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壬生怪談・百物語




〇三七・夜行(スズラン)


 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 ひえー、こわいこわい。誰もいませんかあ。誰もいませんねえ。ホッ。
 うわっ。お庭。なんかまだでっかいのいる。
 やばそうなの何〜……って思ったら、なんだ君か。

 奇遇だねえ。こんなところで何してんの、お師匠さん。
 なあに? もう師ではない?
 それはそうだけど、人の道から外れすぎたその様子じゃあ、もう人間だったころの自分の名前呼ばれてもわかんないでしょ。
 お化けのお偉いさんとかに、なにかいい感じの名前もらった? まだ? たしかにまだ鬼にしちゃ若いもんねぇ。赤ちゃんみたいなもんでしょ。あはは。
 あらあら、前に会ったときより、だいぶ背が伸びたねぇ。背っていうか、顔?
 一丈はあるんじゃないの。どうやって頭だけで浮いてるの。あいかわらず重力が仕事してない。

 四つ足の獣は野で生きよ、人と関わるなとあれほど言ったのに、って?
 それはねぇ……。うーん……。無理でしょ。そういう気分になれないんだから。
 
 よいしょ。ちょっと座ろう。
 久しぶりに会えたから、話したいことたくさんあるんだよね。

 そっちは最近どう?
 好きな人に会いたくて、空のかなたまで飛んで行っちゃったんじゃないの。
 あ、好きな人と間男の仲を引き裂きにいったんだっけ。んで会えたの? 男は殺した? 女の子はさらったの?
 できなかったんだ。
 そっかあ。まだ人間っぽいとこ残ってて、ほっとしちゃった。

 お師匠さんが、ようやくお馬ちゃんのもとにたどりついたと思ったら、娘さんとっくに結婚してて、相手の男にそっくりな赤ちゃんが生まれてたんだ。
 うわー、悲惨。やけ酒でも飲む? やってらんないでしょ。屯所の誰かが置き去りにしてったやつだけど、伏見のいいお店のやつでおいしいよ。
 お前も酒を飲める歳になったのだなあ、って。お父さんみたいにしみじみ言うね。でもそうねえ、お父さんとお酒飲めたらよかったねえ。
 お父さんねえ、あんまりお酒強くなかったそうよ。呑むと耳やら尻尾やらがにょきーっとまろびでて、こんこんくわくわとしか喋れなくなっちゃう。
 周りの人間には化け狐だってばればれだったけど、本人だけはばれてないと思ってたみたい。

 はーっ。恋しいお馬ちゃんの姿を、遠くからでもいい、一目だけでも見たいといったって、相手の男にそっくりな赤ちゃんを抱っこしてるとこ目に入れるのはキツいよね。
 だってさ、好いたお人がややこをあやしてるお顔なんか、そんなの絶対今まで見たことないやつじゃない。
 夢見てたものが、本当にただの夢になっちゃった。その人が自分との間のややこを抱いてくれるなんて夢が、現実にかなうわけないもの。

 僕ねぇ、思うんだけど。お化けが仏様を怖がったり、避けて通るってのも、そんな感じなのかもしれないよね。
 つらすぎるから直視できない現実、みたいなのあるじゃない。
 自分がどんなに好いていても無意味だって、好いたお人から突きつけられちゃう。相手のお人のなかじゃ、ふたりの仲はもう終わったものってこと。きっついなぁ。
 結局、お師匠さんは、お馬ちゃんの赤ちゃんに手出しはできなかったんでしょ。わかるよ。好いたお人と同じ血が流れてるんだ。指一本触れられないでしょうよ。
 いっしょにいた日々は、どんなに素敵でピカピカ輝いてるみたいだったとしても、終わっちゃったら二度とかえってこないんだ。
 そのピカピカが、お化けが仏さまを見るときに抱く恐怖みたいなものなんじゃないかしら。夜の底から眩しかった昼間の景色を眺めると、目が潰れちゃうほどに明るいんだよ。グスッ。
 恋ってさ、自分も恋をするとねえ、君がつらいと僕もつらいのがわかって、同じように感じて泣けちゃう。
 発情期に雌の取り合いで負けた雄たちって、みんなこんなに悲しいんだね。
 なあに。僕が、より人間くさくなったって? えへへ。そうかしら。

