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壬生怪談・百物語




〇二三・夢札(ソウゲン)


 近藤局長殿。先日小生のもとに持ちこまれた、奇妙な札を調べました。
 札売りの男が怪しげな面をかぶっていたという情報があり、サクヤ殿とアキラ殿が、雑面ノ鬼どもとの関わりを調べているところなのです。

 売り物の札。現物がこちらなのです。
 長さ五寸ほど。何の変哲もない墨書きの札とお思いでしょうが……。
 その通り、何の変哲もない墨書きの札なのです。
 特殊な薬品を使っただとか、幻覚作用のある植物の汁を吸わせただとか、そういった痕跡は見当たりませんでした。

 ──この夢札を枕の下に敷いて眠った者は、良い夢を見ることができる。

 そういう触れこみで、京の市中で売られているようなのです。
 まことに眉唾な代物で、非科学的なことはなはだしいのですが……。
 宝船や七福神の絵を枕の下に敷くと良い夢が見れるという、古来よりの習わしに似ています。

 値は十文と、冷やかしに手を出しやすい。
 試した者は、魂の抜けたような、スズラン殿でしたら「シラけた」と言われるような、何ともいえない味のあるお顔をされておられました。
 念のために小生が診ました。暗い顔をされ、よくため息をつかれますが、みな今のところは問題なく健康なのです。
 札の売り文句にあるように、良い夢を見て気持ちよく目覚めたというよりも……悪夢にうなされ、寝覚めが悪かった様子に見えるのですが。
 夢の詳細を尋ねても、みな言葉を濁して内容を教えてはくれませんでした。
 しばらくは夢札の話をするのも嫌がりますが、幾日かすると「あの夢札はどこにあるのか」と尋ねられるようになります。
 常習性があるならば、危険と判断すべきかと。

 面をつけた札売りの男の手になる、怪しげな夢札。
 良い夢が見られる縁起物だと評判ですが、使用した者は浮かぬ顔をして、夢の内容をくわしく他人に話そうとはしない。
 夢を見た直後は露骨に嫌がりますが、数日経てば逆に札を求めるようになる。

 では、実際どのような夢を見るものか。
 小生興味が湧きましたので、内番の方々にご説明をして協力をあおぎ、患者さんがたからお譲りいただいた夢札を実際に使って調べてみることにいたしました。

 まずギャタロウ殿が、名乗りをあげて下さりました。

「面白そうなコトやってんギャねーか。オイラが一番乗りだぜぇ。ギャハハ」

 布団を敷き、枕の下に件の夢札を敷いて、ギャタロウ殿が眠りについたことを確認すると。
 被験者に大事があってはいけませんので、線香一本が燃える程度の時間で目が覚めるよう、小生がエレキテル装置を起動させます。

 しばしの時間が過ぎ。

 目覚ましが作動しました。
 バリバリとエレキテルが発生し、ギャタロウ殿は黒焦げになって目を覚まされました。
 いつもながらあの方は頑丈で、小生の実験にいつもお付きあいいただき、大変感謝しております。
 それで、ギャタロウ殿が見た夢の内容をお伺いしたのです……。

 夢の中でギャタロウ殿は、どこかの国のとある城の主になっていたそうです。
 江戸城大奥のごとく、後宮にたくさんの后妃をかかえて、毎日毎晩、酒池肉林の宴が開かれておりました。
 美しい女人たちに囲まれて、飲めや歌えの大騒ぎ。
 しかし知己の顔は、どこにもありませんでした。

 王であるギャタロウ殿のためだけにどこかの異国から運ばれてきた、めずらしい果物をかじると──このたった一口の果肉にかかった金で、面倒を見ている孤児たちが、何日何年食いつなげるだろうか。
 そう考えてしまったそうです。

 日が経つにつれて、ギャタロウ殿は、孤児たちや新選組の仲間たちが心配になってきました。

「オイラ、もう帰るわ」

 しかし后妃たちは、誰も取りあってはくれません。
 身寄りがなく、毎日の食事にも不自由し、雨漏りのするぼろ屋で暮らす子供たちの話を聞くと、后妃たちは笑います。
 この王宮には貧しいものなどいない。いないものは存在しないのと同じ。
 ギャタロウ殿のようなお金持ちの立派な王様が、孤児の子供などという、これまでの人生で一度も見たことがないような、架空の存在の話をしてからかわないでほしい、と。

 贅沢三昧の日々を過ごしてきたギャタロウ殿は、そこで今まで己が口をつけていた食べ物や、身を飾っていた服に装飾品、この王宮にある煌びやかなものすべてが、ご自身が大切に想われている孤児たちをいじめて搾り取った金で賄われていると気づいたのだそうです。
 今まで楽しい気持ちでいたのが、またたく間にシラけてしまいました。

