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壬生怪談・百物語




〇三〇・通話(ソウゲン)


 おや。
 こんなところに針金電話の片割れが落ちていると思えば、まだあちらの世界とつながっている様子。
 その声は、小生ですね。異なる世界のソウゲンでしょうか。
 いやはや摩訶不思議な事件は今に始まったことではありませんが、ただの医者だったころの小生でしたら、理屈に合わぬと思い悩んでいたやもしれません。
 新選組に来てからというもの遭遇する、数々の面妖な出来事。観測したのは小生だけではない、というのは大きいのです。己の気が狂っているわけではないと、客観的に証明できますので。

 そちらも事後処理の最中で。なるほど。
 こちらは今、そちらの世界につながっていた井戸の穴におります。スズラン殿とギャタロウ殿が通り抜けたとうかがいましたが、先はなく、どこへも通じぬ空洞です。
 その壁から針金糸が出ておりまして、こうして通話が行えているという状況です。
 おそらくは、ふたつの世界が閉じたがゆえに、そちらの世界に通じる穴は、もともとなかったものとして閉じてしまったのでしょう。
 お二方が壁の中に取り残されてしまわなくてよかったのです。
 そう度々、我々の世界が混ざるということもないでしょう。もしまた同じことが起これば、今度は小生も身をもって観測させていただきたいものですが。

 この地下空洞、温度が一定しており薬品の保管に便利なのです。入口を作り、穴の強度を確認したのち、貯蔵庫として使うことにしました。
 地上の蔵のほうには、火薬や武器類をしまってあります。薬品と反応して大爆発となると、近隣一帯ごと屯所が消し飛びかねませんので、なかなか重宝しております。

 スズラン殿との仲について?
 ほう。「違う世界の自分と出会ったら、恋バナするしかなくない?」とスズラン殿がおっしゃっていましたが、そういう。
 小生、好いたお人ができたのは初めてでして。さらにその方とお付き合いともなると、まったくの未知。
 聞けばそちらは、小生たちよりもいくらか先達とのこと。よろしければお知恵を借りたい。

 ──小生が、スズラン殿のほかの女人に目移りすることはあるかと?
 はて、どういう。……スズラン殿よりもかわいらしい女人が現れたとき、小生がそちらの手をとるようなことがあるかと。
 スズラン殿と女人を並べて比べる意味が、よくわかりません。それに老若男女の患者を診てきましたが、あれほど目をひくかわいらしいお人は、これまで出会ったことがないのです。
 しかし、スズラン殿の見目の何がそうさせるのか。理由はまだわからないのです。

 あの紫水晶のごとき、人の胸の内をすべて見透かすような不思議な目が、あまりに美しいからか……。
 では美しいものを増やせば、さらにスズラン殿は美しくなられるのだろうかと、以前小生は考えました。
 あの方、己の身を美しく保つことには人一倍手間暇をかけておりますので、小生も医者として、また良人として、お力になれたらと思ったのです。
 それで薬を処方しまして、スズラン殿の目を四つに増やしてみましたが……。
 はい、なにか。
 なぜ目を増やしたのかと?
 それはもちろん、美しい部分が増えれば、スズラン殿も喜ばれるだろうと思いまして。
 しかしながら、どうも違う、という感触なのです。目の数ではない。多ければ良いというものでもないと諭されてしまいました。過ぎたるは及ばざるがごとし。
 スズラン殿ご本人にも、「またやっちゃったねソウゲンちゃん。ウケる」と笑われてしまいました。ははは。

 あの方とお付き合いというものをさせていただくようになり、それから何が変わったかとなると、思い当たることはとくにありません。
 小生、スズラン殿と隣に並んでいるときは、いつも楽しく、頼もしくもあり、興味深く……なにかうれしい、という心地でしょうか。
 しいていうなれば……。
 あの方とお付き合いをはじめてから、時折、幸せな夢を見るのです。

 夢の話など、なにやら照れくさいのですが、小生とスズラン殿が仲睦まじく過ごしている夢でして。夢の中であの方と、ひとつ触れあうたびに、小生は胸のあいだに火がともるような、あたたかい心持ちになり、さてこれが幸せというものかと、眠りのなかで噛みしめておりました。ふふふ。

 夢のなかで、小生はスズラン殿とふたりきりでおります。
 スズラン殿は、不逞浪士の砲撃により手足を吹き飛ばされており……はい、そうなのです。痛ましい限りですが、命に別状はありません。
 小生はスズラン殿の肩から脇下の部分、そして腿の付け根の傷を縫いふさぎます。
 痛みをまぎらわせるよう麻酔を嗅がせてあるスズラン殿は、ぼんやりと夢を見るような目で、宙を見つめておられます。瞳に小生の姿が映っているのを見るたびに、なんとも言えぬ喜びを感じました。
 これほど傷ついた組長の姿を平隊士の目に触れさせては、新選組の士気にかかわります。それなのでスズラン殿を小生の研究室で引き受け、そこで診ることになりました。

 スズラン殿は、気分が乗ればそのほうへ、雲のように流れていくお人です。引きとどめておける方ではないことは、重々承知しております。興味の赴くままに、祈りを口ずさみながら行ってしまわれる。
 想像すると、苦いような心地になります。幼い子供のころ、外出先で親とはぐれ、ひとり置いて行かれたときでさえ、このように心細くはなかった。

