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壬生怪談・百物語




〇一九・蝶々(アキラ)


 近藤局長、報告がある。
 先日破壊した、雑面ノ鬼の妖刀工場跡地へ調査に出向いた。拙者と藤堂、スズランでだ。
 なぜか、顔ぶれが不安だとギャタロウに言われた。
 「娘っこが昼時に集まって、茶店でかしましくお茶会やるんじゃねぇんだぞ」と失礼な口ぶりだったが。
 スズランはともかく拙者と藤堂は、剣の腕にかけては並の男に引けをとるつもりはない。不服を申し立てたが、聞き流されてしまった。
 そもそも、あとのふたりは女顔ではあるが男だろう。まったく。
 「ギャタちゃん心配してるのよぉ」と、スズランがクネクネしながら言う。こいつは同類の酒飲み親父ギャタロウの肩を持つのだな、とうっとおしく思っていたら。

「さいきん、お山で女の子や子供が消える事件があったんだ。ギャタロウちゃんのところの子がねぇ、何人もいなくなっちゃってるんだって。原因もわかんないから、行方不明者たちと似たような年頃の面子を送り出すのが不安なんだね」

 そういうことなら、素直に「心配だ」と白黒ハッキリ言えばいいものを。
 「おじさんは面倒くさい生き物なんだよぉ」とスズランが言うので、拙者と藤堂は「なるほど」と理解した。

 雑面の秘密工場は、桂川上流の峠にあった。
 先日ソウゲンとともに、よくわからんまま討ち入りを果たして建物を破壊してきたというスズランの案内で向かう。……いや、いったい何があったのだ?
 近藤局長。うむ。お主も詳しく話を聞いたが、やっぱりわけわからんかったと。
 何があったのだ……。

 いかがわしい呪いの刀なぞを作っているのだから、当然といえば当然だが、雑面ノ鬼の秘密工場は、人も獣も通りかからぬような山中奥深くにあった。
 平家の落ち人が逃れてきて隠れ里を作ったとか、よくある伝説が残っている土地だ。
 道は険しく、そこらの童よりも体力のないスズランが、「もう無理歩けない」「足が痛いよぉ」「蚊に刺されたぁかゆいぃ」「藤堂ちゃんだっこぉ」「アキラちゃんよしよししてぇ」早々に弱音を吐き始めた。あやつ本当にうるさいな。
 前回はどうやって来たのかと問うと、ソウゲンの薬で筋骨隆々の大男になって、ひとっ飛びだったのだという。
 「みんなでお薬キメてから来ようよ」とスズランが誤解をうみそうな提案をし、拙者も藤堂も筋骨隆々の強靭な肉体になれるというので少々気になって心が揺れたが、「あやしい薬に手を出すのは言語道断」「まったくだ」ということで却下とした。
 「なんで? 合法だよぉ」と、またもスズランが誤解をうみそうなことを言ってわめくので、藤堂も「あやつ本当にうるさいな」とげんなりしていた。同感だ。

 破壊された雑面の工場は、排水設備もいいかげんな垂れ流しのつくりで、あたり一面が水浸しになり沼のようだった。
 ちょうど、長雨が降ったあとの屯所のまわりのようだったな。
 我々がそこへ着いたのは、昼を少し過ぎたころだ。
 日の光でぬくもった水たまりに、見たことのない形の蝶々が群がっていた。
 町でよく見かける揚羽蝶とは違う。翅の黒いものだ。

 蝶の翅は、光の当たるところではそれとわかりにくいが、日陰にいるものを見れば、仄かに発光しているのがわかる。
 濃い紫色の、薄気味悪い光り方をしていた。「妖刀の色に似ている」と、ふと考えたところで……。

 蝶たちは、生息地に拙者らが足を踏み入れたのを警戒した様子で、いっせいに飛び立つ。
 どれほどの数がいたのやらわからぬが、あたりは夜のように真っ黒になった。
 間を置かず体中にまとわりついてくる黒に、蝶たちは警戒していたのではないと知った。
 こやつら、我々を獲物と定めたのだ。
 牙も爪もなくどうして食う気かわからぬが、虫にたかられて良い気はしない。
 刀を振るが、数が多すぎてらちがあかぬ。一旦、元来た道へ退こうと振り返った。

