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壬生怪談・百物語




〇二四・湯呑(藤堂)


 どうやら私の勘違いだったようだ。邪魔したな、一番星。
 なに? 途中で話をやめられては、尻のすわりが悪いと。ふむ。まあ、そうだな。
 少しいいか。聞いてもらうことにしよう。

 昨夜のことだ。
 私が布団に入って仰向けになると、妙に肌がピリピリとする。不躾にジッと誰かに見つめられているような感覚なのだ。
 殺気であれば安楽に寝転がってはおらん。飛び起きて刀をつかんでいる。
 私の気のせいならばいいが、気配を消すのがうまい者はいる。人から恨みを買うことには慣れているしな。
 念のために義手義足をはめたまま、枕もとの上総介兼重を引き寄せて、床の中で目を閉じた。
 しばし時間が経つ。
 奇妙な視線を、やはり感じる。
 薄く瞼を開くと、ちょうど人が立てば足首の高さのあたりに……障子に穴が開いているのを認めた。
 奥に目がある。廊下側。やはり覗きか。
 しかし、微動だにせず私を注視してくるのが奇妙だ。
 刺客だとして、仕掛けてくる様子はない。間者だとして、私の寝顔に何が書いてあるという? 帳簿でも盗んで逃げたほうが実りがある。
 新選組の隊士の誰かが、私の弱みを探ろうとつけまわしているのか。あり得る。

 ともかく相手の正体も、覗きの理由もしれないが、ガンつけてくるのは斬っていいという合図だと、生前の土方さんも仰っていた。
 布団を蹴とばし、起き上がりざまに障子の穴に兼重の切っ先を突き入れた。

「ギャッ」

 手ごたえあり。
 悲鳴は男のようでも、女のようでもあった。不気味なうめき声をあげて、廊下に重いものが倒れこむ音がする。
 人の体というよりも、重い陶器の壺でも転がしたような音だったな。
 すぐさま相手の正体を改めようと、障子を開く──。

 誰の姿もない。

 ただ、私の部屋を覗いていた目があった場所は、水をこぼしたように濡れていた。
 夜も更けていたし、酔っぱらった誰かが通りかかって転んではならんだろう。
 雑巾を持ってきて濡れた床をぬぐうと、床の上に散っているのは水ではなく、ぬるくなった茶のようだと、青臭いにおいで気づいた。

 あれはいったい誰だったのだろう。
 障子に開いた穴は、床上一寸ほどのところにある。そこに寝転がって覗きをするならば、頭半分がめりこむぞ。まず床板を外さねばならぬ。

 あの覗き魔の目の色が、一番星、貴様のような赤だった。
 それなので昼に拳骨されたことを恨んで、私の弱みを探ってつけまわしているのかと思ったが……。
 どうやら両方ついている。突いて潰してしまったかと思ったが、人違いだったようだ。

「そんなネチネチしたこたぁしねーよ、俺ァ」

 だろうな。思えば貴様はそのような陰湿で、まわりくどい真似ができる男ではなかった。
 よくよく思い出してみれば、あの赤い目は瞳の色ではなく……目の病か、感情がたかぶりすぎたかは知らぬが、充血して真っ赤に染まっていたような。

「なんだよォ。覗き魔の正体が何だったか、逆に気になっちまったじゃねえか」

 私に言われても、どうにもならんわ。
 おかしな夢でも見たのかもしれん。忘れてくれ。

 そういえば朝餉の席が騒がしいが、どうした。
 サクヤの湯呑が? ああ。真っ赤な梅の花がポツポツと散らしてあった、清水焼の湯呑だな。
 それに穴が開いている?
 なるほど。一番星が悪戯をしたと、サクヤが文句を言ってきたのだな。
 朝から二度も言いがかりをつけられて、サガるしダルいしついてない、と。ぼやくな。確かに私のほうは人違いだった。悪かった。
 そもそも、あの湯呑の梅の絵は、真っ赤に染まった目玉のようで気味が悪かったから、あまり好きではなかったと……そう言ってやるな、一番星。
 私が、土方さんは梅の花が好きだったという話をしたら、あやつ自分で選んで買ってきたのだ。
 土方さんの好みをまねて、人となりを理解しようと、あやつなりに新選組になる方法を模索しておったのだろう。努力の証だ。

 しかし、壊れたのならもう使えんだろう。淹れた茶も零れてしまう。
 別のものを見繕うまでは、私のものを使うといい。皆が正月に一揃いで贈ってくれた、藤の花の湯呑がひとつあいている。
 サクヤ。別段お主は、土方さんのように梅の花が好きでなくてもいいのだ。気に入ったものを好きに選べ。

 しかし見れば、この湯呑に開いた穴。
 私の上総介兼重が突きを入れれば、ちょうどこの大きさの穴が開くようだが……。
 
「あらら赤い梅のお花ちゃん、毎朝いい男と口を吸いあってたのに、藤のお花ちゃんに取られちゃったねぇ」
「キーッ、愛しの土方さんに目をかけられて。許せないわ、この泥棒藤! ……ってかァ。梅ちゃんは不憫だギャ、男と女ってのはなかなか思い通りにゃいかねぇもんよ。ギャハハ」

 そこ、食事中にうるさいぞ、酒クズ親父ども。
 ……うーむ。まさかな。




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