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壬生怪談・百物語




〇二一・炮烙(一番星)


 おっ、スズランにギャタロウ。こんな時間までまだ呑んでんのか。
 いや、スズランだけか。ギャタロウはもう潰れちまってるな、こりゃ。

「ギャタロウちゃん、心配事が増えるとお酒の量が増えるんだよね。意外と細かく気をまわしているんだよ。いろいろ」

 ふーん、うちのおっ父と同じじゃん。ガーガーとイビキかいてうるせーところも似てる。
 ふんふん。たしかにおっさんのにおいがする。おっ父くさい。
 俺も歳いったら、こんな香ばしいにおいがすんのかなぁ。
 スズランはおっさんのわりに、おっ父のにおいがしねーな。
 「おっさんじゃないって」……んーふんふん。線香のにおいだ。「一番星ちゃん訂正してそこは」おお〜、坊主って感じだなぁ。

「もー。君より年下だよ」

 えっそうなん?
 頭良いし物知りだし、言うことやること駄洒落全部加齢臭すっから、ずっとお前のこと年上だと思ってたんだけど俺。「ふくざつ〜」
 なんだ、酒余ってるじゃねぇか。「ギャタちゃん寝ちゃったから」……そんなら俺がもらうわ。スズラン、ちょっと横よけてくんない。「よろこんでー」
 どうせギャタちゃん、朝まで起きる感じしねーしなぁ。

 あの「ガシャンガシャン」がうるさくてさぁ。
 いい気持ちで寝てたのに、目が覚めちまった。庭のほうで酔っ払いが喧嘩でもやってんのかと思ったが、どうも裏の寺からっぽい。
 今日の昼間に壬生寺でやってた壬生狂言で、あの「ガシャンガシャン」の炮烙割を見たが、いやぁ迫力あったよな。俺ぁこういうの初めてなんだけど、こんな真夜中までやってんだなぁ。
 ご近所さんから苦情とか出ねーの。俺たち新選組だって、あそこまではうるさくなくね。
 そもそも炮烙って何なんだよ。

「まだ寒いときに、壬生寺で節分会があったの覚えてるかしら。鬼払いの壬生狂言だけ、何回もやってたやつ。あの時に素焼きの大皿を奉納したでしょ。境内に墨壷の台が並んでて、一番星ちゃんが筆でかわいい猫ちゃんの絵を描いて、藤堂ちゃんに「罰当たりが」って殴られたお皿。あれが炮烙」

「火にかけてお豆を炒ったりすると、金属のお鍋を使うより、香ばしくなっておいしいよ。お茶の道具にも使われることがある」

「お寺ではお盆の迎え火と送り火を焚くときに使ったりもする。おがらをのせて……おがらっていうのは、麻の茎の皮をむいて乾かしたやつね。火をつけて燃やすの。おがらの煙が、お空にのぼった魂をこの世に呼び戻すんだよ」

 あの茶色い皿って、いろんな使い方ができるんだな。今度炮烙使って豆を炒ってみるか。うまそう。

 高ァく積みあがった皿の山。
 ありゃきっと千枚はあったが、そいつを景気よく舞台のうえから突き落として、「ガシャンガシャン」と割る見せ場がよ。豪快で、ありゃあ気持ちがいいなあ。

「あれ、炮烙のお山がさぁ、崩落するのとかけてるのかな。んっふふ」

 ……やっぱスズランって、おっさんじゃね? うん。間違いなくおっさんだわ。
 墨壺があって、筆があって。たしかに書いた書いた。覚えてる。節分にあれを奉納して、そんであとでまとめて割るので、厄除け祈願になるんだな。
 地元じゃあんまり見ない感じの祭りだなぁ。

「たしかに、珍しいよね」

 なー。
 それに狂言っての、あれも面白いもんだなあ。
 俺ぁ仏の教えとか何もわかんねぇが、身振り手振りだけでウニャウニャいう念仏もないし、小難しいことがなくていい。「小猿にはちょうど良い」なんて、藤堂とサクヤが馬鹿にしやがるのが腹立ったけど。
 来年は俺もあの「ガシャンガシャン」やってみてぇ。「一番星ちゃんは、人と仲良しになるのうまいからねぇ。ひょっとしたら、いいよ〜って言ってもらえるかも」……おうおう、地元の男衆に混ざってよ!

「ところでさぁ、一番星ちゃん。夜は割らないよ。炮烙割りはお昼だけ。こんな夜の遅くまでお祭りやって大騒ぎしてちゃ、ご近所さんから苦情がきちゃうよ」

 だよなぁ〜、俺もさぁ、変だなって思ってたんだよ。ひっく。実際うるせーって俺、起きちゃってるし。うぃ〜。
 音もさぁ、やっぱ庭の方からだったじゃん。壬生寺ぁ静かなもんでさ、うちの裏手で、「ガシャンガシャン」やってんじゃん。あはは、うるせーっ。

 屯所の裏でしゃれこうべがよぉ、集まって騒いで、「がしゃんがしゃん」と、頭の皿を積んじゃ落として割って。
 ははは、また狐か。化かされてるのかな俺ぇ。
 なぁスズラン、俺のほっぺたをつねってくんね?

「あらら、一番星ちゃんたら、気持ちよさそうに酔っぱらっちゃって。飲みすぎは毒だよ」

「すぐ近くにあるお寺でお祭りやってて、楽しそうな太鼓や笛の音だけ聞こえてくるんだもの。八月十八日の政変で雑面ノ鬼に殺されてしまった壬生浪士組の、僕らは名前も知らない平の浪士たちも、気になってソワソワしちゃってたんだね。死んじゃうと、ほんのちょっとの距離を歩いていくのも、自由にとはいかなくなるのは不便だ」

「彼ら、新選組存続のために「死んでしまったこと」を隠されて、まともなお墓もないまま土に埋められた不満はいろいろあるだろうけど……。ひとり生き残って頑張る藤堂ちゃんを困らせないように、何も言わずにグッとこらえていたのに、今日ばっかりはどうしても見に行きたかったんだねえ」

 へぇー。そりゃ無念だぁ。見に行けねぇなら、てめぇらだけでも楽しもうかってんで、頭の皿でもなんでも、炮烙がわりに割ってやりたくもなるよなぁ。
 てこたぁ、センパイ方じゃねぇか。ここにいんのは。ひっく。みんな。
 そんじゃあ挨拶しねぇとよお〜、センパイがた俺ぁ一番星だ、藤堂に命ぃ拾われて、近藤勇の替え玉ってことになった。
 まぁ呑もうぜ呑んで呑んで、ミブローシだかシャレコーベだか知らねーが、小難しいこたぁなんだっていいんだよ。
 ココロザシがぁ、おんなじならよう、みーんなダチ公だ。ははは。

「酔っ払いは強いねぇ。僕の目には一番星ちゃんが、地獄の亡者たちにしがみつかれてる蜘蛛の糸に見えるんだけど……」

「悪さをされるようなら、全身くまなくちゃんと耳までお経を書いてあげるけど、一番星ちゃんなら必要なさそうだね」

 おうセンパイ方ぁ、俺ぁまだまだ呑めるぞ呑み比べだ。
 どうしたぁ、ぽわぽわ光って消えていくじゃねーか。そんなにニコニコしちゃってさぁ。
 楽しそうだなぁ。どこ行くんだぁ? もう帰んのか。
 そっかぁ、またなぁ。ひっく。




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