……(目次にかえる


壬生怪談・百物語




〇三一・人土(一番星)


 あーあ、呑まねぇとやってらんね。
 ギャタロウ、スズラン。ひとつ寄って席あけて。俺にもおんなじ酒をくれ。
 聞いてくれよぉ、オッサンたち。俺、今日、雨んなか市中見廻り。
 ついでに喧嘩の途中だったサクヤと組まされた。ついてねぇことって続くよな。
 まあ、川が溢れちゃまたたくさん死ぬ。そうでなくても、家流されて住むとこなくなっちまうやつが出るし、畑流されて食うに困るやつが出るし。
 日照りも困るが、長雨だってろくなことにならねえよ。

 日が沈んだあとの鴨川沿いを歩いてると、後ろからズシンと、ぬるぬるした重たいもんが俺の肩におっかぶさってきた。
 そん時、ピンときたわけよ。
 この前、大坂のほうで河童が出たって騒ぎになっただろ。魚獲りの網を引き上げると、亀みたいな人間みたいな肌の黒いのがかかったんで、船頭が驚いて舟ひっくり返しちまったっていうじゃねぇか。
 さては下流のほうで網ほどいて逃げた河童が、川を遡ってきたなと、俺ぁ閃いた。

 河童って、人とか馬とかを水んなかに引きずりこもうとすんだってな。
 なんで馬みたいなデカいもんを、わざわざ引っ張ってくのかねえ。後ろ足で蹴られちゃ、いくら妖怪だってタダじゃすまねーだろうに。
 ふんふん、河童ってのは、落ちぶれた水の神様で。馬を水に引きずりこもうと狙うのは、大昔にちゃんと神様してたときに、お供えものとして馬を捧げてもらってたのを、今でも忘れられないから。
 きゅうりが好物てぇのも、毎年畑の豊作のお礼に、一年でいちばん早く採れた野菜を人が捧げてた名残りってこたぁ、神様だったころは良い暮らししてたんだろうな、河童のやつ。そんときのことが忘れらんねぇんだ。
 さすが物知り坊主。スズランの話さ、こういうやつは面白いのに、なんで駄洒落だけあんなにクソなんだろうな。
 えー怒るなよ本当のことじゃん。ギャタロウだって頷いてるだろ。
「昔はよかった」ってのは、俺もちょっとわかるぜ、ひっく。ガキのころは、うちは貧乏だったが家族みんな元気でさぁ、忘れらんねぇことがたくさんあんのよ。

 立派な神様が、なんで人や馬を襲う悪い妖怪になっちまったんだろ。
 ──人が、そこでおぼれて死んじゃったからじゃないか、ってか。
 なるほど。あそこの川の流れの速いところで人が死んだのは神さんのせいだ、お前なんか悪い妖怪だ河童だと、こう責任おっかぶされちまったのかもしんねえってか。
 霊験あらたかな坊さんが、雨ごいに失敗したらうさんくさい山師扱いされるようになるのと、似たようなもんか。
 神様もご利益がなきゃあ、妖怪ってことにされちまう。難しい世の中だよなぁ。

 そう、河童と相撲とったんだよ。
 後ろからとっついてきやがったヌルヌル野郎に、「俺が勝ったら、もう悪さはすんなよ」と言ってやって、はっけよいとばかりに、こっちもガッシリと組みついた。
 触り心地はぬるついてるし、溺れて死んだ奴が川から上がってきたみてぇに冷えきってて、最悪だった。
 のこったのこった──そうしてっと河童がよ、まだ勝負も決まってねーっていうのに、こっちの尻子玉を抜こうと、尻を狙ってきやがる。気が早ぇ野郎だよ。
 とっさに足閉じて力入れて、内またになって踏ん張った。俺ぁ足腰にゃ、ちょっとばかし自信があるからよ、事なきをえたが。
 まだしつこく気色悪い腕で俺の尻を撫でまわしてくるもんで、俺も頭に血がのぼってきた。喧嘩に卑怯もクソもねぇ。だがこれは相撲だ。ダセェ真似すんなと、にらみつけてやった。
 あたりは暗くてろくにモノも見えねぇが、ようよう目が闇に慣れてきた。クソ河童の顔、拝んでやろうと思ったらよ。
 顔がねぇ。
 目も鼻も口もねぇ。のっぺらぼうだ。河童ってこんなんだっけ、と一瞬よそ事考えちまって……その隙をつかれた。
 片膝がガクッと揺れて、体が傾く。
 だがよ、目も鼻も口もねぇ奴に負けたとあっちゃ、新選組局長の名折れってヤツだ。藤堂のゲンコツがいくつ落ちてくるか知れたもんじゃねぇ。
 なにくそと踏ん張って、相手の体を頭の上に持ちあげる。よっしゃイケる、と俺ぁ勝ちを確信した。

