ソウゲン。いるか、入るぞ。拙者だ。沖田総司だ。
お主に用というか……むう……。
先の見廻りで不逞浪士と遭遇し、斬り合いになったのだが、そのさなかに顔に傷をつくってしまった。それを玄関でスズランに見とがめられてな。
この程度なら、放っておけばすぐに治ると言ったのだが、女の顔に傷が残るなど言語道断、今すぐにソウゲンに診てもらえと強く言われたのだ。
拙者を女扱いするなと、いつも言ってやっているのだが、あの男はいっこうに改めもしない。拙者が女扱いをされるのを嫌がるのと同じく、女子を丁重に扱いたいという、あいつの意地だな。あれは。
そう、意地の張り合いで坊主に負けたのだ。なんだ、そんなにおかしいか。
お主、スズランの話になると、よく笑うのだな。仲がいい。
あの不気味な蝶々を調べていたのか。もちろん覚えている。
拙者と藤堂、それにスズランが、雑面ノ鬼の妖刀工場跡地に生息していたのを採取してきたものだろう。
あの時は、全身が黒い鱗粉まみれになって、まいった。
拙者は、虫にたかられたくらいで泣き言を言うようなことはしないが……。
む。ここに置いてあるのは燐寸か。
このように気軽に扱っても良いものなのか。米四升と同じほどの価値がある、貴重な品なのだろう。
これはソウゲンの手作りだと?
外国から渡ってきた燐寸を調べてみれば、しくみは単純なもの。頭に火薬をつけた軸木を、側薬を塗った紙で擦ると火が付くようになっている。
しかし現品は、長く触れ続けると死に至る危険のある黄燐を使っていたので、再現の際に安全な薬品に置き換えてあると……。
いつもながら器用なものだな。
ソウゲンは、剣を振らずに火薬で荒っぽい男どもを吹き飛ばすのかと思えば、刀の扱いも堂に入っている。お主にできぬことがあるのだろうかと、拙者は思うことがある。
ひとつを極めれば、みな同じことだと。なるほど。
拙者が剣の道に置き換えてほかの物事を見てみれば、なにか輪郭や筋道のようなものが見えてくるのと同じく、別の道をゆくお主にしか見えぬ世界があるのだろうな。
なに。この燐寸の先端。あの蝶の鱗粉を玉にして、火薬で包んであるだと。
なぜそんな悪趣味なものを作る。拙者はお主の天才の発想とやらが、やはりよくわからぬ。
では火を灯してみましょうと? 待て待て。薄気味の悪い実験は後でやれ。
……ん?
火を灯したとたん、黒い煙が出てきた。小さな燐寸から、こんなに多量の煙が湧き出るものなのか。
煙の中に、なにか見える。
あれは……村だ。
都を追われた者が隠れ住むような、ささやかな集落だろうか。
拙者は幻を見ているのか。これはどのようなからくりだ、ソウゲン。
お主は関知しないだと? まったく面妖な……。
村の景色に、動くものが見える。
人だ。蝶の生息していたあたりには、平家の落ち人伝説が残っているというが、この者たちがそうなのだろうか。
──とつぜん、面をつけた者たちが村に踏みこんできた。
嫌になるほど見覚えがある面だな。雑面ノ鬼どもだ。紫色に光る妖しげな刀を振るい、武器を持たない村人たちを次々に惨殺していく……。
社が見える。斬られているのは神職か。賊に押し入られて火を放たれ……。
何もかもが灰になっていく。何も残らぬ。殺害された者たちの躯も、すべて燃えていく……。
この惨事は、あの不気味な蝶の群れが棲む沼で、かつて起こった出来事なのだろうか。
村が滅びた跡に、雑面ノ鬼どもは、妖刀を大量に造りだすために工場を造った。
刀造りには大量の水が必要となる。すると不要となる水も出る。
ソウゲンですら想像もつかぬ未知の手わざで、魂を蓄える仕組みの妖刀を生んだあと……妖刀と同じ性質を持つ残り水が捨てられ、人の魂の溶けた水が土地を湿らせ、沼ができた。
奴らの刀に斬り殺された村人たちの魂は、体が朽ち果て、肉が土にかえり、水に溶けてもなお死ねぬというのか。
虫にすすられ、翅の奥に囚われ、ここから出せと叫び続けている。あわれな……。
何をしているのだ、ソウゲン。
手をあわせて……祈りかそれは。意外だな。
「スズラン殿と、長く話をしておりました。あの方の一言一句、すべて小生は記憶しておりますゆえ。形と音だけをまねた祈りですが、気休め程度にはなりますか。本職の方をお呼びしているあいだに、燐寸の火が消えてしまいますので、これでお許しいただきたい」
「まぼろしの中で斬られていたのは、神職の方でした。とすると、祝詞が良いでしょうか」
祓え給い、清め給えというやつだな。
祝詞まであげられるとは、どこまでも器用な男だ。ちゃらついた本職のスズランよりも、堂に入っているのではないか。
しかし感心した。天才というものは、友の言葉ひとつすら、もらさず覚えているものなのだな。
では坊主の、例のなんとも言えない駄洒落も……。
「まことに遺憾ですが」
虫歯でも痛むような顔をする。ふふふ。そうか。
では、拙者も手をあわせていよう。
「この蝶の鱗粉には、今しがたアキラ殿にお見せしましたように、強い幻覚作用があるようでした。改良を重ねたのち、手足の欠けた患者に煙をかがせれば、不要な痛みで苦しませることもなくなるのではないかと考えたのです」
「しかしこれが幻覚ではなく、スズラン殿が言う魂のような存在があり、命を落とした人々の苦悶の叫びであったとすれば」
「彼らが蝶の内に閉じこめられて、今なお苦痛に苛まれているのでしたらば……ここで、すべて燃やしてしまうが良いでしょう。医者は人から苦痛を取り除くのが仕事なのです」
科学に精通する医者が、幽霊など非科学的だと言わないのだな。
まあ、新選組幹部の魂が宿った刀なる、非科学的なものを振るっておいて、今更か。
それにしても、スズランがソウゲンのことを、ことあるごとに優しいとか、善い人だとかいうのが……なるほど。わかったような気がする。
善人というより、良人だと?
……は?
なんだとお主ら。えっ。つ、付き合っている……だと!?
そ、そ、そ……そうか。
ただの友人ではなく、相方でもなく……一言一句すべて忘れられぬようなただならぬ関係……。なるほど……。お主たちが……。それで……どうりで……。
わ、わかったような気がする……。うむむむ。