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壬生怪談・百物語




〇二七・井戸(ギャタロウ)


 おーう、局長殿。ったく、ひでぇ目に遭ったぜ。
 あの井戸でなにがギャあったかって?
 穴の底に降りると、急に真っ暗闇になった。「蓋閉めたら、何も見えねぇだろうが」って、ボウのやつに文句を言ったが埒があかねえ。
 すると横に抜け道がある。どの家にもあるような、納戸の下から穴掘って、表道へ抜けられるようにするやつよ。オイラたちがブッコむときにゃ、まず探すだろう。
 明かりもなにも持って降りなかったが、風が流れてくるもんで、どっかに繋がってるとわかる。手探りで這い進んでいくと、いつもの屯所に出た。
 全身土埃だらけギャから、ボウに文句を言う前に、先にひとっ風呂浴びてこようと考えてっと、玄関口で止められたのよ。

「誰だコラァ。天下の新選組の屯所に、何の用だィ」

 見たことない顔した、尻の青いガキだよ。
 この二番隊組長・永倉新八様の顔も知らねぇんなら、入ったばかりの平隊士だろうと思ってたら……。

「オイラは、新選組組長の永倉新八だ」

 ふんぞりかえって、偉そうにぬかしやがる。
 この自称永倉新八がよ、これ見よがしにオデコに墨でバッテンつけやがってよ。
 はだけた腹に、バーンと「悪」の一文字がデカく彫ってある。派手も派手すぎて逆に、正月の羽根つきで負けに負けて、体中にラクガキされちまったみてぇな風体なのよ。
 そう言ってやったら、やっこさん怒り出してな。

「なんだジジイ、ケチつけやがって。半端な刺青いれちゃって、オイラのかっこいい刺青がうらやましいんだろ逆に」

 とかほざきやがる。

「ジジイとはなんだ。オイラァ、「半端」って言葉が「普通」って言葉と同じくらい嫌いなんだよ」

 ってなもんで、口喧嘩になったのよ。
 相手のガキのほうが、先に頭に血がのぼって、飛び上がってゲンコツしてきやがる。
 おうやったなコイツめと、売られた喧嘩をオイラが買おうとしてたら……。

「ギャタロウちゃん、見ーっけ。わーいケンカだケンカだ」

 スズランが、オイラが通って来た穴から出てきた。
 この「針金電話」とかいう、遠くにいる奴と話ができるってぇ奇天烈な機械を持ってな。
 妖術みてぇで驚いたが、オイラとバチバチやってたガキのほうも、目玉かっぴらいてやがった。男はみんな乗り物カラクリ大好きだからな。
 その顔見てっと逆に、どうもコイツぁ悪いやつじゃねえようだって、ビビッときたね。
 んで、一時休戦して、こうして電話越しに局長さんと話をしてるわけよ。
 おっ、奥からまた誰か出て来た。三人組だ。ひとりは……。

「何を騒いでいる、永倉新八。そいつらは侵入者か」

 サクヤだ。あいつ目ざといからな。何かあるといちばんに飛んで来る。
 副長さん、なんだって今日はまた仮装なんかしてんだ。祭りでもあったのかよ。
 イイ男がカッコイイ洋服なんか着るから、もうエライことになってるなあ、ギャハハ。

「いや、土方副長は普段からあの服だィ」

 オイラの横から、自称永倉の若造が口出しやがる。
 え? 局長さん、今そこ隣にサクヤのヤツいるのかよ。「洋装なんかしたこともない」って言ってるって?
 じゃあ、オイラの目の前にいるサクヤは誰だよ。
 双子か。そっくりさんか。替え玉か。
 ここにいるのは、顔も声も姿かたちも、まんま土方副長さんだぜ。なぁスズラン。

「貴様たちは何者だ。不逞浪士というわけでもなさそうだが。永倉と斎藤に容姿が似ているようだが……血縁の者か?」

 洋装のサクヤを従えてきたのは、山みてぇにでかいオッサンだ。
 見たことねえ顔だが……ちょっと待て。見たことある羽織り着てる。
 まさか。ウソだろオイ。……あれ、藤堂の旦那だってかい。オイラの隣で、自称永倉の若造がそう言ってる。