 お師匠さん、男と赤子を殺すことも、女の子をさらうこともできなくて、そんで進退窮まってウロウロしてるうちに、百鬼夜行にかちあって取りこまれちゃったと。
 たしかにバッタリ遭遇しちゃうと、踊れや唄え酒を飲め飲めと、めちゃくちゃからんでくるもんね。百鬼夜行の鬼たちって。
 僕は化けるだけしか能のない狐だし、大きくて力の強い鬼が怖いから、とても一緒に飲み歩く気分にはなれないな。
 人間でいうなら、泥酔した相撲取りの行列につかまって、どすこいどすこいと引きずられていくみたいなもんでしょ。潰されちゃうって。
 でもあとで気まずくなっちゃうのも怖いし、誘いを断わりづらい。零落した神様とか混ざってるでしょ。上司だらけの呑み会なんか、絶対楽しくないわよ。
 だから、絶対会いたくなかったんだけど。
 あ、君も今は鬼だっけ。ごめん。聞かなかったことにして。

 鬼たちの行列にとりこまれちゃうと、自分の名前も忘れちゃう。
 何年も何十年も同じ道ずっとグルグル行進して、見た目は楽しそうだけど、実際愉快なもんなのかな。
 だけど京の辻々を歩き続けて、夜の迷子になってるうちは、好いたお人は安泰だ。
 娘さんの夫と子供を殺して不幸にしたり、もしも彼女に姿を見られたときに怖がられたり、拒絶されたりしたら、鬼になって人間意識ふわふわの君は、逆上してお馬ちゃんを食ってしまうかもしれない。
 この百鬼夜行のグルグルに自分自身を閉じこめて、お馬ちゃんのことを守るのが、君の人としての最後のやさしさで、彼女への愛の証なんだね。

 恋ってほんとうに物騒で怖いこと。
 僕も弟子として、君のことを見習おうっと。この身もそのうち君みたいに鬼になっちゃうかもだけど、ソウゲンちゃんのことを不幸にはしたくないものね。
 彼なら鬼の観察ができそうだって、逆にアゲアゲになっちゃうかもだけど。
 もしそうなったときは、仲間に入れてよ。
 
 そうそう、お師匠さん。君、体を忘れていったでしょ。
 ほっとくと腐っちゃうから預かってたんだけど。……うーん。
 大きさ、合わないね。
 この体じゃ、いまの君の頭の重さを支えられないよ。
 たくさん食べてもおなか出るだけで細いし、もともと筋肉がなくて鍛錬に耐えないし。とことんいくさ向きじゃないんだよねえ。優しいお人にふさわしい体。
 もういらないからくれてやる、って?
 えーっ、返さなくていいの。
 子供のころに着ていた着物を、下の子にお古であげて、それを返せという人間はいないって?
 うん、じつはこの体、乗っけた頭と肉がなじみすぎちゃってさ。時間が経ちすぎたからだと思う。うまく脱げなくなっちゃったんだよね。
 君に今から返すとなったら、頭を喰いちぎってもらわなきゃなんない。そうなったら、斎藤さんの首もお墓に返せないし。ありがたいよ。うれしいな。
 ソウゲンちゃんもね、この体のこと優しくて好きって褒めてくれるのよ。手の形とか、喋るときの喉の動き方とか。肺活量とか。
 僕としては本当の僕の姿を見て、毛並みがツヤツヤで色っぽいとか、肉球の形がかわいいとか褒めてほしいんだけど、狐じゃあ人間のお眼鏡にはかなわないのかなあ。

 どうする? そろそろ歩き疲れてきたなら、お望みどおりに送ってあげる。
 念仏祝詞オラショなんでもござれだよ。エヘン、僕も大したもんでしょ。
 まだ歩き足りないの。
 最後に自分のなかだけに残った恋心すら消えて、ふたりの繋がりがなかったことになってしまうのが哀しいんだね。わかるよ。僕らお坊さんなのに、執着しすぎじゃない。ふふ。

 仲間とワイワイ騒ぎながら、京の街を練り歩くのは、恋に破れた傷心の男には逆にピッタリなのかも。
 壊れたお地蔵さん直さなきゃだから、途中まで見送るよ。元気でねぇ。




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