「こんな胸クソ悪ィ場所、逆に一瞬だっていたくねぇ」

 苛立ちをこめて吐き捨てて、立ち上がりながら……。
 そのときギャタロウ殿が感じていたのは、貧しきを嗤う后妃たちへの怒りよりも、大人が守るべき子供たちに、搾取というもっとも唾棄すべき行為をはたらき、それで得た金子をゴミのように無意味に浪費していた己自身への幻滅だったそうです。

 城から出ようとさまようも、豪奢な後宮はまるで迷路のようで、どこからともなく女官が現れては──。

「さあさあ、こちらへ。遊びましょう」
「飲んで歌って、いやな夢など全部忘れましょう」

 そう囁かれて連れ戻されて、宴は仕切り直しになり……。
 そうしているうちにやがてギャタロウ殿には、この王宮での酒と女人に漬けられたような空虚な暮らしこそが、現実のように思えてきたそうです。
 忘れてはいけないことまでも忘れてしまいそうになる。自分が誰だかわからなくなる。
 「夢なら覚めてくれ」と叫ぶ──。

 そこにビリビリと雷が落ちた衝撃で、ギャタロウ殿は目を覚まされました。
 エレキテルの威力を弱めておりましたので、黒焦げにはなりましたが、命に別状はありません。

 被験者がお一人だけでは偏りがありますので、ボウ殿と藤堂殿にも、ギャタロウ殿と同じように手伝っていただきました。

 ボウ殿は──眠ると、見たこともないような大きなおむすびが目の前に現れ、喜んで手を伸ばすものの、おむすびが転がりだし……。
 延々と転がり続けるおむすびを、追いかけ続けていたそうです。
 追いかけても追いかけても、おむすびはつかまえられず、一口も食べられなかったと消沈しておりました。

 藤堂殿は、亡くなられた本物の新選組幹部の方たちが、無事お帰りになる夢を見たそうです。
 床に入り、気づけばいつもと何も変わらぬ皆の姿がある。
 あの政変の一夜に起こった血なまぐさい出来事など、すべてが夢幻だったかのよう。
 夢の中の藤堂殿は、「あれは悪い夢だったのだ」と安心するのですが……。
 ふと、「替え玉たちはどうしているだろうか」と口をついたそうです。

 ──罪人を集めて、亡き新選組幹部たちの替え玉に据える。

 ──それは、気狂いの考えることだ。

 藤堂殿から替え玉の話を聞くと、本物の近藤勇殿が笑われました。
 ほかの幹部の方々も、夢とはいえ、よりによって咎人を我々の替わりに連れてくるなど、まともではない、誠ではないと、口々に悪し様に替え玉の我々を罵りだしました。
 藤堂殿はここで言葉を濁しておられましたが、おそらく……。

「あやつらの在り様は、間違いなどではない」

 そう、啖呵を切ったのでしょう。
 たしかに我々は、侍としては嗤われても仕様のないほどに未熟ですが……。
 人を助ける誠たらんと、こうして新選組に身を置いていることを、藤堂殿は常に見守って下さっておりますゆえ。

 空気が凍りました。
 新選組の本物幹部の方々の、気狂いを見る視線が藤堂殿に集中します。
 全身が冷たくなり、嫌な汗がダラダラと流れるのが、まるで現実のようだったと仰っていました。

 そこで、エレキテルの衝撃を受けて目が覚めたそうです。
 黒焦げになりながら、「命拾いした気分だ」とつぶやいておられたのが印象的でした。
 ギャタロウ殿にボウ殿に、藤堂殿が口をそろえて言われましたが……。

「あげて落とされる、一番嫌なやつ」

 札を枕の下に敷いて眠ると、確かにそういう夢を見るのだそうです。

 すると皆が夢の内容について口を閉ざしたのは、各々の心の深い部分に根ざした欲望に関わっているからなのでしょうか。
 残念ながら、胸の内には、たとえ医者でも立ち入らせていただけない部分はありますので。
 悪夢にうなされた後、日をまたいで再び夢札を求めるようになるのは、「上げて落とす」の「上げて」の部分がそれほど魅力的なのでしょう。
 ギャタロウ殿ですと一国一城主。ボウ殿は大きなおにぎり。藤堂殿は本物の新選組幹部の方々の存命。

