明かりが見えると思ったら、このような時間にこのような場所で、ギャタロウ殿はまだお仕事を。酒と飯を出しての、一風変わった情報集めと聞き及んでおりますが……。
小生は往診の帰りです。錦市場の八百屋の息子さんが、急に熱を出したというので、うかがっておりましたァ。
以前夜警のおりに、町の者が「夜にかかれる医者がない」と困っているのを見かけましたので。それならば何かあればと、屯所にお声がけをいただいているのです。
藤堂殿の許可もいただいておりますよ。
「お医者さんは、逆に替え玉になったってお医者さんだねェ」と。
はい。新選組の山南敬助殿の替え玉ということになりましたが、どうにも元々の性質が身に染みついてしまっておりまして。
こちらは、うどん屋台ですか。「まあまあ、座ってちょうだいよ」と──おや。スズラン殿ですか、てっきりギャタロウ殿のお知りあいの女人かと。
たたずまいや身振りもそれらしく、あなただとは気づきませんでした。化けるのが大層お上手なのです。
「やっだー、化けるのがお上手だって! そんなに褒めても、なんにもでないわよう」……はて? そのように喜ばれることを申し上げたでしょうか。
相も変わらず興味深いお方なのです。
これが、きつねうどん。はぁ。そうですか。
いえ、おかしいというわけではなく。作る者によって、味がこんなにも違うものなのかと、驚いておりまして。
おいしいです。とても。
これほどうまいきつねうどんを食べるのは、それなりに長く生きてきましたが初めてです、スズラン殿。「料理は愛情」? なるほど。
では、以前藤堂殿とサクヤ殿にお話をうかがった「クソまずいうどん店」とやらのうどんは、客への何の愛情もこもってはいなかったと。
「ちょっとくらいはあったはずだよ! 給仕のお姉さんも「おいしくなーれ」って言ってくれたもの!」「ギャーッとキツいこといってやるなぁ」……はて。
お二方は、毎晩ここで屋台を出しておられるのでしょうか?
いえ、深夜になって小腹のすいたときに、むしやしないにいただけると、体もぬくまりますし、仕事の効率も上がるかと思い。なにせ、たいそう美味ですので。
それなら出前を部屋に届ける、おなじ屯所にいるのだからと……それは助かるのです。
毎晩でもかまわない?
おや、毎晩スズラン殿が、小生のためにおいしいきつねうどんを作ってくださるのですか。
それは大変ありがたいことなのです。
ギャタロウ殿、なにか。
雨が降る夜は共寝をし、愛情こめてせっせときつねうどんを作る。小生とスズラン殿は、友人というよりも、夫婦のように仲睦まじいと。
そう言われるとその通りなのですが……いやはや、何やら照れてしまいますね。
スズラン殿は。お嫌ではないですか。それはよかったのです。ふふふ。
夫婦……そういう話には、とんと縁がなく。ええ。
いい話はなかったのかと。いいえぇ、このような愛想もない男に、嫁いできたい女人はいないでしょう。
小生は、代々続く医者の一族に生まれました。
血に連なる男は「踪」の一文字をいただき、名を聞けばそれとわかる──「多くの糸を一本にまとめあげる」。そういう字で、そういう家です。
小生は上に兄がおりました。父が年をとってからの子どもでしたので、好きにさせてもらっておりました。
親として、何とか息子に嫁を取らせねばと、悩まぬわけではなかったと、父に聞いたことがあります。
お前はどのような嫁なら納得がいくのだ、と尋ねられたときに、「薬の実験台になってくれるお方ならば、どなたでも」と小生が答えましたら、膝から崩れ落ちておりました。
ご安心ください。方便なのです。さすがにそこまではしません。
種痘や麻酔の試し打ち程度でしたら、健康にも害が少ないので、お願いすることもあるでしょうが。
うちの息子には人の心がないと悩んだ父は、懇意にしていた寺の住職に相談したようなのです。
人間の娘など与えては、生きたまま実験台にしかねないと心配する父に、ご高齢のご住職は「もしこの先自分に子が生まれたら、狐の嫁でよければもらってやってくれ」と冗談を言っておられましたが……。
先日、医者仲間に聞きこみ調査に向かったおりに、あの方、亡くなられたと聞きました。
跡目を若い僧に譲り、寺を離れてしばらく経ったころ、息子さんから文がきたそうです。ご住職に息子さんがいたこと、小生は知らなかったのですが……。
