言ってくれたのに、信用されてるって。

 アキラちゃんは、八木邸の二階のお部屋を融通してもらってね。組長にひとり体調を崩したものが出たから、一晩だけお部屋を貸してやりたいのですーってふうに。
 その晩は、アキラちゃんの部屋に僕だけ、って状況よ。
 え? 変なことしなかったかって?
 しないよ! 逆に何をするの。
 ソウゲンちゃんだけじゃなくて、藤堂ちゃんやみんなもだけど、アキラちゃんに親御さん目線よね。
 安心して。おとなしくしてましたよ。これでも僕は、惚れたお人には一途な男で……あーっ、ソウゲンちゃん信じてないでしょ。
 あれだけ女人を口説いていたらしょうがないって、それ言われちゃうとなんとも。んふぅ。

 夜になって、アキラちゃんのお部屋でひとりで寝てると、夜中にたしかに音がする。
 『だん』って。話に聞いてたとおりだね。軽い感じの音だった。
 やわらかいものがぶつかりあうみたいな音……。
 そりゃ気になるから探しちゃうでしょ。女の子の部屋を隅々まで漁ったり、不思議な音だかなんだかわかんないけど役得だよね……って思ったんだけど。
 剣術のアレコレの本とか、兵法のナニナニの本しかなかったんだよ。ガッカリだよね。

 どうやらその音は、棚の中から聞こえてくるみたい。
 衣装棚じゃないよ、念のため。小物とか入ってるところよ。
 引き出しを開けると、色の褪せたお花柄の巾着が出てきた。縫いめが不揃いだったし、たぶん子供の作ったものだと思う。
 そのなかに、すみれ色のうさぎのかんざしが一本。
 金具が曲がったり、色が剥げたりしてて、だいぶ傷んでたわねぇ。いや、アキラちゃんが雑に扱ってるとかじゃないと思うよ。
 ソウゲンちゃん、お部屋を掃除してたら、子供のころに遊んだおもちゃを偶然見つけたことってあるでしょ。ああいう感じ。ついた傷ひとつにも思い出があるものよ。

 僕がかんざしを巾着からとりあげると、『ぶうぶう』って、こもった笛の音みたいなのが鳴る。
 似たような音を聞いたことがある。うさぎが怒ったときの鼻息の音だ。
 『だん!』って物音も、ウサギって威嚇するときに足をこう、踏み鳴らすでしょ。あの音そっくり。
 あー、不満なんだなってわかっちゃった。
 すみれ色のかんざしは棚の奥にしまいこまれてるのに、桃色のかんざしは、いつもアキラちゃんが懐に入れてる。新入りのくせにアキラちゃんとずっと一緒にいるのよ。憎いよねぇ。
 かんざしもかんざしに悋気を起こすんだねえって、ちょっと驚いた話。

 朝になってから、アキラちゃんに聞いたの。
 すみれ色のかんざしを贈ってくれたのは、アキラちゃんがまだ沖田総司さんの替え玉になる前、ふつうの女の子だったころに友達だった娘なんだって。

 アキラちゃんさ、沖田総司さんとしては、町で女の子たちの憧れのまとで、キャーキャー言われてモテてるじゃない。
 線が細くてまじめな性格、天才剣士で顔もいい、非の打ちどころのない素敵な殿方だって、そう見られてるから。
 町の娘さんたちにとっちゃ、沖田総司さんは男だから。
 女の子同士だと、アキラちゃんって、けっこう浮いちゃってたと思う。剣を振り回すのがうまい女の子って、そうそういないでしょ。

 あの娘はまわりに何を言われても、気にせずひとりで鍛錬してそうだけど。
 そういうちょっと変わった子のまわりって、気があう同類の友達が集まってくるものよ。僕らが出会ったみたいにね。
 アキラちゃんの実家の道場の向かいの家に、そういう娘がいたの。アキラちゃんと同じで、まわりにあわせて『普通』の女の子になれなかった。
 「女の子だから」ってとりとめのない、理由にもなんない理由で、頭がいいとか、本を読むとか、字がうまいとか、何も許されなかったんだね。浮世は不平等だ。
 その女の子は、体が弱くてお家の外には出られなかったけど、道場で女だてらに木刀振って鍛錬してるアキラちゃんの姿を、いつも楽しそうに見てたそうだよ。

 なんで僕がそんなこと知ってるかって?
 アキラちゃん、懐かしそうに話すから。でも、あの娘はもうしびとだよ。首を斬られた死罪人。僕らと同じに、そういうことになってる。
 昔の知りあいに生きてるのが見つかっちゃったら、迷惑をかけるってんで……とことんまじめだよね、あの娘は。で、かわりに僕が調べてみた。
 すると亡くなってたんだよね、その友達の娘。先月のはじめごろに。
 アキラちゃん、もしかしたら友達が、墓参りにきてほしくて呼んでたのかなって思ったみたい。
 顔を隠して、「今までありがとう」って感じで、こっそりお墓にお参りに行ったそうよ。

