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壬生怪談・百物語




〇二五・井戸(ボウ)


 あっ、一番星ぃ。よかった。
 ちょっとこっち来て。

「屯所の庭の端っこに、なんかキタネェのがあるなぁとは前から思ってたが、これって井戸なのか。そういや、使われてない井戸が敷地のどっかにあるって、家の人から聞いてたっけ」

 うん。オデたちが来る前から、木の蓋で覆いをされてたよ。誰かが落っこちないようにだと思う。
 どうして閉じちゃったのかな。
 仲の悪いお家の人が毒を投げこんだとか、井戸水に泥が混じって飲めなくなっちゃったとか、井戸の中を覗くと、子供の幽霊が背中を押して下に落とそうとしてくるとか。
 理由、いろいろ聞いた。どれが本当かよくわかんない。
 一番星は、何か聞いたことある?

「えー。そういや酒屋の喜八っつぁんがよ、酔って迷いこんできた近所の爺さんが、厠と間違えてウンコしたから使うのやめたって言ってたけど」

 うえー。そうなの。

「わかんね。喜八っぁん、思いついたテキトーな冗談よく言うし。いやー全部くだらねぇんだよなぁ、逆にすげぇよ。くだらねぇこと言う奴ぁ、くだらねぇこと言う奴なりになんか通じるもんでもあんのか、ウチのくだらねぇ駄洒落ばっかり言ってるスズランのこと、一方的にだけど宿命の好敵手だっつってた」

 うえー。そうなの。
 でも、スズランにはなかなか勝てないと思うマァ。

「おう。強いぜウチのは。下ネタなんかに頼らなくても、見事にスベッてるかんな」

 井戸だけど、普通に枯れてたよ。
 オデさっき、ギャタ兄と井戸の前を通りかかって。
 「こんなところに井戸あるんだね」ってオデが言ったら、ギャタ兄が「秘密の井戸にしよう」って言い出した。
 いつもの井戸は使う人多くて、朝はけっこう並ぶから。すいてる井戸がもうひとつあるなら、便利だなあって話してたマァ。
 使えるならソウゲンに頼んで綺麗にしてもらおうって言いながら、ためしに小さい石を投げ入れてみたら、音しなかった。
 もう底に水はないみたい。多分だけど、乾いて草が生えちゃってると思う。

「なんだ、枯れ井戸かァ」
「オマァ……」

 オデとギャタ兄が、残念そうな顔をしてると。

「おーい、おーい」

 井戸の中から、声が聞こえてきた。
 誰か落ちちゃったのかも。オデとギャタ兄、顔を見合わせて、なんか変だなぁって思いながら、とりあえず縄を投げてあげることにした。
 オマ、今から投げるから、はじっこに寄って待っててって声かけた。

 だけどねえ、中の人はずっと「おーいおーい」って言ってて、返事してくれてるような感じじゃなかったマァ。
 声はずいぶん下のほうからする。怪我して動けなくなってるんじゃないかって、ギャタ兄言った。

「この高さじゃ、落っこちたらタダじゃすまねぇだろ。足ヤッちまってるなあこりゃ」

 ギャタ兄、「こんな目立たない場所に隠れてる井戸を、わざわざ覗きこむ物好きな奴が悪い」ってブツブツ文句を言いながら、面倒見がいいから「しょーがねーな」っていう顔で、縄の端をオデに握ってるように言って……。
 様子を見に、井戸の中に入っていったマァ。
 降りていっちゃったのはいつごろだって? もう半刻になるよ。
 ギャタ兄、上がってこない。

 オデは体が大きくて、井戸につっかえるから、下に降りていけないし。
 それに、「縄握って待ってろ」ってギャタ兄に言われたマァ。

「おーい、おーい。アゲてくれぇ〜」

 一番星、「ギャタロウの声がする」って?
 うん。そうだよ。
 「じゃあ早く引っ張りあげてやれ」って……。そうなんだけど、でも、一番星ぃ。
 なんかオデ、変だと思う。

「おーい、アゲてくれって。おーーーーい。おーーーーい」

「普通に。普通にアゲてくれぇー」

「普通にぃー。普通にぃー」

 うん、そう、一番星も変だって思うでしょ。
 いつもみたいに「逆に」って一度も言わない。
 ギャタ兄、「普通に」って言葉が嫌いだから、あんまり使わないよ。
 それに身が軽いギャタ兄なら、下りてる縄を伝ってひとりで上がってこられるマァ。

「早く普通にアゲろっ。普通にぃー。縄あああ。ふつううにいいいぃ」

 ねえ一番星。どうしよう。縄、上げちゃっていいのかな。
 ギャタ兄は「オレ」もたまに使うけど、さっきから一度も「オイラ」って言わないね。
 あれは本当にギャタ兄なのかな。




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