 目も鼻も口もない顔が、ポーンと飛んでいった。

 先行してたサクヤが、俺が来ないから「何やってんだ?」って様子を見に来たら、わけのわからんものと取っ組みあってるんで、とりあえず首を刎ねたってわけよ。
 いや、首はとりあえずで刎ねるもんじゃねぇだろ。あいつって何かにつけて物騒だよな。

 俺が河童だと思って相撲取ってた相手の体は、雨に溶けていくみたいにドロドロに崩れて、グチャッと潰れた。
 いったい何だったんだって、よくよく見てみるとよ、ぜんぶ泥。河童なんかじゃなかった。
 河童でなきゃ、俺の尻の穴に何の用だってんだ。
 え? あの泥が俺の尻の穴から内側に入って、体を乗っ取ろうとしてたんじゃないのかって?
 うえぇ。若者を脅かすんじゃねぇよ、オッサンたち。ゾ〜ッとしちまったじゃねぇか。

「なんっじゃこりゃあーーっ!!」

 うわっ、びっくりした。藤堂の声だ。
 たしかにありゃ驚くだろうなぁ。
 俺が取っ組みあってたときは、目も鼻も口もなかったはずなんだが、サクヤが首を刎ねたとたんに、人間の生首に変わったんだ。
 で、報告すんのも調べんのも、証拠がいるだろ。
 刎ねた首を持って帰ってきたんだが、生首持って歩くサクヤの絵面がこれまたひどい。
 風呂敷にでも包みゃあいいのにむきだしでぶら下げて、あとちょっと得意そうな顔なんかしやがって。玩具投げてもらったイヌかよ。飼い主めちゃ驚いてんじゃねーか。
 雨の夜で、通行人がいなくてよかったぜ。また新選組はおっかねぇって、町のやつらに怖がられちまう。
 酒の肴に見に行こうよって? いいけど。お前、仏さん大好きだもんな。

 ──ほれ。
 ブヨブヨになって人相もわかんねぇけど、人の首だよ。そんでこっちが、見廻り組が生首ぶら下げて帰ってきたから驚いてる藤堂。

「また面妖な。腐りおちてもはや面影もわからぬが、まさか斎藤一さんの首ではあるまいな」

 スズランは坊主的に、こいつを見てなんかこう、怨念みてーなの感じねーの。
 わかんない? いやなんか呪われてるとかあるだろ。なきゃ逆にわけわかんないだろ。
 なんで泥の塊が動いてたのか。俺にとっついてきて相撲とってたのか。首を刎ねたら頭だけ人間になったのも謎だ。
 少なくとも中に誰もいないよ? いたら困るだろ。
 調べるのはソウゲンのほうが向いてるんじゃないか、って?
 ソウゲンならお前の後ろで素振りしてるけど。ワクワクしすぎじゃね。うちって、こんなんばっかりな。

 俺がこいつと取っ組みあってるときに、気がついたこと、なぁ。
 そういや、喉元に小刀で掘ったみてぇに「生」って字が刻まれてて、うっすら紫色に光ってたような。
 お、坊さん。なんかわかったような顔してんじゃん。
 「生」の字を刻まれた土人間を、サクヤが首を刎ねて上下にバラしたから、頭の「人」と、体の「土」の上下に分かれたんじゃないか、って。
 スズランの駄洒落とどっこいな、クソみたいな理由で動いてたのかよ、ありゃあ。
 誰かが作った式神かもね、って?
 式神ってなんだ?
 カラクリでできたお化けみたいなもん。へー。
 俺、式神と相撲とっちゃったんかよ。
 オッサンたちはさぁ、河童と相撲とるのと、どっちがかっこいいと思う? へへへ。




前の話にもどる ・ 次の話にすすむ ・ 目次にかえる

この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
−「壬生怪談・百物語…
紫鈴堂・えしゅ 2023」−