オデとソウゲンが組むの、珍しいねぇ。
スズラン、痛そうな怪我してたけど大丈夫かなぁ。「道を歩いてたら暴れ馬に蹴とばされた」って言ってたけど……。
軽い打ち身? 二、三日安静にしてれば治るって。うん、ソウゲンが言うなら大丈夫そう。
オデさっき、ギャタ兄の大目玉を食ったマァ。
「どこほっつき歩いてやがった」って拳骨落とされちゃった。
んー。どこだっけ。オデにもよくわかんない。御所の見廻りの最中だったマァ。
「もし」って女の人が袖を引いて、おまんま食べてけって声かけてきて……。
オマ、黄色い着物を着た人だった。どんな顔だったかよく覚えてない……歳も、うーん、わからない。背は高かった気がするマァ。
その時はオデ、ギャタ兄といっしょにいたはずなんだけど、二番隊のギャタ兄がどこにもいなくなってた。平隊士のみんなも、町の人たちも、蛤御門の前に誰もいなくてオデひとりだけマァ。
だからおまんま食わせてもらって腹いっぱいになったら、ちゃんとみんな探そうってオデ思って……。どしたのソウゲン。「その女人を怪しいとは思わなかったので?」って?
んーん。おまんま食わせてくれるの、みんないい人マァ。
「知らない人にみだりについていってはいけませんよ」って?
えへへ、ギャタ兄もいつもそれオデに言うよ。
黄色い着物の女の人に袖を引かれていくと……御所の向かい側に川があって、立派な橋の向こうに大きな御殿が建ってたマァ。
妙なのです? うん、オデも変って思ったよ。
見たことない川だって。この辺りにある川は、御所の反対側を流れてる鴨川だけのはずなのにって。
でもおまんま炊いてるいい匂い嗅いでたら、どうでもよくなってきたマァ。
赤い門をくぐって御殿に入ると、見たことないくらい豪華なおまんま、山盛り載ったお膳が出てきたマァ。
オデのこと連れてきてくれた黄色い着物の女の人が、「ずっとここにいていい」ってニコニコしながら言ってくれた。
「そうされるおつもりで?」って?
んーん。オデ、腹いっぱいになったら帰るつもりだったよ。みんなが「ありがとう」って言ってくれる新選組が、オデ好きだから。
どんなおまんま出てきたかうまく思い出せないけど、食べても食べても次から次に、新しいおまんま出てくる。オデ、夢中になってた。
なんでかわかんないけど、いくら食べても、ぜんぜんおなかが膨れないマァ。食べて食べて食べて食べて飲んで飲んで食べて食べて……。
最後に出てきたものだけは覚えてる。鯛の焼いたの。
頭に、赤と白のモジャモジャした飾りが巻いてあって、今まで食べたおまんまのなかで、いっちばんおいしそうだったオマァ。
鯛をつかんで頭からかぶりつこうとすると、オデの横から、毛むくじゃらの小さい影がサッと飛んできた。
狐マァ。
痩せてて小さかったから、まだ仔狐かも。開いたままだった窓から入りこんできたのかなぁ。
狐はオデから鯛を盗んで、咥えたままで逃げてった。
身が軽くって、ぴょんぴょん跳んで、廊下のほうへすばしっこく走ってって……。
オデ、どうしてもその鯛を食べたくて、狐から取り返そうと思って追いかけた。
なんでかわかんないけど、そのときは「鯛を食べなきゃ」ってことしか考えらんなくて。鯛どろぼうの狐を追いかけながら、ほかのお膳をひっくり返しちゃったし、障子もふすまも壁も壊しちゃったし……。
後ろから「お待ちください」って声がして、黄色い着物の女の人が追いかけてきてたけど、オデ狐を追いかけるのに一生懸命だったから、ぜんぜん気にしてなかった。
よくわかんない。ただ……。
「もうすこしだったのに」って、女の人がうしろで言ったような気がした。
御殿を出ると、川にかかった橋を渡った先で、鯛をくわえた狐がお座りしてこっち見てた。
「つかまえた!」オデが叫んで、つかみかかったところで……。
オデのうしろから、馬みたいに体の大きな猪が走ってきて、狐をはねとばした。
「ギャインッ! くうーん……」
大猪はずいぶん怒ってて、鼻息ぶうぶう言いながら、まだ狐をいじめようとしてる。狐のほうはふさふさの尻尾をおなかに巻いて、ちいちゃい体を縮めて震えあがっててピイピイ鳴いてる。
