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壬生怪談・百物語




〇三六・夜行(サクヤ)


 障子の外でうごめいている、バカ星に化けた何者かが顔を寄せたところを狙い、目を突く。

「サクヤーーーッ」

 案ずるな。藤堂。自分はやるとなれば、仕留め損なうことはしない。
 今宵の得物は和泉守兼定ではないが、斎藤一の魂が宿った鬼神丸の残骸から削りだしたもの。この世ならざるものにも効果があるようだ。

「なんでぞういうごどすんの。君、いまぢっぢゃいがら危ないっで。ジッどじででっで、藤堂ぢゃん言っだじゃん……」

 ふがいない坊主はそこでじっとしておけ。泣き顔がうるさい。
 む。バカ星が豚のごとき悲鳴をあげたかと思えば、影がバラバラと散っていく。小鬼のような形をしているな。
 障子に映る影こそあのバカのものだが、実際にはどうだか知れぬ。
 ……どうやら新手が来たようだ。

「スズラン殿。そこにいるのですか。もう安心です。さあ、開けてください」

 今度は医者の声。背の高い影。……これも本人ではないな。

「いくら物の怪とはいえ、勝手にソウゲンちゃんの姿に化けて喋られるのは、いい気持ちがしないね」

「お迎えにあがりました。この騒動が終わったら結婚しましょう」

「開けていい?」

「ダメ」

 藤堂。チョロすぎるバカ坊主を取り押さえておけ。
 今度はなんだ。地響きがはじまった。遠くからなにか押し寄せてくる。
 障子の外で、鬨の声があがっている。
 羽織りをひらめかせ、刀を抜いて斬りかかっていく。剣士の影だ。
 異形の影を追いまわし、斬り捨てていく。あれは。
 政変で死んだ新選組隊士たちのようだ。命なき屍たちだが、自分たちの屯所に土足で踏み入る不埒者を許せず、土の下から出てきたらしい。

「あの天然理心流の構え。近藤さんに違いない。皆さんが守ってくださっているのだな。なんと心強い」

 和泉守兼定を振るう男の影。あれが亡き土方歳三だろうか。
 平隊士たちを率いて、銃剣を掲げて突撃していくのは、永倉新八。錫杖を持った首のないのは、斎藤一か。
 鬼神丸と手柄山氏繁をソウゲンに改造されたあのふたり、存外あの斬新な姿が気に入っている様子。
 剣戟の音。異形どもの悲鳴。血しぶき。うごめく影法師。
 障子に影が映りこんでいるのが、合戦絵巻のようだ。
 いくさの気配が波のように押し寄せてきて、勝鬨とともに去っていく。

 音がしなくなった。
 外の様子はどうなっている。終わったのか。

「僕が見に行こう。いざとなったら念仏唱えてやり過ごせるかもだし。『難しはや、行か瀬に庫裏に貯める酒、手酔い足酔い、我し来にけり』──酔っ払いだから大目に見てよ、ってね。この騒ぎが終わったら、ふたりにおいしいきつねうどんを作って振舞うよ。あと結婚する」

「やると死ぬ確率がグンと上がる行動を、わざわざ並べていくでない」

「白状するとね、実は藤堂ちゃんのおやつのあんころもち、勝手に食べたの僕なんだ」

「そればかりは絶対に許さぬ」

「あれ? 奥のほうでなにか物音がしたような……。気のせいかな。ちょっと見てくるね」

「あやつめ、不吉なことばかり言い残していきよった。大丈夫なのか」

 あのまま帰ってこなくてもいいんじゃないのか。

「サクヤ」

 訂正する。あれだけ役を揃えて出ていけば、逆に殺しても死ななさそうだ。




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