 では、小生はどのような夢を見るのでしょうか。

 興味を抱きまして、これは自ら試してみねばわからぬと……。
 時間がくればエレキテルを流してくれるよう、きつねうどんを手に部屋を訪れてくださったスズラン殿に手伝いを頼みました。
 あの方、エレキテルに関しては、新選組では小生の次に扱いに長けておりますゆえ。

 眠りに入ると、なるほどすぐに夢を見ました。

 小生は研究室におります。
 ご遺体が、解剖台の上に横たわっておりました。
 顔の覆い布をとると、死んでいるのはスズラン殿でした。
 腕をとります。たしかに脈はありません。

「じゃあよろしくね。お医者様」

 死んでいるはずのスズラン殿が目を開き、いつものように喋りだしました。
 それで小生、これは夢なのだなと気づきました。しびとが喋りだしたことは、今日まで一度もありませんので。
 ならば良い機会なのです。本物のスズラン殿を開くような経験は、この先ないのだからと……。 
 なぜかと?
 それはそうなのです。
 小生が生きているかぎり、スズラン殿のお体は常に診ておりますし、荒事でも身を守れるようにエレキテル錫杖をお造りしました。元々足が速く、器用な方です。
 スズラン殿が、小生よりも先に命を落とされる見込みは少ないかと。

 夢だと知って、では覚めないうちにと、さっそくスズラン殿の腹部を切開しました。
 スズラン殿の五臓六腑を改めて、とりだした臓物を手に小生が語ると、スズラン殿はいつものように「こういうの好きだねぇ」と苦笑いをしています。
 あの方に出会って知ったことですが……好きなものや興味のあるものについて語るのを、誰かに最初から最後まで聞いていただき、それについて理解し本質を突いた反応をいただけるのは、大変ためになるのです。
 喋りながら小生自身の考えをまとめることができますし、またいただいた反応から新たな思い付きが生まれたりするのです。
 そのとき何を話したか、残念ながら詳しいことは覚えておりません。漠然と、楽しく有意義な時間を過ごしたという認識があるのみなのです。夢とはそういうものでしょう。

 腑分けがすべて済んでしまうと、スズラン殿はもう話しません。
 薬液につけたり、乾かしたりした肉体の部位が、楽しげに揺れるのみ。
 スズラン殿の一部に囲まれながら、しばらくは楽しい気持ちでいたのですが。
 興味深い発見をして、そのことを伝えても、骨などコトコト震えるばかり。
 これでは話すことができない、発声器官は残しておくべきだったとガッカリしました。

 そこで、スズラン殿と話をした、人が死ぬと減る五匁の目方の話を思い出したのです。
 小生は解体したスズラン殿をすべて集めなおして、目方を計りなおしました。
 五匁、たしかに常よりも目方が減っております。
 目に見えぬものゆえ、確かめることはかなわず、途方に暮れるしかありませんでした。

 たしかに美しいのです、あの方は。
 スズラン殿の整った顔立ちは、人の多い街中にあっても映えるのです。
 あの姿形ですが、とっつきやすい感じを受けるでしょう。しぐさの気やすさが、親しみやすさを生んでいるのと、関節の動き方がやわらかいのもあるのです。
 小生にはないものです。丈を切り詰めることはできませんから。
 屯所に運ばれてきた小さい子供さんを診る時など、スズラン殿が隣についていると、あやし方がうまいので子供さんはあまり泣きません。あのような、人を安心させる姿かたちが、常々うらやましいと思っているのです。
 わざとつまらない駄洒落を言って人の心を柔らかく開いたりと、さすが僧侶だけあってうまいものです。小生やボウ殿がスズラン殿と同じように真似をしても、ああはなりませんので。
 ……わざとではない? ふむ……。……。
 そうなのでしょうか……。

 しかし、命が失われれば人は無に帰す。
 姿の美しさや、体の動かし方も、死ねば消えてしまうのです。
 そうなっても思い出すありようこそ、スズラン殿の言う五匁なのやもしれません。
 それでは五匁の目方の減ったスズラン殿は、ひとつ大事なものが欠けている。動力源を失ったからくりのようなもの。物です。
 思い切りのいいスズラン殿ならば、折れた刀のごとく、ゴミ、と断じてしまわれたでしょうか。

