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壬生怪談・百物語




〇二二・飛頭蛮(狐)


 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 こん、こんっ。くわーい。

 ねぇ聞いて聞いて。お師匠さん。
 恋ってどんなものなのか、僕ね、わかっちゃったかも。

 東へ行っては、旅先で命を落とした無縁仏のために念仏を唱え。
 西へ行っては、親に恋仲を認めてもらえず手に手を取って、来世でのご縁を信じて心中した男女の霊に婚礼の祝詞を唱え。
 お山の深くへ分け入っては、迫害される隠れキリシタンたちのために、父なるデウスにオラショを捧げ。
 僕の家系の狐は化けるのが下手でね、しっぽも耳もなかなかうまく隠せない。なのに、藁をもすがる人たちは、助けてくれ祈ってくれと手を伸ばしてくる。
 狐の手だって借りたいくらいに苦しいんだね。こんっ。

 念仏に祝詞にオラショ、たくさんの人に祈りを捧げて、僕もそろそろ世の中の、酸いも甘いも噛み分けてきたけれど。
 いやー、猟師のおじさんの仕掛け罠に獲られるとか、思いもよらなかったよ。
 怖い人間はいるもんだね。お師匠さんに初めて会ったときに、僕の珍しい色の毛皮を狙う悪い人間がいるって、脅かされたことあるじゃない。なんでそんな怖いこと言うんだろうって思ったけど、本当だったんだね。くわっくわっ。

 山の側で人気もないお墓だったから、僕も気が抜けてたんだろうね。夜のお墓はとくに、みんな気味悪がって来ないでしょ。
 そこで後ろ足をガシャンとこう、やられちゃったわけ。
 もう痛いしわけわかんないしで、泣いちゃった。
 すると誰かがこっちに来る。罠を仕掛けた猟師のおじさんだよ。僕が泣いてるところ見て、しめしめって笑う。あ、これ僕終わったわ、って覚悟したね。あの時は。
 僕は死ぬことはそんなに怖くないけど、怖くて大きくて血の匂いがするものが、来るぞ来るぞ今からもっとひどいことをしてやるぞと、ずんずん迫ってくるのは嫌いだな。

 僕はカチカチ山の狸みたいにさぁ、人を化かして困らせたり、おばあさんを料理しておじいさんに肉汁をふるまうような、悪いことはしてないよ。
 でも獲られちゃうわけでしょ。あくどい狸じゃなくて、何もしてない僕が。これから毛皮を剥がれて襟巻にされちゃうわけでしょ。
 この世は不平等だなあって思ったよ。
 あわやお陀仏、ってときに……。

 藪の中から、ぬうーっと大入道が出てきた。

 そりゃもうおっきくてねぇ。古い言い伝えに三十六丈はあったっていう、相国寺の七重塔かしらって思ったくらいよ。
 黒い筒みたいな外套をまとって、顔だけが白く浮かび上がってる。背中に仏様を背負ってた。湿った土のにおいと、腐った人間の肉のにおいが混ざって、むわぁ、ってすごくくさい。
 お墓から仏様を掘り起こしてきたんだなぁ、ってすぐにわかったよ。

 猟師のおじさんは、「ギャーッ!」って大きな悲鳴をあげて逃げてった。
 お迎えの死神かなにかだと思ったのかなぁ。僕にとっちゃ、猟師のおじさんのほうが、お迎えの死神みたいだったけどなぁ。
 大入道さんは、罠にかかってる僕を見つけると、「おやおや」って優しく声をかけてきた。意外でしょ。僕びっくりしちゃった。
 あんなに体が大きい人から、あんなに静かで落ちついた声が出るもんなんだねぇ。

「これはむごいことを。獣を獲るのが生業とはいえ、いたずらに痛みを与えて苦しませるのは感心しません。子狐殿。小生は医者です。あなたを診ましょう。今はお辛いでしょうが、ご安心を。この程度の傷ならば、またたくまに治してみせるのです」

