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壬生怪談・百物語




〇〇七・毒文(アキラ)


 ソウゲン。スズラン。人の往来の多い廊下で、何をやっている。
 ここは屯所だ。新選組の組長ばかりではなく、平隊士の目だってある。
 そんなところで男同士で抱きあうな。破廉恥だぞ。

 ソウゲン。これはどういうことだ。お主の腕の中でスズランが固まっているが。
 は? 抱きしめて、好いていると伝えた? 今夜は共寝をしたいと申し出た?
 ……く、口説かれている。素行は怪しいがまじめな医者に。破廉恥坊主が逆に。
 まさかソウゲン、自分で作った惚れ薬を誤ってかぶったのか? それでちょうど隣にいたスズランのことを好きになってしまったとか。
 そうでもなければ、このようなふしだらな真似を、お主がするとは思えない。
 それとも、何か良からぬものにとり憑かれたのでは。いや、坊主がこの様子では、そうではないか。ほかになにか原因があるはず……。

 落ちつけソウゲン。頭のいい人間が一足飛びに結果を出しては、周りの者がついていけん。
 お主にはとるに足らぬことでも、その内を紐解いて見せてやらねば、相手はわからぬ場合もあるのだ。
 たとえば、剣の達人が技をひとつ見せたと思っても、それは実際にはひとつの技ではないのだ。
 その一振りの技は、幾千幾万と剣を振った末に得た術だ。目に見えぬ幾千幾万の剣筋から、連続した打ちこみなのだ。
 だが普通の者は、それがわからない。ただ一目見て、達人が技をひとつ見せたと思うだけだ。
 相まみえた者を驚かせるような凄い技とて、意外と日々の平凡な鍛錬の積み重ねでできているものだ。そこはお主の医術や、カラクリの技とて同じではないのか。
 知識の豊かなお主の話すことや行動も、そのなかに含まれるのではないか。

 ふむふむ。
 雨の夜には、寂しそうにしているスズランの夢をいつも見る。それは面妖な夢だな。
 それをボウに話すと、「寂しそうな者がそばにいれば、ギャタロウが子どもたちにするように抱きしめてやれば安心させられる」と助言をもらった、と?
 それで今夜は共寝をしないかとスズランに誘いをかけた? そこはなんでそうなるのだ。
 ふむ、同じ布団で眠るのが、お主とボウの間では問題の解決をはかれる妙案だということになったと。
 だからスズランが赤くなって固まっているのか。こいつ、実はまじめだな……。
 では「好いている」などと、情人同士のような台詞をなぜ。お前たちは、付きあっていたというわけでもなさそうだが……。
 ボウに「スズランとソウゲンが好き」だと言われて、何か嬉しい心地になったので、自分も友達のスズランが好きだと伝えた次第? スズランにも同じように喜んでもらえると思った?
 お主の情動どうなっているのだ赤ちゃんか。さすがに拙者でも、もうすこし言いようがあるとわかるぞ。

 そもそもだ、ソウゲン。男同士でそういう過密なふれあいをするのは、女好きのスズランはむしろ嫌がるのではないか。
 なんだスズラン。小さい声でゴニョゴニョ言ってもわからん。男らしく白黒ハッキリと言え。
 なに、「いやじゃない」だと? 「全然いやじゃない」? なんで二回言った?
 もういい。

 つまるところはソウゲンが、雨が降ると怖い夢を見て不安なので、仲のいい友達のスズランに、一緒に寝てくれと頼んでいるというところだろう。……いや、逆に驚くほど普通だな。
 まったくいい年をした男が、おばけを怖がる子供のようではないか。 
 まあ、そうだな、目に見えぬ、わけのわからんものの話となると、そういう方面に明るい坊主を頼りたくなる気持ちも、拙者は理解できる。
 スズランがいやではないというのだから、雨が降った夜はソウゲンと一緒に寝てやれば、それで済むのだろう。いったい何事かと身構えたが、なんということのない話ではないか。
 どうした。スズラン。何かガッカリしたような顔になったかと思ったら、なぜまた真っ赤になって固まる。お主も大概に情緒が不安定だな。
 心の準備? 友達なのだろう。そんなものは必要ないのではないか。

 友がいるならば大事にしろ。会って話をしたいと思ったときに、相手が元気でこの世にいるという保証はないのだ。気心の知れた者との別れが、突然やってくることもある。
 仲良くな。

 そうだ、お主を探していたのだった。ソウゲン。
 調べてもらっていた文のことだが……。
 スズランはまだ知らぬか。拙者のもとに、奇妙な文が届いたのだ。

 ──この文を受け取った者は、七日以内に同じ内容で三通したため、見目麗しい美男に限り送ること。
 ──これに従わぬ場合、美しい顔が醜く崩れ死に至る。

 こう書かれている。差出人の名はない。
 このような不埒な封書が、屯所に投げこまれていた。
 先ほど文箱を改めた者から報告が上がったが、サクヤに宛てたものも見つかったという。
 これと同じ手紙が、いま京の町で流行っていると聞いた。
 なんでも、顔のいい男ばかりに届くらしい。拙者の知りあいのところにも来たそうだ。
 あ、いや。拙者も新選組の組長として、情報収集にあたることがある。男の知りあいくらい、いてもおかしくはなかろう。顔の良し悪しなど関係なくだ。
 なんだスズラン、その顔は……。え? 顔のいい男にだけ届く文が、自分のところには来ていないのはどういうことだ、だと?
 知らん。わめくな。手元に届いて嬉しいものでもない。せがむな。拙者もサクヤもお主には送らん。
 そんなに文が欲しいなら、友達のソウゲンと仲良く文通でもしていろ。……またなぜ顔を赤らめる。わからんやつだな、お主は。

 呪いの文などうさんくさいが、すでに実害もでていてな……。
 顔が腫れあがり、二目と見られぬほどに変わり果ててしまったという者がいるのだ。
 して、どうだった、ソウゲン。ふむ。
 案の定、混ぜ物をしてあったか。

 文の書に使われていたあの墨、紫がかったような、少々変わった色をしていると思ったのだが……。
 墨汁に毒。附子の花の汁を混ぜてあったと。
 「紫色の美しい花なのです」だと。それは知らんが、そうなのかソウゲン。
 「附子は、「四谷怪談」のお岩さんが盛られた毒薬だよ」だと。いやそれも知らんが、そうなのかスズラン。お主たちは毒やお化けの話になると、イキイキとしてくるな。
 毒入りの墨に触れた手で、顔に触れれば、それこそお岩さんのように崩れてしまう──ということか。
 誰だか知らんが陰湿な手口だ。怪しい文には触れぬよう、町の者にも周知せねばな。

 届いた文には、普通の墨書きのものも混じっていた。
 文を受け取ったどこぞの美男とやらが、怖いのか面白半分か知らんが、文面どおりに三通したためて、よそに回したものだろう。まったく性根が度しがたい。

 いかがわしげな呪いの文だと噂だが、調べてみれば何のことはない、生きた人間の仕業か。
 拙者から藤堂に報告を上げておこう。ソウゲンは薬問屋をあたってもらいたい。以前のように、毒を買い求めた者を詳しく割り出せるか。頼む。

 今回は、坊主の出番はなさそうだ。
 人の業の成すところ、よくよく聞きこみソウゲンを助けてやれ。スズラン。中身はともかく顔はいいのだ。これからお主やソウゲンのもとにも、「美男を呪う文」とやらが届くかもしれんが、興味本位で触らぬように。
 顔が崩れおちても知らんぞ。




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