京の都、亥ノ刻ごろ。
石畳の上をゴトゴトとやってきたうどん屋台が、町はずれの路地にひっそりと停まった。
「あらぁ、あんた。こんな夜中にお天気雨だよぉ。今夜のお客は婚礼帰りの狐が来るねぇ」
うどん屋台のおかみさんが、店を開ける準備をしながら夜空を仰ぐ。まるい月が輝く夜空から、雨粒がぱらついている。すぐにやむだろう、と大将が応える。
「おうよォ、おめぇの炊いたあま〜いお揚げは絶品だィ。うどんにのっけりゃ都一番のきつねうどんのできあがり。オイラの自慢の煮込みとあわせて、狐さんがた腹いっぱい食ってって、お代は葉っぱってことになんなきゃいいがなぁ」
歯抜けの大将ギャタロウが、豪快にカラカラと笑う。
すみれ色の髪のおかみさんも、『うふふ、うちの人ったら』という感じで、口元を袖で隠して微笑んだ。
長年連れ添った夫婦のように阿吽の呼吸でポンポンと声をかけあうが、じつのところ二人は今年たまたま同じ刑場で会ったばっかであったし、別に夫婦でも良い仲でもなんでもない。
職場の同僚で、ふつうのおっさん仲間である。
ギャタロウとスズラン。
自分の過去も他人の過去も、等しくあんまり興味がない性格の二人なので、お互いの素性もよく知らぬ。
並んで酒呑んで騒いでノリでいろいろやってるうちに、気がつけばなんかノリノリに仲良くなっており、最近の職場事情を話しこんでいると、これもたまたま同じような悩みを抱えていたので、
「じゃあオイラとおめぇさんで、ちょっくら手ェ組んでおもしれーことでもやろか」
「えいえい」
「うぇ〜い」
という話になった。
ギャタロウの相方のボウは、とにかくよく飯を食う。
あればあっただけ食う。侍よりも相撲取りのほうが向いている体格で、昨今の京の都で手柄を立て続けてアゲアゲの新選組の台所を空にするだけ食う。
ボウに好きなだけ飯を食わせてやると約束した上司の藤堂平助は、そういうわけで備蓄の米まで空っぽになり、資金繰りに頭を悩ませていた。
「やっぱ食うな」とか「少しくらい我慢せい」とか「もう無理。助けて」とか、藤堂は決して口にしない。入組のときの口約束を違えない。不器用すぎるが、武士の矜持であろうか。
恩人の藤堂の頭を悩ませず、ボウの食い扶持を稼ぐには、いかがしたものか。
ギャタロウは、多少の悪事に手を染めても致し方なしと、町の古道具屋を騙す形で金子を得たが、ことがバレたら藤堂にえらい大目玉を食った。
スズランの相方のソウゲンは、夜遅くまで研究室にこもって仕事をしているが、昨今の屯所の懐事情では、明かりひとつ満足に灯すこともままならぬ。器用なソウゲンは「どうぶつ」の脂からろうそくを手作りして使っていたが、これが臭いし目に染みる。
スズランはソウゲンの発明に何度も命を救われたので、恩返しをしたい。
新選組に、花街で使っているような高価なろうそくをじゃんじゃん燃やせるほどの金があれば、ソウゲンはピカピカに明るい部屋で楽しく死体を開いて人体実験することができて、毎晩「スズランちゃんいつもありがとう! 大好きだよ(美声)」とニコニコ笑顔であろう。
相方が、夜を徹した研究仕事にたくさん使って不足しないほど、明かりを買える金子がほしい。
ただ、ギャタロウもスズランも、
「オイラァ、なんだかおめぇさんのことがほっとけねえのよ」
とか、
「ぼくね、いつも助けてくれるソウゲンちゃんを、喜ばせるようなことが何かしたいの」
とか、まっすぐな目をして相方に言うには気恥ずかしい。照れが勝つ。
なんのことはない、おっさんたちは年を取っただけ臆病になっていて、仲良くしたい相手に「いや、べつにそういうのはいいです」と、そっけなく言われたくないのだ。
「じゃあオイラたちァ、ちょっくら色街に出かけてくるわ。今夜ァとことんドスケベしようや、おスズちゃんよ。ギャハハハ……」
「今夜もかわいい女の子たちとイチャイチャしちゃーう。ギャタお兄ちゃんったら、ホントにいやらしいんだからぁ。ウフフフ……」
そういうクソみたいな方便を言いおいて、仲間に石とか木刀、袖のなかに入ってた細かいごみなど投げられながら、二人並んで肩を抱きあい、うぇいうぇい言いながらチャラチャラと屯所を出てくるのだ。
治安の悪い深夜の都。灯りのついた屋台のなか。供をしている銃剣と錫杖も、ウトウトと眠そうだ。
夜鳴きうどんの屋台といえば、昨今は、ひとりで担いで売る担い屋台が主流だが、使われずに放ってある屯所の大八車を改造し、移動がしやすい組み立て屋台をこしらえた。
客は夜鷹が多いが、たまにほかにもなんやかやと闇にまぎれてやってくる。
のれんは、支給されたがダサくて使わぬだんだらの羽織りを仕立て直したもので、「逆蘭」と、屋台の名前が墨書きしてある。
夜鳴きうどん屋台「逆蘭」、今夜も開店である。