おまんまをどろぼうする悪い狐だけど、怖がらせたり怪我させたりはかわいそうだよ。
オデ、怒ったギャタ兄が言うみたいに「コラッ!」って大きな声出して、大猪を叱った。張り手をして突き飛ばして、御殿のほうに追い返したオマ。
狐は無事だったよ。大猪にぶつかられたときに、足をくじいちゃったみたいだけど、ヨロヨロと立ってオデの先を歩いてく。「ついてこい」って言ってる気がした。
狐のあとをついてったら……。
御所の近くの、いつもの見慣れた道に出たマァ。
そんで、屯所に戻ってきたら、オデが御殿にいたのは、おまんま食べてるちょっとの間のはずなのに、三日も経っててギャタ兄にいっぱい叱られたオマ。
うん、オデ驚いた。「のんびり屋のおめぇのこった。見廻りサボって昼寝してるうちに、いい夢見すぎてうっかり三日も寝過ごしちまったんだァ」ってギャタ兄に言われたけど、そうなのかなぁ。夢なのかなぁ。
オデと同じくらいの時間に、市中見廻りの途中で事故に遭ったスズランが、ボロボロの体で帰ってきてた。
「御所の蛤御門の向かい側に、足腰にご加護のある護王神社が建ってるじゃない。狛犬じゃなくて、狛猪がいる神社だよ」
「あそこの境内の大銀杏の木が、ボウちゃんが頭に結ってる髷を、黄色い髪の色のせいで同じ銀杏の木と間違えたのかも。きっと惚れちゃったんだねぇ。立派な足腰してるお相撲さんだもの」
「愛しいボウちゃんへの恋路を阻むとあっちゃ、大銀杏も気が立って、邪魔者は馬に蹴られちゃうねぇ。木が立つだけに。ふふふふ」
スズランそう言って、オデを叱ってるギャタ兄のことをなだめてくれた。
スズランって、自分の駄洒落でよく笑うけど、オデ、あんまり面白くないと思う。
ソウゲンもそう思う? うん……。
スズラン、いい子だからいっしょにいて喋るのは面白いのに、駄洒落はぜんぜん面白くないの不思議だね。
えっ、ソウゲンもオデみたいに不思議な夢、見るの。
雨の夜にだけ何度も見る、同じ夢……。んー。どうしてだろねぇ。
どんなの?
スズランがお部屋にきて、ソウゲンのことが好きって言う……。
それだけの夢?
オデも、ソウゲン好きだよ。スズランも好き。
ソウゲンもオデのこともスズランのことも好き? えへへへぇ。人に好きって言われたのはじめてだから、オデすっごくうれしいマァ。
でも、夢の中のスズランの顔があんまりに寂しそうだから、「自分はスズランにそんな顔をしてほしくない」って、そう言おうと手を伸ばしたところで目が覚める……ふーん。
スズランは起きてるときは「ああ」だから……「明るい性格で元気がよく、屈託がなく人懐こい」? あは、ソウゲン、スズランを褒める言葉いっぱい知ってるねぇ。
いつものスズランには、「寂しそうな顔をしないでほしい」なんて伝える機会がないから、そのことを言い出せないでいる……。
雨降ってきたから、今夜も同じ夢を見るかもしれないって?
また何も言えないまま、朝に目を覚ましてしまうのでしょうか、って?
それじゃあ、ソウゲンが、スズランといっしょに寝てあげればいいマァ。好き同士の友達といっしょにお布団のなかにいたら、ソウゲンもスズランも寂しくないから。
それは天才的な良い考え? えへへぇ。オデ、ソウゲンに褒められた。
今度スズランが寂しそうな顔をしてたら、ソウゲンがぎゅーっと抱きしめてあげるマァ。
目の前に寂しそうな子供がいたら、ギャタ兄ならいっつもそうしてるよ。
そういえばスズランが、オデがけっきょく食べられなかった鯛の頭についてたモジャモジャの飾りと同じの持ってたよ。オデ気になって、何なのか聞いた。
「あわじ結びだ。婚礼のお祝いをするとき使う水引だよ」だって。
「出されたお膳をたいらげてたら、戻れなかったよ。良かったね」って言ってたよ。
オデ、まだなにも言ってなかったんだけど、なんでお膳のこと知ってたのかなぁ。
そういえば鯛を盗んで逃げたあの狐、スズランの髪の色と同じ、紫の珍しい毛の色してたマァ。