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壬生怪談・百物語




〇三五・夜行(藤堂)


 百鬼夜行にかちあった。
 真夜中に鬼、妖怪などが徘徊する、昔々のおとぎ話のようなものだと思っていたが。
 主不在のソウゲンの研究室にスズランが血相を変えて飛びこんできて、慌てて閉ざした障子に、顔が一丈もある長いのやら、あきらかに四つ足で、鼻の長い獣が服を着たもの、足が地についていないもの、踊り狂う猫やら狸やら、異形の影が次々に映りこむ。
 夢でも見ているのかと目をこすっていれば、坊主が普段は腰布にしている袈裟を解いて、頭からかぶされた。
 見たら死ぬよ、と小声で囁く。「鬼は人に姿を見られるのが大嫌いなんだ」。
 いつもふざけてばかりの坊主の吐息が震えていたので、「あ、これはガチなやつなのだ」とわかった。
 ヘラヘラ坊主が真顔になる奴は、大体手に負えん。一番星流に言うと「クソやべぇやつ」だ。

 表はどうなっている。ほかの組長は、平隊士たちは。
 着の身着のまま刀も持たず、入浴中の者は裸のまま、急ぎ裏の壬生寺に逃がしたのだと。
 寺の中ならば鬼が現れても安全なのか。「わかんない」? なんとも頼りない。
 「仏さまのご加護で鬼たちが退散したっていう話をよく聞くから、神社仏閣を嫌っているのは確かだろうけど」、と。
 たしかに、かちあったら死ぬというものに、前に会った経験があるわけもなし。頼りにならんのは無理もないか。

「では、自分が様子を見てこよう」

 待て待てサクヤ。一寸法師のお主になにができる。
 貴様はスズランの話を聞いていたのか。この男は、普段はしょうもないことばかり口走る、ヌルヌルのこんにゃくのごとき坊主だが、珍しくこうして真面目な顔になっている。稀な機会くらいは、意見を聞き入れてやれ。
 
「承知した」

「なんかすごくひどいこと言われてる」

 しかし、なぜこの新選組屯所に、とつぜん化け物の行列が突撃してきたのだ。今まではこんなことはなかった。
 なにか普段と変わったことはなかったか。思い当たることはないか、サクヤ。

「自分には判断がつかない。こういった事象は坊主の領域だ。最近変わったことといえば……近隣の辻で地蔵祠が破壊されたという報告が何件か上がっている。性質の悪い悪戯をする者がいるようだと、今週はじめから夜間の見廻りの人数を増やしている」

「そう。僕、先週まで長岡京に行ってたから知らなかった。どのあたり? ……なるほど。大内裏の裏鬼門があった場所から、屯所に誘導するような形で辻々のお地蔵さんが壊されてるね。蔵の屋根裏でサクヤちゃんがやっつけたお化けには、式札が貼りついてたらしいし。そいつが屯所の情報を盗み聞きして主人に知らせた。一番星ちゃんが相撲をとった式神も、同じ相手が送りこんできたのかも。今回の百鬼夜行も、同じ相手が何らかの手段で呼び出して新選組に攻撃を仕掛けてきている可能性が高いね。式札を扱える人なんて、僕には陰陽師くらいしか思いつかないけど──」

「今北産業」

「お化けの間者が新選組の情報収集してた。
お地蔵様を壊して百鬼夜行を屯所に誘導。
式神使うホシは陰陽師説が濃厚」

「承知した」

 陰陽師……。陰陽道宗家の御方の姿が脳裏にチラつくが、まさかな。
 あのお方ならばわざわざ策なぞ弄せずとも、土御門家の一声で新選組を取りつぶすこともできるのだ。しかし……ううむ。

「藤堂。そこにいんのか」

 その声は一番星か。平隊士を連れて、寺に逃げたのではなかったのか馬鹿者。
 なぜまだこんなところをウロウロしている。

「開けてくれよぉ。おっかねぇバケモンがわんさか湧いて出てきてさぁ。逃げても逃げても追っかけてくんだよ。捕まったら食われちまうよぉ」

 開けるも何も、障子一枚で何を言ってる。自分で開けられるだろう。
 ふむ……。なにか、スズランが急いで入口に吊るした南天の枝や、部屋の四隅にぶちまけた枸骨やら桃核やらを嫌っているように見えるな。
 南天に桃、ひいらぎ。寺社仏閣に植わっていたり、魔除けの行事に使われるものばかりだな。どれほどの力があるものやら知れぬが、立てこもったのがソウゲンの研究室だったのが、まだ救いか。

「障子に映る影はバカ星だが、十割あやしい。あきらかに本人ではない」

「しーっ。返事もしないほうがいい。一番星ちゃんは裏のお寺にいる。ふたりとも、開けちゃダメだよ」

「サクヤとスズランも一緒か。おおい。開けてくれよぉ。助けてくれよぉ。開けてくれよぉ」

 スズラン。

「ダメ」

 ……うむ。













「開けろよ」








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