 これは一大事と、欠けている五匁を探しまわります。戸棚の奥やら書の間、容器の物陰、それとも宙を舞っているのやら。目に見えぬ、観測できていない未知の五匁をどうやって、目視し見つけ出せばよいのかと……。
 失われた五匁は、肉体という重りをつけて、ようよう地上に縛りつけられていたのやもしれぬ。
 では体を開いて解き放ってしまったので、重い肉の服を着た五匁は自由になって、天にのぼってしまわれたのか。
 医者には似つかわしくない妄想が、いくつも浮かびました。スズラン殿と話をしていると、そういうとりとめのない、夢物語のようなことを考えついてしまうことがよくあるのです。
 目に見えなければ、どこへも行かぬよう、腕をつかんでおくこともできません。
 これこそ人が忌避する死というものかと、なかなかに興味深い気づきを得つつも、見つからぬ五匁に小生は焦りを覚えはじめ──。

 そこで、全身にエレキテルが流れて目が覚めました。
 線香一本分が燃え尽きるほどの短い時間でしたが、そんなふうな長い夢を見ていたのです。
 そばに控えてくださっていたスズラン殿に、夢の顛末を話し終えると。

「じゃあ、流しちゃおうか。悪い夢は夢流しだよ」

 そう言って、枕の下に敷いていた夢札を、舟の形に折りました。
 小生が病の親御さんを診ているあいだなど、暇を持て余した子どもさんの相手に、スズラン殿は折り紙で鶴や亀などを折ってみせているのですが、そのように。
 器用なものなので、どこで習ったのかと聞くと、童の遊びをよく知っているボウ殿のお弟子になったそうで。同じ日、同じ師に入門したギャタロウ殿は、細かい作業に早々に飽きてしまわれたようなのですが……。
 そんな話をしながら、ふたりで連れだって、裏手の川に折り紙の舟を流しにいきました。

「どんぶらこー、どんぶらこ。ソウゲンちゃんの悪い夢、どっか遠くへ流れて行っちゃって〜」

 スズラン殿が紙の舟を水につけると、沈むこともなく流れに乗って、ゆっくりと川を下っていきました。
 危なげない進み方でしたので、もしかすると、そのうち無事に海へ着くのやもしれません。

「ソウゲンちゃんは僕の五匁のこと、そんなふうに大事に思ってくれているんだね」

 スズラン殿が隣で、嬉しそうに笑われるので……。

「添い遂げたいと思っております」

 小生がそう返すとスズラン殿は、「また誤解を招くことを言う」と、あきれた顔をされました。心外なのです。

「生涯こうしてあなたと並び、ともに歩いていけたらと、思っているのですが」

 スズラン殿に伝えると、「またまたあ」と苦笑いをされていましたが……。

「いや、こればっかりは誤解しようなくない!?」

 両の目を見開き、大きな声で叫び出すので驚きました。
 あの方はたまに、思いもよらぬことをされるのです。そこが面白いのですが。

「誤解とは」
「僕とおおおお付きあいしようってこと!? 夫婦になるのもやぶさかでないって、そういう意味!? ねえ、あってるかなあソウゲンちゃん!!」

 明石蛸のように真っ赤に茹であがっておられるので、こちらも気恥ずかしくなってきましたが。
 相違ないと頷きますと──。

「っしゃおら〜っ!」

 スズラン殿は、近藤局長の口真似をしながら拳を突きあげられます。

「不束者だけど、これからもよろ〜しくっ! 大好きソウゲンちゃん!!」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いするのです」

 三つ指つかれたのは初めての経験ですので、少々照れてしまいましたが……。
 スズラン殿の興味の尽きないお姿を、隣でいつまでも見ていたいものだと、思いを新たにしたのです。

 そういうわけで小生とスズラン殿は、お付きあいをすることになった次第なのでして。
 おや。どうされました、近藤局長殿。鳩が豆鉄砲を食らったようなお顔を。

「俺ぁ、いったい何を聞かされてるんだ……? 仕事の連絡を受けてると思ってたら、おっさん二人がデキちまったと交際の報告されちまった……」

 はい。ところで件の夢札なのですが……。
 あやしい面をつけた札売りの行方はいまだ知れず。札のほうは、非科学的極まりないのですが、「悪いものは流してしまうといい」と聞いたギャタロウ殿たちも、先ほど舟の形に折って川に流しに行きました。
 舟を流して、悪夢を見たあとの不快な気分はなくなったかと? ええ。小生でしたら、生まれてこの方でいちばん良い程ですが……。
 良い人ができたばかりの浮ついた男では参考にならない? ギャタロウ殿にでも聞く?
 なるほど。良い人ができて浮つくという心地は、小生はじめての経験なもので。おめでとう? いやはや、なかなかに照れくさいものですね。
 ありがとうございます、一番星殿。

 こちらの札をお持ちになるのですか。
 さようで。では、小生はこれにて。
 試してみるのはかまいませんが、悪い夢に取りこまれぬよう、どうかお気をつけて。




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この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
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