ふうふう。ああ、おいし。玉子雑炊、おいしいねぇ。
あんたぁ、じゃなくて、ギャタちゃんごめんねぇ。僕、風邪もらっちゃったみたいなの。
喉の痛みに、あったかいおダシのお味が優しいわぁ。
大丈夫だよ〜。腕利きのお医者様が来て診てくれたから。
ソウゲンちゃん今忙しいのに、さっきまでついててくれたんだ。
病人が出たって聞いたら飛んできたのよ彼。いつもみたいに仏様が出ると思って楽しみにしてたなら、ガッカリさせちゃうかしらと思ったんだけど。
「軽い風邪なのでご安心ください」って、自分がいちばん安心した顔で言うんだよ。ふふ、おかしいねぇ。新選組の身内の人には、意外と心配性だよね。
触り方も柔らかくて、優しくてさぁ。まるでやんごとなきお姫様か、夕餉の絹ごし豆腐の扱いよ。あんなふうに大事にされちゃあ、診てもらった患者さんが、みんなソウゲンちゃんに惚れちゃう。大変だわこりゃ。
昨夜のサクヤちゃんの話……あっ違いますぅ、今のは駄洒落じゃないですー、んふふ。
面白かったね。お山にいた狐のお坊さんの正体、僕なんとなくわかるかも。
お見舞いに来てくれたついでに、すこしお話しましょ。眠くないのにお布団の中にいるのって、逆にしんどいんだよね。
ギャタロウちゃんは「白蔵主」って知ってる?
知らないか。うん。いまいち知名度高くないんだよねえ。玉藻様とか葛葉様とか、そのあたりの伝説級にド派手なお方と比べるとどうしても。
何やらかした妖怪かって? うーん。なんにも。悪いことはとくにせず。
お坊さんに化けて毎日まじめに働いて、みんなのためにお経あげて、ここから南のほうにある少林寺ってお寺で立派に住職をつとめあげた。うん、地味。派手さがない。
これじゃ面白い話にならないよね。
法事で出かけた家の横にある天ぷら屋さんで、たまたまねずみが油にとびこんで天ぷらになっちゃったの見た狐のお坊さんは、好物の生臭を我慢できなくてつい口にしちゃって、人間に化ける神通力を失って狐に戻っちゃう。
それから井戸に落ちて死んだとか、犬に食い殺されたとか、化けの皮がはがれた姿を見ないふりしてくれた町の人たちに、なんとなくぬるい目で見られながら、そのあと何十年も現役でお坊さんをまじめに勤め上げたとか、いろいろな説がある。
サクヤちゃんが言ってたみたいに、人間のお坊さんを引退したあと山の中に隠遁して、ひっそりと「南無釈迦牟尼仏」を唱えてたのかも。
たしかに食い意地はってるせいで皆に正体ばれたとか、かなり恥ずかしいもんね。あはは。
地味でまじめな狐の性格って、気分で動く僕とは正反対だ。
ぜんぜん派手じゃないし、盛り上がったりおっかないところもないし、知名度もそんなにないけど、僕はこの話好きだよ。
耳もしっぽもモロ出てるのに、ぬるい目で見ないふりしてくれた町の人も、働き者の良い狐だったから、愛してくれていたんだろうね。
そんだけ大事にしてもらえりゃ、狐のほうだって、人間がとっても好きだったのよ。
若い子の命が危ないところを見かけちゃったら、絶対に助けなきゃって思ったんだねえ。
仔狐もねえ、立派なお坊さんになれるといいね。
あのサクヤちゃんに「かわいい」って言われるくらいだもの。なんか自信ついちゃうんじゃない。んふふ。
これは熱のせいで出た、ただのうわごとだと思って聞いてほしいんだけど。
ギャタロウちゃんの弟分の留吉ちゃんが言ってた話。獣のにおいがする赤毛の子どもの話。
あれねえ。お山に棲んでる山童じゃないかしらって思うのよね。
山童は十かそこらの子供の姿で、柿色の毛をしてる。河童が山に引っ越して、山童になったなんて言われることもあるね。
他人の家に勝手にあがってお風呂に入っちゃうことがあって、この残り湯は脂が浮いて、とんでもなく臭うとか。ね、似てるでしょ。
人の仕事を手伝ってくれる気のいいあやかしだ。ちゃんとお代を払わなきゃ怒るけど、そこは人も同じじゃない。
悪いものじゃないはずなんだけど。
悪さをされるようなら、彼ら墨が嫌いなんだ。だからお家のまわりに墨で線を引いとくと、寄ってこなくなるよ。
サクヤちゃんが話してた送り狼も、もともとほんとの妖怪ってわけじゃない。
狼っていう獣は、なわばりに入ってきた相手を警戒して、ずっと監視しながら後をついてくるの。そういう習性、なんだかサクヤちゃんと似てるよね。