その方が娘でなくてよかったと、後々考えておりました。
今は小生、しびとということになっており、山南敬助として気ままにやっておりますが。
もし、あのまま小生が家におれば。その方がもしも女人ならば。お互いの歩む道に何かのかけ違いがあれば、その方は危ないところで、このような男と添わされるところだったのです。
そうなっておれば、不憫でしょう。
飲み食いのお代がわりに、不思議な話を知らぬかと。
そう申されましても、目に見えぬものの話は小生にはわかりません。
夜の墓場をうろついていれば、何かと不思議なものも見聞きするだろうと? ふうむ。
小生、神仏など信じてはおりませんが……。
一度、父に連れられてご友人の寺に詣でてからは、定期的にお参りをさせていただいておりました。
ギャタロウ殿とスズラン殿が開いておられるこの屋台には、様々な情報が入ってくるとうかがいます。お寺も同じなのです。近隣に亡くなる方が出ると、いちばんに知らされますので。
葬儀をあげると、墓に新しいご遺体が埋められます。老若男女。様々な死に方をされたご遺体を、小生夜中に出かけて掘り出し、急ぎ持ち帰ります。
なにぶん死後時間が経っておりますので、すこしでも早いうちに、開いて調べたいのです。
小生が奉行所に引っ立てられたあと、息子がご友人の寺を、死体あさりの情報収集の場として利用していたことを知った父には、「罰当たりだ」と叱られましたが……。
医者が罰当たりなどと非科学的なことを言うのがおかしく、つい笑ってしまいました。
それを見たときの、それこそ幽霊に遭ったような父の顔を、なにか覚えております。
あれを最後に、血縁のある者には会っておりません。
そもそも小生が捕まったのは、新しい墓からご遺体を掘り出し運ぶ際に、偶然人に見られてしまったせいなのです。
猟師の方だったようで。山の近くの、人気のない墓地だったので、油断しておりました。
ご遺体を背負った小生と鉢合わせをすると、悲鳴をあげて逃げてしまわれました。
その方が奉行所に申し出たために、「ソウゲン」は死罪となってしまったのですが……。
目撃者の猟師が逃げてしまったあと。
掘り起こしたご遺体を背負った小生は、衰弱した獣を見つけました。
罠にかかって怪我をしております。先ほどの猟師の手になるものとわかりました。
傷ついたものを放ってはおけないのが、医者の性分です。ご遺体とともに狐を連れ帰って、傷の処置をしました。
抱きあげたときに線香のにおいがしたので、どこかのお寺で餌をもらっているのかもしれぬと思い、数日して傷が癒えたら山にかえしました。
それなので、今頃は住処に戻っていると思うのです。
あの狐は、ちょうどスズラン殿の髪のような珍しい毛の色をしておりました。そのせいで毛皮を狙われ、罠を仕掛けて獲られたのでしょう。
傷を診ているあいだ、ずっと口を開けて、こちらの顔を見あげていたのが不思議でしたが……。
「先生がいい男すぎるから、ポーッと見惚れてたんじゃないのかィ」……よくわかりませんが。
いえ……いい男すぎるから見惚れる、というのは、経験として存じております。
小生も、スズラン殿の顔の造作が美しいので、共寝の際に寝顔など、時間を忘れて見入ってしまっていることがよく。
そうそう。以前、雨の夜に見ていた、スズラン殿が悲しそうな顔をされる夢は、共寝をするようになってから見ることはないのです。
ですが、かわりに、というのでしょうか。
姿見にうつる自分の顔が、夢の中のスズラン殿と同じ表情をしていることがあると、最近になって気づいたのです。
人の表情というものも、風邪のように人から人へうつるものなのかと──理由もわからず、不思議に思っているのです。興味深い。
スズラン殿。どうやら小生はあなたのことを考えたときに……それも日が落ちてから、色街へ繰り出していくあなたの姿をお見掛けしたあとなどには、とくに。
「好き」だと悲しげに囁く、夢の中のあなたと同じ顔になるようなのです。
なぜなのでしょうか。
どうされました。スズラン殿。顔が赤くなっているのです。
また風邪をぶりかえされたのでは。熱は。ああ、すぐに診ましょう。
医者は目に見えぬものを畏れるよりも、生きた患者さんの容体が、力及ばず悪くなっていくことのほうが、よほど恐ろしいのです。