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壬生怪談・百物語




〇一〇・猿似(留吉)


 ギャタ兄やん。わいや、留吉や。
 なんやおもろそうなことしてる言うから、見にきてん。こっちは仕事がえりや。
 あ、安心しや。やばいヤマやあらへんで。

 愚連隊のかしらが新選組のお武家様になった思うたら、次はこんな夜中に屋台を引いて、何してんのん。
 二足のわらじ? お武家様って、意外に生活苦しいんか。
 いや、そんなことよりギャタ兄。こないなきれいな姉さんお嫁にもらったて、なんでいちばんに教えてくれへんのや。

 おおきに、ギャタ兄の嫁さん。わい、ギャタ兄の弟分の留吉言うねん。
 姉さん、名前なん言うん。スズラン? へぇ、名前まできれいなんやね。
「お上手ねぇ」て言われても。こちとら、ギャタ兄の背中見て大きゅうなったんやで。へへ。

 なんやギャタ兄。そいつを呼ぶなら「おスズおばちゃん」でええわって?
 あーあ、そういうとこやで。女ァいくつになっても姉さんや。嫁さんそないに粗末にしとると、いつかスズ姉に逃げられてしまうで。
 言うようになったって? 当たり前や。こちとらもう一人前の男やで。

 ふたりとも、なにわろてんの?
 え? スズ姉って男なん? 嫁さんともちゃう?
 「ごめんごめん」って……なんや。新選組の仕事仲間の兄さんが変装しとるんかいな。暗くて顔もよぉ見えへんから、男も女もわからへんわ。
 でもおもろいから、みんなにはギャタ兄がきれいな嫁さんもろたて教えといたろ。ひひひ。
 「なんやなんや」て見に来るでみんな、うどん屋台も商売繁盛や。このお礼は、腹いっぱい食わしてもろたらそれでええわ。

 なんでこんなことしとるんかわからんけど……「海よりも深い事情がある」言うても。
 どうせまたしょーもない理由なんやろうけど、夜遅くに腹減ったとき、ギャタ兄の煮物が食えるんやったら何でもええか。
 卵。がんもに大根。こんにゃく。スズ姉はどれがおすすめなん? へえ、ほんなら餅巾着も。喉につめないように気をつけて食べなさい、って? はは、ギャタ兄と同じこと言ってるわ。
 あー、くたびれた体に、あったかいダシが染みわたるわぁ。

 最近どうやて。せやなぁ。けったいな話やけど。

 気がつくと、増えとるんよ。

 弟分や。ギャタ兄、前に言うとったやろ。「オイラが捕まってる間に、何人か増えたみてぇだ」って。
 せや、知らん顔の子供が増えた。こないなご時世や。親をなくして行き場なくなった子供なんか、いくらでもおる。
 そん中に何人か、どこで生まれたとか、親はどないとか、何もわからん子らがおるんよ。

 妙やなと思たんは、その子ら、みんな同じ笑い方すんねん。イーッと歯を見せて、目ェむいて顔引きつらせるみたいにして笑うんよ。
 わいはそれ、あんまり好きな笑い方やないんやわ。
 まだ小さい子やと、そうやって怖い顔で笑われるとビビってしもて、大きい兄貴分の後ろに隠れてしまうねん。ギャタ兄も今度見てみて。よう街角に立っとる。すぐに気づくと思うで。
 赤い毛で、やたらと体が臭いんや。
 都の商人やお武家様に、ろくに風呂も入らんわいらが「臭い」て言われて嫌われとるちゅう話やない。なんなんやろう、あの臭い。
 どっかにふらっと出かけて、変なものでも食うてるとちゃうか。山の獣の臭いがするねんよ。

 いつやったかな。あの嫌な笑い方する子らが二、三人ばかり、下の弟分を囲んでたことがあるんや。
 つきまとわれてるその子が怖がってしもててね。わいも「やめたれ」とか何とか、言ったれば良かったんやけど、すぐに仕事に出なあかんかった。
 ギャタ兄が戻ってくる前の話よ。舟で川を下ってって、気持ちの悪い刀を変なお面をかぶった男のとこに運ぶ、危ない目にあったのに一文にもならんかったクソなヤマや。

 まあ、いうて仲間やし、無茶なことはせんやろ思って、先に一仕事終えて帰ってきた。
 出かけしなに見た子のことが気になって、様子を見に行ったんや。昼間いじめられてへんかったかなって、心配したんよ。
 いじめられてはおれへんかった。もう怖がってもおれへんかったよ。ただなあ。
 朝には怖がっとった子も、ニタニタと、あの子らと同じ嫌な笑い方するようになっとった。
 あれから仲良くいっしょに遊んでやるねん。みんな、そっくり同じ笑顔や。
 においまで似てきよった。鼻が曲がりそうな獣の臭いや。
 わいの小さい弟分が、あの子らの仲間になってしもうたんやなて思うて……よぉわからんけど、モヤモヤしてる。

 そういうたらあの子らの、薄気味の悪い笑い方。
 猿が怒って、こっちを脅かしてくるときの顔に、よぉ似てるんやわ。

 なぁギャタ兄、あと、つけられてんで。
 きれいな顔した兄さんや。こっからやと、ちょうど木の陰になって姿が見えてへん。
 びっくりするくらい気配ないけど、わいがガキや思うて「ばれへん」て、たかをくくってるんならナメすぎや。こちとらなんぼも修羅場くぐってきとるんやで。
 ほっといてええの?
 なんや、気づいとったん。
 知り合いなんか。へえ、サクちゃん、いうん。
 サクちゃん、なんでこっちにけぇへんの。あないなところにおったら寒いで。
 ギャタ兄と喧嘩したんか。
 はぁ、恥ずかしがりなんやね。おるおる、弟分にも。そらしゃーないわ。

 ほな、帰るわ。
 ん、なんやてギャタ兄。帰りしなに、サクちゃんにもおでん包んでったれて?
 体冷やしたら、また変な咳がコンコン出るから?
 サクちゃん喉かどっか悪いん。お武家様なんやろ。お医者様に診てもらわれへんの。
 友達に腕のええお医者様がおるから、心配ないて? そらよかったわ。
 きれいな顔の兄さんが立ちんぼうしてると、夜鷹に間違われるから、逆にこっちに来て座って煮物でも食ってろィ、って。
 うん。わかった。わいからサクちゃんに伝えとくわ。




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