「いかにも。私は藤堂平助である」

 タッパはお医者先生ほど。幅はボウほどある。筋骨隆々のチョンマゲ結った大男。
 藤堂の旦那、お医者先生の妙な薬でもキメてんのかい?
 いや、前に見た、薬キメてた時のスズランそっくりなもんで。人間、いかついのも行き過ぎると、人相ぜんぶ同じに見えるのな。ギャーッと声まで変わってるし……。
 傷もないし健康そのものだァ。あれと比べると、うちの旦那はかよわい子兎みたいなもんじゃねーか。
 もうこれ、ぜんぶ旦那一人でいいだろ。例の刀に宿った摩訶不思議な力がなくたって、筋肉だけで立派に雑面ノ鬼どもぶちのめせるんじぇねぇの。オイラたちいらねーわこれ。

 すると、このノリだと、そっちのねーちゃんはアキラちゃんかい。

「拙者はねーちゃんではない」

 おおう、ドスのきいたおっかねぇ声だ。いい感じに歳がいってて、男装姿じゃねえ。
 オイラの知ってる娘っこのアキラとは真逆の、「自分は女だが、なにか文句あるか」って腹据わってるやつだ。
 前髪あげてひっつめて、黒々とした太い眉毛見せてキリッとしてやがる。お侍っちゅーか、賭場仕切ってる姐さんみてぇな雰囲気だな。
 エッ、待て待て正直オイラの好みにズドンと来るんだが。
 姐さん、このあとお茶でも……「しない」そりゃどうも。トホホ……。

「ギャタロウちゃん、一瞬でフラれちゃったね。あはは」

 うるせぇ坊主。……うーむ。なんとなく察してきたような。
 狸に化かされてるんでなきゃ……生い立ちやらなにやらが、どっかでズレて別の人生歩んできたオイラたちが、新選組やってる世界に迷いこんじまったらしい。
 お医者先生が「ヒカガクテキナノデスー」って混乱しちまいそうだな。それとも面白がるか、あのお人なら。

 おうおう、話をしてると本人が来た。
 「なんだなんだ」とばかりに、奥からゾロゾロ出てきやがった。お医者先生。ボウに坊主そっくりの野郎ども。
 見知った顔ぶれだが、どうも雰囲気違う奴ばかり。妙な気分だ。
 逆にボウだけ安定してらぁ。こいつだけ全然一緒なのよ。間違い探しがいちばん難しいやつ。

「キャッ。ソウゲンちゃん破廉恥だよぉ!!」

 あ、局長さんびっくりしたって? 今のおスズちゃんだよ。
 緑の髪の優男……こっちの世界のお医者先生だよな。そいつを見るなり叫んで、真っ赤になった顔バッと覆って、地べたに転がってるよ。
 なんだそりゃ、って、オイラもわかんねぇ。
 言われてみりゃこっちのお医者先生は、着物まくって足出してるし、いつものスズランみてぇに素足でペタペタ歩いてら。こっちの先生は、オイラたちが知ってるお行儀の良い先生と比べると、ずいぶん自然体……みてぇだな、よくわかんねぇが。
 それがおスズちゃんには、どうも刺激が強すぎたみてぇなんよ。
 「ダメだよ、僕だって男の子なんだからぁ」……いや男の子同士だろ。いっしょに風呂だって入ってんだよォ毎日。なんだこいつ。

 こっちの先生の隣にも、こっちのスズランが並んでやがる。
 うちののチャラさをマシマシにしたような飄々としたやつが、地面に寝てる同じ顔を、虫けらを見るみたいな目で見てるんよ。
 「なんだこいつ……」みたいな。まあ常人の反応だな。うん。
 なんかこっちのスズは、だるそうな顔して、とっつきにくそうな奴だなぁ……。気配もなく後ろに現れて、意味深なこと言い捨てるなり、フッとどっかに消えて行きそうな感じある。怪しげな野郎だよ。うちのポンポコ狸みてーなのとは……。

「狸はひどい! 狸はひどい!」

 きたねぇ地面に寝転がってるやつぁ、みんな狸で十分だい。
 見ろ、体じゅう土埃だらけじゃねーか。立て立て、袈裟払ってやるから。
 雰囲気違うなあ。うん。こっちのスズランは、ひっくり返したダンゴムシみたいに地面に寝転がって、腹見せてウゾウゾしたりはしなさそうだ。

 こいつら今んとこ面食らってて敵意はねぇみてえだから、ちいと喋ってみる。話まとめんのがうまいスズランもいるから、悪いようにゃならんだろ。
 おスズちゃんよう。ほれ。行くぞ。なんで真っ赤になって、ガキみてぇにオイラの後ろ隠れてんのよ。
 こっちのお医者先生は確かに露出度が高いが、いきなりとって食いやしねぇと思うぞォ。




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