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壬生怪談・百物語




〇一四・御籤(藤堂)


 土方歳三。永倉新八とともに情報収集にあたると聞いていたが、こんなオンボロ屋台で何をしている。
 なに? 「今の自分はうどん屋台の大将の息子」? 脳みそに酒精まぜられたか?

 ──毎晩煮炊きの修行ばかりで不満が募り、こんなうらぶれた屋台のあとを継ぐのに嫌気がさしていた。お江戸で役者になりたくて、お主は京を飛び出した。
 しかし口下手がすぎて、鳴かず飛ばずの毎日。そうしていると田舎から、母が危篤との知らせが入った。急ぎ出戻り屋台に立っている、と。

 なんだそのトンチキ設定。どっちが考えた。ギャタロウか、スズランか。
 ふたりで酒飲みながら、風呂敷広げてあーだこーだ考えた? そんなところだろうと思ったわ、馬鹿たれどもが。
 しかし結果はそれなりに出ていると。まあ……うむ、本当だ……なぜだ……。わからんものだな世の中。

 夜にうごめく後ろ暗い連中のやることを知るには、我々新選組が昼間に日向を歩いていても、得られる情報は限られているのかもしれん、と。なるほど。
 しかしサクヤ。なにゆえお主が、謎設定つけられて屋台に立ってる。
 スズランがあんな姿に変わり果ててしまったので、かわりに店に立っている、と。そこは設定にいかされてるのだな。
 確かにスズランのやつ、仁王か黒猩々かという、奇怪な姿に変わり果てていた。このような狭い屋台だ。肩から下ぜんぶ外に出るぞ。
 ソウゲンの薬はどうなっているのだ。

 雑面ノ鬼も人目を忍んで山奥深くに建てた妖刀工場に、まさか身の丈二丈の大入道が、爆弾抱えた大男を肩に乗せて討ち入りしてくるとは思うまい。
 工場は完膚なきまでに爆破。生け捕りにした雑面が「世界観が違う」と泣いていた。
 まあ、そうなるな。私も報告を受けているあいだ、何の話をされているのかよくわからんかった。
 容保公にどうご説明すればよいのだ……。

 「自分はあんかけうどんしか作れない」だと。では、うどんをもらおうか。
 どれ。ふむ。スズランに以前連れていかれた汁のくさいうどん屋より、よほどうまいではないか。
 サクヤ。貴様の腕、なかなか大したものだぞ。

 永倉はこのうどん屋台で、情報収集の取っ掛かりとして、お代がわりにと怪談話を集めているそうだな。
 ……私も? なにか面白そうな話を持っていないかと。
 とくに幽霊話というわけではないが……。ま、聞いてもらおう。昔の話だ。

 あれは夏の日。
 試衛館の顔ぶれで、他流試合に出るために泊まりで大坂に出かけた。
 うまいものを食いたい、珍しいものを見たいと近藤さんがはしゃいでおられて、沖田さんもいっしょになってにぎやかだった。
 土方さんは、近藤さんと沖田さんよりすこし遅れて歩き、子供みたいにはしゃぎまわるものじゃないよ、みっともねえと、笑いながら呆れていたな。
 あの人は、ご自身もまだ童のような年齢だったのに、山猿のごとき稚気の一番星よりも、よほど大人びていた。
 我々は道場の近くに宿をとり、夕涼みを兼ねて近くの寺を詣でた。
 かつては大きな寺だったそうだが、寺地を大名にとられて衰退していったという。小さな寺だ。
 四人で御籤を引いた。近藤さん、土方さん、沖田さん。私。

 紙を水につけると運勢が表れる、不思議な御籤だ。
 当時は仕組みもわからず、皆で驚いておった。
 ちょうど門前を掃き清めていた住職と話をする機会があり、親友の医者の案だと教えてくれた。
 「このミョウバンの粉を水に溶いたもので紙に字を書くと、濡らしたときに浮き上がって出るのだ」と言って、丸に「踪」と入った四角い薬の包みを見せてくれた。
 面白いものだから子供らが喜ぶだろうと、ためしに入れてみたのだという。

 この住職のご友人の医者というのが、代々続く医者一族の当主だというのだが……。
 下の息子が人の心を母親の腹の中に置き忘れてきたような困った性質で──このままでは、いまに何ぞやらかして首と胴が離れる、仏道に触れれば人の命の重みを理解するだろうかと、悩んで寺の住職に相談にくるようになり、そこから親交がはじまったのだそうだ。

