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壬生怪談・百物語




〇〇五・こん(一番星)


 酒を飲んだ勢いで、さいきん幽霊が出るって噂の、お山の社に度胸試しに行った。
 話ィ、誰から聞いたんだったかなぁ。覚えてねーわ。たしか平隊士の誰かからだったっけ。
 じゃあ今からちょっくら、新選組の組長たちが御用改めに行って、お化けなんかいねぇって証明してやろう、そんで町のやつらの不安を晴らしてやろうってんで、出かけた。
 酒は一口二口舐めた程度だったから、酔ってありもしない幻覚見たんじゃねーよ。

 山ん中を、泣く子も黙る新選組組長が、雁首揃えてずんずん歩く。そのとき酒の席にいたやつらで出かけたから、ソウゲンはいなかったっけ。
 あんた毎晩遅くまで仕事してるし、部屋の灯りがついてたから、また忙しいんだろなって俺ぁ思ったが……よく考えたらスズランが、親友のお医者さんに一声かけに行かなかったのは変だよな。
 親友? ああ、スズランがそう。どうせ勝手に言ってんだろうけど。心の友とかズッ友とかさ。ふざけてばっかで調子のいい坊さんだが、まー、あんたのことが本当に好きなんだろう。
 俺にはふたりでなんの話してんのか、近くで聞いててもひとつも理解できねーけどさ、毎日楽しそうだよなぁ。エレキテルだかオラショだか、横文字なんもわからんけど。

 そんな大人数で行ったもんだから、怖いも怖くないもなかったわけ。
 提灯持って山のぼりながら、帰ったら酒のアテに何食おうとか、なんだかんだ喋っててさ。

 ただ、なんか妙だったんだよ。
 俺のすぐあとついて歩いてたサクヤの野郎、「ねずみのてんぷら」って言うんだ。
 いくらなんでも悪食すぎるだろ。もっといいもん食ってるだろ。毎日。
 こいつも冗談とか言うんだな、スズランの次にクソつまんねぇけど、って俺が絡もうとしたら、サクヤのうしろにいるボウがニコニコして、口からよだれをダラダラこぼしてウンウン頷いて「ねずみのてんぷら!」って叫んだ。
 いや、ボウって食いしん坊な野郎だけど、さすがによだれボトボトこぼすやつじゃなかっただろ。こいつ一体どうしたんだよって、相方のギャタロウに目くばせすっとよ。

「ねずみのてんぷら」

 ギャタロウもだよ。
 ふざけてんのか? いま屯所で流行ってんのか。
 そういう駄洒落が鉄板なのか? いやつまんねえよ。
 スズランの駄洒落のクソさには全然かなわねぇけど、面白くねぇ。

 ──お山のねずみを油で揚げて、ねずみのてんぷら食べたいな。
 ──いまは人間、赤い髪。食べたいな。脳味噌はらわた、どんな味。

 そこらへんの近所の子供が、道端でまりつきながら歌ってるわらべ唄みたいなのを、きゃらきゃら笑いながら、俺以外全員で声揃えて、歩きながら歌いだした。
 歌詞、不気味すぎじゃね?
 ははーん、こいつら俺のことビビらせようとしてんだな、って思ったよ。ノリ良すぎ、雰囲気アゲアゲじゃねーか。それにしても腹減ってきたな。

「たまごふわふわ」

 俺がボソッとそう言うとさ。全員、ワッ、ってどよめいた。

「たまごふわふわ?」「ふわふわ!」「ふわふわあっ!」

 目をキラキラさせて、俺のほうジーッと見てる。
 こっっえーーーーーーーーーーーんだよ。
 メチャこわ。いや。お化けがどうとかでなくてね。
 普段、絶対そんな顔しない奴が、目ェ輝かせて俺のことジーーッと見てくるわけ。とくにサクヤと藤堂がやばい。変な笑い出てきたわ逆に。
 そのあいだもみんな、「ふわふわ!」「ふわふわ!」って叫んでてさ。よく見っと、顔が伸びてきてる。下半分……鼻? 口? わかんねえけど、ニョロニョロ、ぐいーーーんって感じで。

 鼻が伸びてく。口も鼻にくっついて伸びて、目が笑うみたいな形に細くなって、ふさふさした耳が頭のてっぺんに、にょきっと生えやがる。
 いや、耳四つあるやん。一瞬、そんなどうでもいいこと考えちまった。

 こおおおおおおおおおおおおおおおん、って、甲高い声でみんなが鳴いた。

 そういやおっ母が、山ンなかで変なモノに遭ったらとにかくまず逃げろって、ガキのころから口酸っぱくして言ってたなぁ。思い出した。山は不思議なことが多いんだってよ。
 その場盛りアゲるためにふざけてるとかじゃなくて、マジのお化けだこれ。
 俺、びっくりしちゃってさぁ。
 思わず叫んで、尻もちついちまった。いやギリ腰は抜けてなかったし、漏らしてもいねーけど。
 ……もしかして、これって「シドーフカクゴ」ってやつ。腹ァ斬らないとだめなやつ? どーしよ。えっ、秘密? ダチ公同士の内緒話ってことにしといてくれるって?
 あんた意外と優しいやつだなぁ。いやびっくりした。そういうこと言うのかぁ。
 からくりイジって仏さん開くのが趣味の変な野郎だと思ってたけど、案外話のわかるいいやつじゃんか。へへっ。