 拙者の目の前に、人の顔があった。

 透明な壁のようなものがあって、そこに顔を押し付けた男がいるのが見えた。
 両耳の横に窮屈そうに折りたたんだ手をついて、人相もわからぬ潰れた顔がこちらを凝視している。
 狭い箱の中にでも閉じこめられているような格好だ。口を開けて、なにか叫んでいる様子なのだが、音は聞こえない。
 唇の動きを見ると──。

「出せ────、出せ────、出せ────」

 そう繰り返しているのが知れた。
 男は蝶のなかにいる。
 拙者は、己の瞼に貼りついた蝶の翅を覗きこんでいる。至極間近で見つめているのだ。
 理解したとたん、思わず声が出そうになった口をおさえる。
 いま叫べば、蝶どもが口のなかまで入りこんでくる。平たい翅のなかに、小さく小さく畳んだ人間を閉じこめた蝶たちが。

「えーい、ばりばりーっ」

 気の抜けた声とともに雷が落ちる音がして、白い光が拙者の体を打った。
 スズランがエレキテル錫杖を使ったのだ。威力は人の体が痺れるほどに控えてあったが、体の脆い蝶たちは焼け焦げてボトボトと落ちていく。
 エレキテルで打たれたものは、あんなふうに焼けただろうか。
 組み込まれた刃に宿った、斎藤一殿の魂の力になるものだろうか。すると雑面ノ鬼の武器に相対したときと、スズランの武器が同じ反応をしたということか。
 坊主が「大丈夫だった?」と首をかしげているので、蝶か電気か、どちらのことを言っているのかわからぬまま、頷く。

「殺生はダメなんだけど」

 坊主がヘラヘラ笑いながら、いつもの浮ついた声で言う。
 拙者から少し離れたところで、うずくまった藤堂の背中を撫でてやっていた。口の中から吐き出した黒い翅が、唾液と幾分かの胃液をからめて水たまりに落ちていく。
 入りこまれてしまったのだな、と思った。
 牙も爪もない生き物が、どうやって人を襲うのかと訝ったが、そういうやり口なのだろう。思わず鳥肌が立った。

「エレキテル錫杖のスイッチを入れると、電気がビリビリーッと発生して。それが原因で死んじゃうわけだから、殺生には入らないよね」

 スズランが言った。屁理屈だ。
 だが、僧侶には大事なことなのだろう。拙者が男か女かという問題は、己のなかにしかないと藤堂が言ったように。
 するとソウゲンが雷で敵を打つ錫杖を作ってやったのは、非力な者でも取り回しがしやすいばかりではなく……僧侶が自分の手を汚して殺生をせぬよう、という理由もあるのだな。
 屁理屈をこねられるだけの糊代を作り出し、スズランの中にある人殺しを忌避する気持ちが納得できるように。
 では、あれは人の身ばかりでなく、心をも守っている武器なのだ。

 ソウゲンは、大きな見た目と遺体の解剖が趣味という性質で、他人に怖がられがちだが……スズランは最初から、あの男に妙になついていただろう。
 それが何故なのか、わかる気がした。医者が優しい男だと、まわりをよく観察し人を見る目のあるスズランは、ずっと前から知っていたのだな。

 自分の体が、不気味な妖蝶の黒い鱗粉まみれになっていることに気づき、つい泣きそうになった。これでは、ギャタロウに娘っこのお茶会と言われるのもしょうがないが……。
 「いや俺でもたぶん泣いてるし、ギャタロウもそれは泣いてるから」、と。たしかに。
 藤堂ですら「生理的に無理すぎるこれは」と左目で泣いていたし、また新たに飛んできた蝶々に顔に群がられ、出した涙を吸われて生娘のごとき悲鳴をあげていたので、男とか女とかの問題ではないのだろうな。

 なぜ虫が人の涙なぞすするのだと呟くと、スズランが「山じゃ塩が貴重だからねぇ」と、少々ズレたことを言う。
 鱗粉まみれで「お風呂はいりたーい」とぼやくので、そこだけは拙者も心から同意した。

 とりいそぎ、蝶の死骸を持ち帰った。
 人を襲うことと、濃い毒水をすすって生まれたことに、なにか関連性があるのだろうか。ソウゲンに調べてもらうことにする。
 今こうして見ればただの珍しい蝶なのだが、あのとき翅の中に見えた叫ぶ小人は、いったい何だったのだろうな。拙者は幻覚でも見ていたのだろうか。




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