人が転んだり、走りだしたら追いかけてって襲っちゃうのは、獣の本能だ。体が勝手に動くのね。
怪しくもなんともない話で逆に浪漫がない? ギャタちゃんみたいな人が話を盛って伝えるから、どんどん新しい妖怪が生まれてくんじゃないのかしら。
狼があとをついてきてる間は、ほかの獣が怖がってよりつかないから、旅人の守護者って呼ばれる時がある。そう、良いものみたいな言い方される場合もあるんだよ。
だからねえ。ちょっと変だね。場の理を破った人を襲う怪異みたいな、そういうのになっちゃってて違和感がある。
最近お山はそういうの多いでしょ。なんでかな。みんなおかしくなってくの。すこしずつ。
僕しばらくお山にいたことあってね。だからなんとなくだけど、肌で感じてた。
狼の目が、紫に妖しく光ってたってのも、雑面ノ鬼が使う妖刀みたいで気持ち悪いよね。
熱でウンウンうなりながら、いろいろ考えてたんだけど。
前にギャタロウちゃんが言ってた、留吉ちゃんのお仕事。雑面ノ鬼の刀運びの片棒を担がされて、大変だったって話。
雑面ノ鬼は長州藩の過激派と手を組んでるそうだけど、彼らの活動がいちばん活発なのって、京の都のなかじゃない。逆に都の外ではおとなしいでしょ。名前もほとんど聞かない。
みんなアレを持ってるよね。おそろいの妖刀。
人の魂を刀にためて、動力源にして、とんでもない強さが出るわけでしょう。
ソウゲンちゃんが言ってたんだけど。
エレキテルってねえ、水を伝わりやすいんだって。
刀って、作るときお水がいっぱいいるんでしょ。人の魂が、目に見えない電気みたいなものなら、あの妖刀を作るときにこめられる何かが、そのたくさんの水にとけて、水を伝ってほどけてかないのかしら。
それってどこに行くんだろう。水は高いところから、低いところに流れていく……。
留吉ちゃんは舟で妖刀を運ぶとき、上流から下流に向かって運んでいった。
まだ体のできあがってない子どもがひとりで、重い刀をいくつも積んだ舟を、川の流れに逆らって動かすのはまず無理だよ。下流から上流へ舟を動かすのは大人でも重労働だし、風のない日なんかだと、もう舟ごと陸に揚げて引いてったほうが楽だっていうでしょ。
僕はお侍じゃないから、武器のことはよく知らないけど、刀を用意するのって簡単じゃないよね。だからあんなにお高いんだし。ろうそく何本買えちゃうかしら。
後ろ暗いところの多いお面の人たちが、人目を忍んで刀の束を持ち運ぶのも難しいと思う。現地で作って近場に配るのが、現実的だし効率がいい。安全だし。
それなら留吉ちゃんの舟が下っていったのと逆のほう、川の上流に、妖刀を作る工場があるのかも。
そこからたくさんの排水が……普通の刀を妖刀にする「何か」がまざった毒みたいなものが、流れ出してるんじゃないかしら。
最近のお山が変なのって、もしかしてあの妖刀と何か関係あったりして。
川上の、源泉まわりに棲んでるお山の獣は、下流で薄められた毒水を飲んでる僕らよりも、その反応が顕著に出てるのかも。
濃い毒水を飲んだお山の獣たちが、人よりも先におかしくなっちゃって……。
ぞっとしちゃうけどね、妖刀を作る毒みたいなのがあったとしてさ、水を飲んで口から体にとりこんで……じゃあそのうち、僕らもおかしくなっちゃうのかな。
心配しすぎ? 熱で弱気になってるだけ? そうだといいけど。
わっ、びっくりした。えーサクヤちゃん急に天井から出てこないでよ。器用に板まではずして何なの。
闇殺しのときの癖? ちょっと面白いじゃない、なんなのその集団。
「でかした」って、なになに、褒められちゃった。うん。ふふふ。
すぐに風邪をなおして、元気になって見廻りに行くよ。
肺の調子? うん、僕は大丈夫だよ。喉やられちゃってるだけ。「自分からうつったわけではないらしい」って、それで心配して見に来てくれたの。
サクヤちゃんは風邪なんかひいてないでしょ。変な子ねぇ。まあ、ありがと。
ギャタロウちゃん、なぁに。「今日は坊主のお化け話はお休みかィ、結局仕事の話になっちまったじゃねぇか」って?
じゃあねえ、言っちゃうけど。
じっとしてもいられないし、いまね、覚悟決めてソウゲンちゃんのお薬飲んだの。前に風邪ひいたときにもらったやつと同じの。これが効くのよ。
でも副作用がすっごいの。
ギャタロウちゃん。僕、薬の副作用で今から見上げるくらいの大入道になっちゃうけど、見て腰抜かさないでね。