 気がつくと、俺ぁ山ンなかでひとりきりで座りこんでた。
 今までまわりにいた仲間、一人残らずいなくなってた。わけわかんなくてポカンとしてたら、下のほうから誰かのぼってくる。
 藪をかきわけて出てきたのは……。えーと、びっくりするこというけどさ。
 土……。なんだっけ。土蜘蛛だっけ? 偉い人だ、新選組の命名式のときに来てたお公家さん。髪型と髭がイケてるおっさん。
 そう、土御門。あのおっさんがヌーッと立ってる。
 そんなわけないだろって思うじゃん。なんでこんな山んなかに、夜中に、偉いお貴族様がいんだよって今なら思うけど。

「こんばんは、近藤局長」

 あんまり普段どおりに挨拶とかされるから、そんときゃ、なんもおかしいと思わなかったんだ。
 仲間の顔が伸びて、みんないなくなっちまって……って、俺は慌てて説明したの。いや、何言ってんだって自分でもわけわかんねーけどさ。
 そうすっとお公家さんは、笑うでも馬鹿にするでもなく頷いた。袖で隠してた口元を、サッと出して見せてきた。

「おやおや。それは、こんな顔ではありませんでしたかな」

 鼻と口、長かったんだ。
 火の見櫓みたいななっげぇ頭に、ふさふさの耳が生えてる。
 お公家のおっさんは糸みたいに目ぇ細めて笑って、こおおおおおおおおおおおん、って甲高い声で鳴いた。

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 思わず叫んで気絶したわ俺。
 だってさぁ、おっさんのケモミミやぞ。
 おぞましくね。ふつうに失神ぐらいすんだろ。

「ちょっとやりすぎたんじゃない? ごめんね局長」

 ほっぺたをつんつん突かれて目を覚ますと、スズランの声がする。
 起き上がると、サクヤの野郎が「ドッキリ大成功」って札持って立ってる。

 ──やられた。

 まんまと一杯食わされたのが悔しくてさぁ。
 ぜってー仕返ししてやるかんなとか、いつこんな手の込んだこと考えてたんだとか、俺みんなにぶうぶう文句言ってたわけ。

「それにしても、いつのまにお公家さんとあんなに仲良くなったんだよ。あのおっさん、いっしょにふざけたりする感じじゃなかった気がすんだけど」

 藤堂なんか、とくにかしこまっちゃってたし。命名式のときのあいつの顔、覚えてるか?
 あいつって俺らにはすぐゲンコツ雷落とすのに、上のもんには何だあれ。あんなふうに借りてきた猫みたいなしおらしい藤堂、なかなか拝めるもんじゃねぇ。
 その藤堂が、話聞いて唖然としててさ。

「えっ。知らん。なにそれ。こわ……」
「知らないのかよ」

 じゃあ何だったんだよ。あの公家のおっさんの頭に生えてた、フサフサのケモミミは。
 やっぱ肝試しにきて、本物にあっちまったってことじゃねーの。

 もうやだシラけちまった帰ろ〜って、俺ひとりでずんずん帰ってきた。まだ腹も立ってたし。
 ドッキリって仕掛けるのは楽しいけど、仕掛けられるのはイラッとすんだよ、やみくもに。
 そもそもあいつら、そんな仲良かったっけって話だよ。
 アキラと藤堂なんか、絶対悪ふざけに加わらない奴だって思ってたし、スズランもそういうの止める側じゃねーか。あいつって、いいかげんなフリしてるけど結構まじめな坊さんだから。
 サクヤはどうだろ。わかんね。あいつぁ俺を馬鹿にするが、でもわざわざ手のこんだドッキリに混ざるかっていうと、そうでもないような。
 そういう奴らが一致団結して、ふざけて俺のこと騙すとか思ってなかったから、完全にしてやられちまって、それがなんか悔しかったんよ俺は。

 山道の終わりにさしかかったころ、誰も俺の後をついてきてねーのに気づいた。
 うしろっかわ、急にざわめきが消えてシンと静かだ。そんなに気配なくなるもん?
 ドッキリとやらの後片付けとかしてんのかな。
 まあそう思って、気にせず帰ってきた。

 屯所にたどり着いたとこで、ボウとアキラが平隊士を連れて、夜警から帰ってくるとこに鉢合わせた。あいつら「おかえり」とか「こんな遅くまでどこへ行っていた」とか、マジメな顔して言う。
 いや、そんなワケねーじゃん。まだ山のなかにいるはずのふたりが、俺より先に帰ってるとかさ。
 スズランとかギャタロウとかならわかるぜ。あのオッサンどもなら、若いのを怖がらせようと思って、そういうクソな冗談言うかもしんね。でもボウとアキラは違うだろ。

 で、よくよく考えたら、やっぱおかしいんだよ全部。
 肝試しにさ、組長まとめて出かけて屯所あけちまうとか、ヤベエんじゃねーの?
 雑面ノ鬼どもや、ふてぇ野郎みたいな……。ん? 「ふてぇ野郎」じゃなくて「不逞浪士」だって? そうそうそれ。そういうやつらが、手薄になったところを襲ってくるかもしんね。
 それに、夜警のやつらもついてきてたのに、藤堂が何も言わないのって変だろ。いつもなら怒るし止めるだろ。あと殴る蹴る。
 サクヤだって、そういう集まりに絶対混ざんない奴だ。
 あの場にソウゲン以外全員いたのが、やっぱおかしいんだよ。
 うー。何が本当のことなのか、わかんなくなってきちまった。

 狐か狸に化かされたんじゃないかって?
 へへぇ。お堅いお医者さんでも、意外とそういうの信じてくれんだな。
 どっちかっつうと、ありゃあ狸より狐って感じだった。俺のうしろついて歩くとき、あいつらみんな、変な咳するみたいにコンコン言ってたからよ。
 そういや、ついさっきサクヤの部屋の前を通ったら、中からコンコン言ってたな。
 変な咳しててさ。お医者さんよ、サクヤの野郎、もしかしたら人に化けた狐かもしんねぇぜ。




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