 しかし、手足がなければどこにもゆけぬ。解剖台の上の、芋虫のように凹凸の少なくなった胴を見ると、無念を覚える反面……。
 この方に置いていかれる心配を、二度とすることはないのだという、そんな安堵感が湧いてまいります。

 落ちた手足とて、スズラン殿の一部なのですから、捨ててしまうのは忍びなく。
 もとの持ち主が生きたまま開くことができるのは、思いもよらぬ幸運なのです。

「いい感じに開いてね」

 スズラン殿がそう言われるので、はい、と頷きます。

「そんなにうれしいの?」

 面白がるように言うので、それはもう、と。はやる気持ちのままに……。
 小生はスズラン殿の目の前で、ちぎれた腕を足を開いてゆきます。
 剥製にしましょう、と声をかけると、「大事にしてくれるのねえ」と感心されます。
 かけていただける言葉の一つ一つが優しく、うれしいもので、小生は顔に熱の集まるような心地がして……そう、これがスズラン殿のいう、「キュンキュンする」とか「ときめく」とかいう感覚なのだなと、思い知ります。

 体が欠けていても、生きている間は食事をしなければなりません。
 小生は、台の上に横たわったスズラン殿の上体を抱き起こし、米を柔らかくしたのに薬を混ぜた粥をすくい、匙を口元にはこぶと……。
 あの方のやわらかい唇が濡れる感じが、なにやらなまめかしく。
 伸ばした舌に粥が吸い取られていく感じを、かすかに指先に感じます。
 匙にするようにこの指を吸ってくださったらと……すこし残念に思いました。

 夢から覚めると、何ともむなしい心地でした。
 腕の中にスズラン殿がいない。手足がなく、芋虫のようにウネウネとうごめくあの方の体がない。それは喜ばしいことなのですが……。
 今にもどこかへ飛び出していき、気分に流され帰ってこぬのではと、また考えてしまうのです。このやるせなさも、人を好いた者、皆に訪れる心持ちなのでしょうか。

 小生がスズラン殿に欲情していると悟ったのは、夢を見て精を吐く、初めての経験をした折でした。
 スズラン殿が、小生の差し出した匙に口をつける。唇を伸ばしたり縮めたりと、動かす。舌で匙を吸う。飲み込むときの、喉の動く感じ。
 あの夢のなかでの出来事は、今でもまざまざと思い出すことができます。
 ひとりで処理をするときなども、これまではただ熱を吐き出し、頭の動きを整えるための面倒な手慰みでしかなかったのですが……。
 あの夢を見てからは、スズラン殿のあの唇の動き、力の入らないままの舌の、吸う感じ。血が集まり興った性器を収めるときはいつも、それを思い出すのです。

 小生はスズラン殿を好いております。あの方が何をするのも興味深く、言葉を目線を交わすだけで楽しい心地になります。隣に座っているだけで、満足なのだと思っていました。
 スズラン殿を抱きたいかと言われると……。
 たしかに小生、近頃は、あの方を性交の対象として見ているようなのです。
 男と男。意味のない生殖行為だと知ってなお、スズラン殿の体に触れて思いを遂げたいと。
 いやはや、小生によもやこのような、他者への干渉を伴う欲望などといったものが存在したとは。驚くばかりなのです。

 しかし抱きたいかと言われると、それよりも恐ろしいのです。
 あの方がこちらの世界に無事戻ってこられたとき、小生お恥ずかしながら、感極まって抱きしめてしまったのです。
 スズラン殿に痛いと言われてしまいました。 
 抱擁ですらこうなのです。あの方とまぐわいをいたすとなれば、どうなることやら。スズラン殿はやわらかいので、全身の骨を砕いてしまいかねません。
 患者さんを診ておりますときは、とくに子供さんには痛い思いや苦しい思いをさせぬよう、細心の注意をはらっているのですが……。
 小生スズラン殿を抱擁するとなると、力の加減がまったくきかず、自分でも驚いております。頭で考えるのとは別に、小生の体は緊張しているのやもしれません。

 それにあの方のほうでも、あまりことを急ぎすぎると、心の臓がやられてしまわないかと心配なのです。
 友達より先へ一歩踏み出そうということになり、手を握ろうとなったところで、緊張のあまり過呼吸になり、池から出された鯉のようにビチビチとはねまわっておわれたので……。

 好いた人の手足をちぎり、薬漬けにして囲いこむ夢を見て幸福に浸る男が、まともなことを言うのが意外だと。
 そこは小生、わきまえておりますゆえ。
 たとえそうすべきだと小生が判断したことでも、スズラン殿が「ダメ」だと言うようならばダメなのです。
 小生があの方の体を使って実験を繰り返しても、いつでも許してくださるお方が、「ダメだよ」と静かに諭されるのなら、それだけは本当にならぬ、人の道に外れた行いなのです。

 ──おや、電話口のその声は、スズラン殿。
 そちらの世界のスズラン殿ですか。
 そちらの小生はいかがしたので?
 渋い顔をしてあなたを抱きしめてくるので、何を言ったのか逆に興味をもって替わったと。
 どうされたのでしょう。

 先ほどから、こちらの電話口のうしろで悲鳴が聞こえると?
 どなたもおられませんが。声もしませんね。
 声真似をする何者かが井戸の中にいると、ギャタロウ殿から聞いております。小生の背後は岩盤ですので、土中に埋もれてしまったのかもしれませんね。
 はい、こちらはつつがなく。そちらもどうかお元気で。




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