 ……なんかね、夜のお墓の闇の中に浮かぶその人のお顔が、白いお月様みたいに輝いて見えたよね。んふ……。
 とにかく顔がいいのよぉ〜。僕を助けてくれたそのお人。狐が見てもわかるほどの顔の良さ。
 シュッとした切れ長の目は、よく晴れた日にお日様に透かしたびいどろよりも、キラキラしてて綺麗な緑なの。僕を捕まえた猟師のおじさんみたいな、血走ってギラギラした目とは違うくて。
 僕を救おうとしてくれる人の目は、僕を殺そうとしてる人の目とは真逆なのね、って気づいたわ。
 でも、仏さまを背負ってるわけでしょ。殺生とは無縁なはずがないのに、なんで?って不思議でわけわかんなくなっちゃって。俄然興味湧いてきちゃうよね、そういうところも。
 スッと通った鼻筋に、とがった顎、大きいのによく動いて優しい触り方をする手、頭撫でられたときも、指の爪がきれいに整えられてるから痛くなかった。
 ふつうお山の獣は爪とか、獲物に食いこませるために、ピンピンに尖らせてるわけじゃない。
 違うんだよね、触った相手を怪我させないように、わざと丸めてあるの。なんて優しいお人かしら、ってじーんときちゃった。

 そんな天上におわす薬師如来さまみたいなのが、夜中のお墓で急にバーンと出てくるわけでしょ。
 僕、あっけにとられちゃって。狸に化かされてるのかなと思ったよ。
 お手々にもみじの葉っぱのお皿を乗せるくらいに、軽々と抱っこされてお家に連れてかえってもらって、優しく優しく怪我を診てもらってるあいだ、あんまりにも顔がいいし、全身なでくりまわされて、ちやほやされて夢みたいで……。
 僕、痛いのも忘れて、ぽかーんと口を開けっ放しで、その人のこと見上げてたんだけど。今思い出すだに恥ずかしいよ。
 あんなに素敵な殿方の……僕も殿方だけれども……麗しの薬師如来さまの前で、お口パカーってあけて間抜け面を晒しちゃってさぁ。もっとキリッとしとけばよかった。
 あの人に、はしたない狐だと思われてないかしら。

 あれから体がポッポしちゃって、こりゃ発情期かも、僕もとうとう話に聞く素敵な恋ってやつをしちゃったのね……そう思って、これはまずいちばんに、その道の先達のお師匠さんに知らせなきゃって思って、飛んで帰ってきたわけ。

 ふうふう、喋ったらすこし落ちついてきた。

 ねえ、お師匠さんはさぁ、どうしたのそれ。
 なんで首だけになってんの。
 僕がお家をあけてるあいだに、何があったのよ。
 ふんふん、「闇殺し」っていう、忍者みたいな暗殺仕事人がきたんだね。
 お師匠さんが好きあっていたのに、無理やり引き離されたお馬ちゃんっていう娘が、今度大工の男に嫁ぐことが決まって、せっかくまとまった縁談を邪魔されちゃかなわないからって……。
 お馬ちゃんと良い仲だった、今でも心で想いあってるお師匠さんのことを、消してくれるようにと──お馬ちゃんと大工の男の仲をとりもった人が闇殺しに依頼した。
 そんでお師匠さんは、殺し屋に首をはねられちゃったんだ。

 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 あのよさこい節は、お師匠さん自身のことを唄っていたんだね。そっか……。

 うーん。ねぇお師匠さん。そこはわかったんだけどさ。
 変なこと聞いていい?
 人って、死んだら動かなくならない?
 お師匠さんはこうして僕の話を聞いてくれて、そっかそっかって頷いてくれるのに。
 それってしびとなのかしら。
 もう人ではないって?
 それならなんなの。

 ──鬼?

