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壬生怪談・百物語




〇二六・井戸(スズラン)


 はーい。なになにー。局長さん、呼んだ?
 あらら。ギャタロウちゃんが井戸の底に降りてって、戻ってこないの。
 うっかり落っこちた人がいたみたいだから、助けに行ったって?
 変な話だね。井戸は木の蓋が閉まったままだったんでしょ。それなら、誰も落っこちようがないじゃない。

 ギャタロウちゃんの声がするけど、様子がおかしい?
 ふーん。狸の子供とかが化けてるんじゃないの。
 床下で赤ちゃん生まれてたでしょ。目が開いて外を歩き回るようになったら、興味津々でイタズラしにくることあるかもよ。
 ギャタちゃんなら優しいし、「度胸試しにちょうどいいや」ってナメられてたりして。
 彼らちょっと人のこと甘く見てるし、間の抜けたところあるし、それでうっかり危ない目にあうことだって多いでしょ、こんっ。
 そりゃ狐だろうって? あっ……うん。そうだね。狸のやつの話題が出たもんだから、つい。

 井戸の底から声が、ねえ。どれどれ。
 おやおや本当。「普通に」なんてギャタちゃん、普通に言わないもんね。
 曲者なら、ブッコミもとい御用改め……しちゃう?
 んー。ボウちゃんとソウゲンちゃんは体が大きくてつっかえちゃうし、サクヤちゃんと一番星ちゃんでもけっこうキツいかも。ギャタロウちゃんはごついのに、よく入ってったね。
 彼、体やわらかいよね、意外に。関節外して縄抜けができるって、いつかお酒の席で見せてくれたよ。ニョロニョロしてた。
 あれ、ソウゲンちゃんにめちゃくちゃウケてたんだよね。お医者さまったら、僕の得意な駄洒落では、一回も笑ったことないのにぃ。ちぇっ。

 するとブッコミは体の大きさ的に、藤堂ちゃんは昇降が苦手だろうから、アキラちゃんか僕か。
 女の子ひとりを暗くてせまい井戸の穴のなかに潜らせて、上でむさくるしい男たちが顔をつきあわせてそれ見てるっての、絵面がひどいから、うーん……僕が行くよ。
 なあに、アキラちゃん、そんなに怒らないでよ。女の子扱いするなって?
 かわいい女の子を女の子扱いするなってのは、難しいお願いだねぇこりゃ。

 そんじゃ、僕が行きまーす。
 でっかいムカデとかいなきゃいいけど。

 お? どったのソウゲンちゃん。なにこれ。持ってけって?
 鉄でできた湯呑がふたつ。硬いのにぐにゃぐにゃ柔らかい鉄の糸が、湯呑の底についてて、ふたつは繋がってる……。
 針金電話。音を針金の震えで伝えて、離れている人同士が双方向に会話ができるカラクリ。はえー、……きみってば、いつも本当にすごいものを作るねえ。
 ふんふん、これはえげれすの兵士から聞いたのですが、フックという学者が広めた非電気的音声通信であり、技術自体は二百年前からあるもので、その後発明家が技術を競いあって発展目覚ましく、最近ではモールスの符号やメウッチ、ライスらの電気式音声伝達装置、つまり電話なる素晴らしい発明が次々と……ソウゲンちゃん、その話長くなりそうだから、先にギャタロウちゃん迎えにいってくるね。
 じゃ、改めて行ってきまーす。

 あーあー。聞こえますか。山南敬助総長。こちら斎藤一。
 おっ、すごいすごい。仕組みは謎だけど、声がハッキリ聞こえるんだね。
 ついたよ。井戸の底。意外に広い感じ。
 水は枯れてる。
 さっきは声が聞こえてたのに、ギャタロウちゃんいないね。
 ほかの人も誰もいないよ。
 爺さんのウンコは落ちてないかって? 一番星ちゃん何の話よ。ないよ。
 前の通りに向かって、西向きの横穴が開いてる。けっこう奥行きあるみたい。しゃがんだら通れそう。
 ギャタちゃんのことだから、「お宝の匂いがする」なんて言って、探検しに行っちゃったんじゃないかしら。もう。いっつも気分で動くんだから、ギャタちゃんたら。

 あっ、なに? 蓋閉めないでよ。井戸の木蓋。
 真っ暗なんだけど。縄まで引き上げられちゃ、僕戻れなくなっちゃうじゃない。
 えっ、閉めてない? 開けっ放し?
 そんなこといっても、ここから見上げるともう夜みたいだよ。御用提灯の明かりがないと何も見えない。僕が降りてきた縄もなくなってるし。
 ええー。狸のイタズラかしら。

 針金電話はつながってるんだね。
 じゃあ僕も、横穴からギャタちゃん探しに行こうっと。
 気を付けてくださいって? うん、ありがとー。

 この電話は、ふむふむ、針金がたるむと声が聞こえなくなっちゃうんだね。どのくらい遠くまで行けるの? 線が張ってないとダメなんでしょ。
 うん? 地面に杭を打って、針金をクルクルと巻きつけて……こうかな。なるほど、これで針金がまっすぐのまま方向転換できちゃうんだね。ちょっと楽しい。
 残りの長さは十丈程度あるよ。その間にギャタロウちゃん見つかるといいけど。

 暗い穴がずっと続いてる。洞窟……いや地下道かな。

 こういう抜け道があるお家、京の町にはけっこうあるよね。不逞浪士が僕らの急なブッコミにびっくりして、大変だ御用改めだー、って逃げ出すときに使うやつ。あんな感じに似てる。
 あらっ、先に光が見えてきた。やっぱり抜け穴だったみたい。
 このまま外に出ちゃう?

 よいしょっと。
 ここは、屯所前の坊城通りだね。向かいに八木さんちが見える。前川邸の古井戸から、こんなところに繋がってたんだ。
 おっ。ギャタロウちゃん見っけ。玄関口にいる。
 あらっ、なんか騒ぎになってるっぽい。平隊士の子たちと揉めてる?
 あっ、ギャタちゃん殴られた。組長なのに。えー、どゆこと……。




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