 でも僕は、そうじゃないと思うんだよねえ。
 ここからは、さらに話半分で聞いてほしいんだけどさぁ。

 あの晩、僕が見たすみれ色のウサギのかんざしね。左右の長い耳がこう、先っぽが尖ってきてたんだ。
 鬼になろうとしてたんだねぇ。
 小さいころから憧れてた、大切なお友達のアキラちゃんに、男のにおいのするかんざしが……悪い虫がくっついてるのが、許せなかったんじゃないかな。
 男に友達を盗られるのが、耐えられなかったのかも。

 さすがに鬼になった娘を、アキラちゃんのそばには置いとけないから、ちゃんとお話して送ってあげたよ。
 アキラちゃんより僕のが先に入組したんだから、僕ってばお兄ちゃんでしょ。たとえ仲良しの友達でも、妹みたいな娘に鬼は近寄らせらんないよ。

 このすみれ色のウサギのかんざしを、アキラちゃんに贈った娘ねぇ。
 先月ごろにソウゲンちゃんが開いてた、身元のわからない若い仏様だったよ。

 アキラちゃんのお友達は、瓦版を読んでいて、近ごろ京の町で活躍している新選組の、沖田総司さんの浮世絵をたまたま見かけたみたい。
 あまりにアキラちゃんにそっくりだ。もしかして本人じゃないか、死罪になったアキラちゃんは、本当は京の都で沖田総司として生きているんじゃないか……。
 体が丈夫で元気で強い、「自分よりずっと長生きするだろうな」ってなんとなく思ってた友達のこと、先に失うときついよね。それも男に乱暴されかけて、おとなしく慰み者にされなかったから死罪なんて無茶苦茶だよ。
 憎き侍連中は全員アキラちゃんが殺しちゃってるし、何を怨めばいいのかもわからない。
 だから、手がかりを知ると、いてもたってもいられなくなったんだろう。
 都じゅうで女の子たちの噂になってる美男子、沖田総司さんの本当の姿を確かめにきて、娘さんはそこで辻斬りに遭っちゃった。
 雑面をつけた見知らぬ男に妖しい刀で斬りつけられて、もともと病で弱ってた体は一晩ともたずに──。

 アキラちゃんはこのことを知らないし、知らないままでいいと思うのよ。
 お友達は昔から体が弱くて、病でとうとう亡くなっちゃった。それでいいじゃない。
 仲良しの娘が、自分を探しにきて辻斬りに遭って死んじゃったとか、自分への執着で鬼になっちゃったなんて、知ったら自分を責めるでしょう。
 あの娘とにかくまじめだもの。何も知らなきゃ白も黒もないからね。

 仏様になっちゃった娘がお家に帰ることできたのは、ソウゲンちゃんが開いて調べあげたから。その女の子は珍しい病を患っていて、胃の中に残っていた薬がそうそう見ないものだったんでしょ。
 それでちゃんと身元もわかったし、すごいよきみは。
 ところで、まさかその娘の躯の脂で、お部屋の灯りを作っちゃいないだろうね。
 ……そのまさか?
 あー。たぶん原因それだ。あのすみれ色のウサギのかんざしが荒ぶってたの。
 その女の子の躯で作ったろうそくが燃えて、煙が屯所じゅうに広がって、アキラちゃんのお部屋まで届いたんだね。
 大好きな憧れの女の子が、男に横取りされたのに加えて、むくつけきゴロツキ男どものなかに放りこまれて生活してるところなんか見ちゃったのなら、そりゃ鬼にもなるよね。うん。

 それでも、きっと最後にお別れできたんだねぇ。お墓参りのきっかけにもなったし、逆によかったのかな。
 いやでももうこういうのはやめよう、ソウゲンちゃん。人間をろうそくにしちゃダメだよ。お金なら僕がなんとかするからぁ。

 あの娘さんの魂は、遠いところへ逝っちゃったよ。
 今度は迷わずに逝けたと思う。死は平等だから、これからは安らかだ。それが救いだね。
 かんざしはもう空っぽ。
 それでもアキラちゃんは、友達からもらった大事な宝物を簡単に捨てちゃうような娘じゃないから、これからもちゃんと大事にしてくれるはずだよ。
 あのすみれ色のウサギのかんざしは、今もアキラちゃんのお部屋の棚の中だ。
 お部屋に飾っておかないのは、女の子っぽいものを人目につくところに出しておくのが、男装してるアキラちゃん的に恥ずかしいから。
 引き出しの奥にしまってあるのは、大事な友達からの贈り物を、荒事の最中に壊しちゃうのが嫌だから。
 するとアキラちゃんの懐に入って、荒事にも連れてってもらえる桃色のウサギのかんざしを贈ったお人は、アキラちゃんと肩を並べていっしょに戦える、心の支えになるような強いお人なのかもしれないね。