 好いたお馬ちゃんと離れ離れになって何年も経ったのに、恋する想いがずっと消せなかった。ほかの男にとられてしまったと知ったとたん、腐ってただれた恋心に、嫉妬の火がついて……。
 無念だ。悔しい。好いた娘を一目見たい。あの娘がほかの男と添うと思うと死にきれないという執念の炎の渦に、飲みこまれてしまった。
 そうしたら、死んでも死ねなかった。
 煩悩に振りまわされて、仏の道を踏み外してしまった破戒僧のなれの果て。
 それが、いまのお師匠さんなんだね。鬼になるっていうこと……。
 
 あのさ、話に聞いてたのと違わない?
 恋って……それはお歌よりもアゲアゲで、お酒よりもフワフワして、かすていらよりも甘いもの。そうお師匠さんは僕に教えてくれたのに。
 今のきみにとってそれは、友達と喧嘩するよりもシラけちゃってるし、干した大根よりもしおしおで、毒よりも苦そうに見える。 

 恋は甘い菓子のようなときもあれば、苦い毒のようなときもある。
 報われずに破れれば、大事に抱えていた強い想いが手の間からすりぬけて、行き場をなくしてさまようようになる。
 そうなればどんなに優しい気持ちであっても、心を蝕む悪意に変わり果ててしまう。
 心があれば誰でも恋ができる。
 それと同じことで、心があれば誰でも鬼になる。はえー。
 この世の中には、そんなに振れ幅大きいものがあるんだね。僕もいろんなことがわかったつもりでいたけど、まだまだだわ。修行が足りないな。

 えっ。
 僕を破門するって?
 急になんなの。なんでそんなこと言うの。えー僕なんか怒らせるようなことしたっけ、覚えがないんだけど。
 ──獣は山で四つ足の獣と気楽に生きよ、人のような恐ろしい魔物になぞ金輪際関わらず、薄汚い欲なぞ知らず、不要な業なぞ背負わず、自由に暮らしていればいいって……。
 それは無理じゃないかなぁ。
 僕はお父さんが教えてくれた、人の祈りを覚えちゃってるもの。お師匠さんが教えてくれた、恋する気持ちを知っちゃったもの。
 人は信仰を覚えた獣なんだって、いつかお父さんが言ってたよ。お弔いをするのは人だけ。だからしびとのために祈る心があるならば、悼んで弔いの花を捧げるならば、その者はたとえ全身毛むくじゃらで尻尾があっても人間なんだって。
 そんなら、僕もいつか鬼になるかもしれないってことかな?
 よくわかんないなぁ。まぁ、なったらなったときのことだし。

 さよなら、って? どこ行くの。
 お馬ちゃんとこ?
 そんな姿で? せめておしゃれして会いに行きなよ。
 きみが恋したお人なんでしょ。世の中ぜんぶ恨んでますみたいな険しい顔して、血まみれで歯をむきだしたおっかない人相じゃ、相手の女の子は怖がっちゃうよ。今度こそフラれちゃうんじゃない。

 お馬ちゃんを盗んだ男を呪い殺す? そんでお馬ちゃんをさらう、連れていく? 自分だけのものにするって。
 いやーさすがに、そこまで派手にヤンチャしちゃ、僕のお父さんみたいなえらいお坊さんとかに退治されちゃうよ。
 そもそも、お坊さんは殺生ダメなんでしょ。かまわぬ? もともと破戒僧だから?
 あーらら、くわっくわっ、自棄になっちゃってるわこの人……。

 あらら、あらっ。ほんとに飛んで行っちゃった。首だけフワフワ。重力が仕事してない。
 ねーえ、お師匠さん。ああ、破門されちゃったから、もうお師匠さんじゃないっけ……。おーい純信ったら。体を忘れてるよぉ。慌てんぼうすぎでしょ。
 この胴体どうすんのぉ。ほっといたら腐って土に還っちゃうよ。
 もう。じゃあきみが帰ってくるまで、僕が預かっておくからね。
 僕は化け狐の家系で、憑く筋の狐じゃないから、人に憑くのは苦手なんだけどねぇ。ちゃんと定期的に動かして血を巡らせておかないと、こういうのはすぐにダメになるんだから。
 まったく世話が焼けるお人だねぇ。くわっくわっ。

 ……おわー、憑いたはいいけど。
 いちおうちゃんと動かせるけど、前が見えない。くわくわっ……。
 さすがに頭がないとすわりが悪いわぁ。どこかに手ごろな、いい感じの首が落ちてないかしら。おっとと。こんこん、危なっ。




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紫鈴堂・えしゅ 2023」−