 我々は、御籤を同時に井戸水にひたした。
 白い紙の上に、透けるような文字が浮かんできた。

 近藤さんの顔色が変わった。

 皆の御籤を奪うと、「こんなものは、こうだ」と半分に破り、もう半分を焼き捨てると言って持って行ってしまった。
 残った我々は、急に怒り出した近藤さんの後姿を、あっけにとられて見ていた。

 吉でも凶でもない、妙なみくじだったから、あれはなんだと住職に尋ねると、首をかしげていた。ふつうに吉凶を占うものしか入れていないという。
 ためしに住職が、その場で御籤を引いて、水につけて見せてくれたが……。

「吉」

 たしかに、良くもなく悪くもなく、平凡な結果が出た。
 「子宝に恵まれる」などと書いてあるから、御籤などいいかげんなものだと、あとで皆で笑ってしまった。
 住職は高齢ゆえ、引退を考えているという話をされたばかりだったのだ。跡目をほかの坊主に譲り、自分は山で庵でもひらいて、念仏を唱えながら気楽に暮らすつもりなのだと。

 結局、悪い狸が子供を脅かそうと、いたずらをしたのだろうという話になった。

 近藤さんの手で半分に裂かれた、土方さんの御籤には、「名」と書かれてあった。
 いまに名をあげるという意味に違いないと、土方さんは機嫌がよかった。神仏のお告げなぞ眉唾だが、良い結果が出れば悪い気はしない。

 近藤さん、土方さん、沖田さんの三人の御籤には、同じ「名」の字が書かれていて、私が引いたものだけ「半」だった。
 皆が「名」をあげたころ、私だけ「半」端もののままだということかと、けっこう後々まで引きずっていた。

 御籤を引いて水につけた瞬間に、浮かび上がってきた文字。
 あの人たちの紙には、

「日名」

 と書かれていた。
 紙を半分に裂くことで「名」という字に変え、別の意味を与えたが……。
 あの御籤は、将来手に入れるものではなく、己が失うものを知らせていたのではないか。

 近藤さん、土方さん、沖田さんの各々は、名前を替え玉たちに譲り失った。
 では近藤さんが半分に破く前の神籤なら、なにを失っていたのだろうかと考えてしまう。
 「日名(めい)」。一文字で、あの世、という意味になる。

 私の引いた御籤には、

「田半」

 と書かれていた。
 近藤さんが「田」の部分を切り取り、「半」としたが……。
 「田半(はん)」。背く、離反するという一文字だ。

 いま、あの人たちは「名」をなくし、私は「半」身が役立たずのこのような体になった。
 するとあのとき近藤さんが、くだんの神籤を裂かなければ……。
 あの人たちは、名すら残さずただ無為に死に──私は皆に背いて、裏切者となって新選組を離れていたのだろうか。
 まさかな。私が誠の道を違えるなどと、考えもつかぬ。
 では、あれはやはり住職の悪ふざけか、狸に化かされたか……それとも最近になって見た夢幻を、昔の思い出だと取り違えているのかもしれぬ。

 先日、大坂に用があったときにあの寺の前を通ることがあり、懐かしくなって境内を覗いたが、あの水の神籤はなくなっていた。
 住職も、別の人間にかわっていた。忙しそうにされていたので、話を聞く機会もなかったが……。前の御方は、昔、話に聞いたように、人里離れたどこかの山で、今ごろ隠居をされているのかもしれん。
 子宝はどうだろうな。わからん。

 坊主といえば、スズランがソウゲンの薬の副作用で大入道になっていた影響で、全身ひどい筋肉痛になって悲鳴をあげていただろう。
 またソウゲンの作った鎮痛薬を、警戒もせずに飲んで寝ていたが……あれだけひどい目に遭わされていながら、懲りるとか、学習するとかないのかあやつは。
 さっき見たら、またぞろ薬の副作用で、今度は頭に毛むくじゃらの耳と、尻に狐の尾を生やしていたぞ。 
 おっさんのケモミミなどおぞましいと、一番星が青くなっていた。
 いったいソウゲンの薬はどうなっておるのだ。まったく。




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