 ねえ、もしかしてアキラちゃんのお相手って、一番星ちゃんかしら。あのふたり仲良いし。
 サクヤちゃんも怪しいわよね。女の子ならあの二枚目に、グラッとこないわけがないよ。中身は赤ちゃんみたいだけど。
 かんざしの君のこと、いつか僕らに教えてくれるかしらね、アキラちゃん。楽しみだ。
 その人が、藤堂ちゃんの厳しいお眼鏡にかなうかはわからないけど。

 そういうわけなのよ。お話はこれで終わり。
 ろうそく消すね。ふーっ。
 面白かった? 僕の夜伽。
 ソウゲンちゃんの気分転換になったならよかったよ。

 ……雨、やまないね。

 静かだね。もうみんなお酒呑んで寝ちゃってるのかな。
 今夜もよく降るねえ。いつもみたいに、屯所の前まで水浸しになっちゃってるのかしら。
 明日のそうじ当番って誰だっけ。
 えー僕だ……。トホホだよ。雨男なのかなぁ。

 ……すみれ色のかんざしの娘さんね。
 アキラちゃんが、頭のいい女の子だって言ってたんだ。
 それなら、どんなに好きな気持ちが大きくなっても、お相手は同性のお友達だから、報われることはないのがわかってたんだろう。
 とってもかわいらしくて、純粋な心を持ってるお友達がいたとしてさ。
 ちょっと変わり者で、今は自分くらいしか良さをわかってあげられる人がいないけど……いまにみんなが、その子のことを好きになるって知っている。
 だって、見ているだけで楽しくなっちゃう、とっても素敵な人だから。
 そのうちきっと、ほっとく人なんていないくらいに引く手あまたになっちゃって……いつかその人と同じくらいに素敵な、運命みたいな良い人にめぐりあえるわ。
 自分の胸の中だけでひっそり抱えてきた気持ちが、相手に届かないのは寂しいことだけど、それでいいの。

 なんだか僕、鬼になっちゃった娘さんに共感しちゃってねぇ。

 ソウゲンちゃん、寝ちゃった?

 あらー、よっぽど疲れてたんだね。ぐっすりだ。
 ボウちゃんまだ起きてるかしら。僕じゃお布団に運んであげられないけど、平隊士の子たちには、山南総長の気の緩んだ姿は見せたくないわねえ。
 ずいぶん朦朧としてたけど、ソウゲンちゃん今日で何徹めだっけ。
 こりゃ僕が来たことも、朝にはきっと覚えてないな。
 根をつめるのも、ほどほどにしなきゃダメだよ。お医者様が倒れたら、みんなおちおち怪我も病気もできないよ。
 こんなに仏様が出る場所なのに。

 ねえ、ソウゲンちゃん。よく眠ってるから聞こえてないと思うけど。
 夜伽の最初に、お坊さんは嫉妬をしないなんて言ったけど、あれねぇ、嘘。
 僕の知ってるお坊さん仲間にも、恋に破れて身を持ち崩したのやら、煩悩にまみれて駄目になっちゃったのやら、悋気で鬼になっちゃったのやら、枚挙に暇がないくらい。
 なんでもわかるソウゲンちゃんは、そういうのは逆に意味わかんないだろうけど。
 んん。恋も悋気も煩悩も、頭が良くて神様みたいに純粋なきみは、わかんないままでいいのかもしれない。

 しのつく雨になってきた。
 こりゃ夜警の人は大変だ。また川が溢れて、仏様が出なきゃいいけど。

 仏様かぁ。
 僕もそうなったら、ソウゲンちゃんに熱のこもったまなざしで、良い人みたいに愛しそうに見つめてもらえるのかしら。
 悪くないから困っちゃうよね、逆に。
 僕の躯をソウゲンちゃんが開いて、隅々まで調べて余った脂で作ったろうそくなら、いくら灯してくれてもいいわよ。朝がきて燃え尽きるまで、きみのお顔を照らしてずっと眺めてるから。
 あーあ、お坊さんなのに鬼になっちゃいそう。罪なお医者様だわ。

 おやすみ、ソウゲンちゃん。かわいい寝顔ね。
 きみが好きよ。




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この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
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紫鈴堂・えしゅ 2023」−