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壬生怪談・百物語




〇二〇・恋歌(狐)


 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 こん、こんっ。くわーい。

 仏道に背いて女の子と恋におち、ふたりで駆け落ちしたものの。
 追手に見つかり、好きあうふたりの仲は裂かれて離れ離れに……。
 そっかーなるほどねぇ。そういう裏話のある歌なのね。聞くも涙、語るも涙ってやつだね。くわっくわっ。

 なんでお坊さんは女の子を好きになっちゃいけないの?
 修行の妨げになるからダメなの。へー、我慢しなきゃならないことがたくさんあるんだね。
 十戒律。修行中のお坊さんのダメなもの、十個もあるんだ──殺し。泥棒。交尾。嘘。お酒。おしゃれ。お歌。おおきなお家。お金。おやつもダメ。
 ぜんぶダメなの? きっつ。とくにおやつダメなの無理。死んでるのと同じじゃない。
 なるほど、だから死んでる人のことを仏様っていうんだね。
 みんな命が尽きたら平等に、戒律を守るりっぱな仏様になれちゃうってわけ。こんっ。

 僕のような獣には、難しくてむりかもしれないって?
 そうだねぇ。もうちょっと簡単なのはないの。狐向けの戒律とか。
 僕お歌が好きだからさぁ、つい歌っちゃうんだ。坊さんかんざし買うを見たぁ。うふふふ。さっそく戒律破っちゃった。こんっ。

 お師匠さんはお坊さんなのに、お歌も好きだしおやつも好きねぇ。
 女の子は好き? ……そういうのは、まずはお友達から?
 人間はオスとメスが交尾をするのも、まずはお友達からはじめるの。手順を踏まなきゃいけないのね。難しいねぇ。面白いねぇ。

 お坊さんなのに厳しい戒律が守れなくて、お師匠さんはお寺から追い出されて破戒僧になっちゃったんだ。
 どれ破ったの? 殺しと泥棒は絶対違うでしょ。お酒も違うね。すぐ酔っぱらっちゃうから。お金もそれっぽくないし。
 あー女の子でしょ。好きな娘ができたんでしょ。
 おっ赤くなっちゃって。これは当たりだね? こんこんっ!
 狐が人をからかうもんじゃないって? いやいや、狐は人をからかうもんですよ。

 ねぇどんな娘だったの、美人? 毛並みは? 毛色は? どんなにおい? 尻尾はふさふさ? あっ人間は尻尾ないんだっけ。どこまで進んだの? 交尾はした?
 なんで怒るの。まずはお友達からって言ってるだろうって? まじめねぇ。
 口を吸った……? なにそれ。人間は好いた人の口を食べちゃうの。引くわぁ……。
 そうじゃなくて、口と口をこうあわせて……。なにそれ、変なの。楽しいの?
 おやおや、うふふふ、お師匠さんたら顔真っ赤だよ。くわっくわっ。

 へーへー楽しそうねぇ。そのそれ、恋っていうの? どんなかしら。
 僕のお父さんみたいに、いつもシャンとしているお師匠さんが、そんなにふにゃふにゃになっちゃって。俄然気になってきましたよ僕は。
 それはお歌よりもアゲアゲで、お酒よりもフワフワして、かすていらよりも甘いもの?
 わあっ、素敵だねえ! おいしそう!
 それって人はみんなするもの? 狐にもできるもの? 歳はいくつくらいからできるもの? 発情期がきてなきゃだめかな? 痛くない?
 ふうん、心があれば皆できるものなんだ。なんだか憧れちゃうね。僕もしてみたい。
 こーんこんっ、恋ってどんなものかしら。
 僕は、どんな子を好きになっちゃうのかしら。うふふふっ。




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