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壬生怪談・百物語




〇三九・壁画(スズラン)


 あら、藤堂ちゃん。どうしたの。
 僕とボウちゃんが何かやってると聞いて、様子を見に来た?
 さすがお耳が早い。サクヤちゃんが知らせてくれたの。ちっちゃいのに働きものねえ。
 一寸サクヤちゃんが猫ちゃんの頭にのっかって、屯所じゅうノシノシと歩き回って御用改めしてる姿、なんだかかわいいよね。
 頑張り屋さんだわぁ。ちゃんと誉めてあげてる? 
 へぇ、お昼のあんみつ会で。なにそれ楽しそうじゃない。ちいちゃいと好きなものがおなか一杯食べれちゃうよね。あは、ボウちゃんもうらやましいって言ってる。

 壬生村の端にある長屋を取り壊すって聞いたんだ。
 ちょうどいいからお絵描きしちゃおうと思って。お家の人の許可は得てるよ。

 何を描いてるかって。そりゃただの落書き遊び……ってわけじゃないよ。
 白川屋の地下通路に、妙なラクガキがあったでしょ。
 何か意味があって書いてたんだろうけど、まとめてぜーんぶドッカーンの黒こげになって、今は完全に土の下。暗闇の中で一度見ただけだったから、再現してみれば手がかりになることが見つかるかも。
 ボウちゃん、絵は一度見たら同じように写しを作れるって特技がある。天才だよね。
 微妙に違うんじゃないかってところは、肩の上から僕が見て直してく。
 もうちょっとしたら、同じのできると思うよ。大体ね。

 スズラン、ボウ、貴様たちふたりは新選組組長でもとくにフワフワとして、いくさ好きではなく、相方のソウゲンとギャタロウのうしろにひょこひょこついてくだけの愛玩動物かと思ってたが、自主的にやればなかなかできるものではないかって?
 えへへ。やだあもう愛玩動物だなんて、そんないけない関係じゃないわよう僕とソウゲンちゃんは。僕らみんなにそんな目で見られちゃってるなんてえひひひ。ふへへへへ。
 えっ。ふたりとも、なんか冷たい目してる。今の流れで、なにをそんなクネクネするのやらわからない? あ、そうですか。

 雑面ノ鬼のやり方をなぞれば、何か気づくかもしれない。
 それにしてもわけがわからないものを、わけがわからないまま写すわけだから、それでもしよからぬことがなにか起これば……前みたいにドッカーンとやればいいかなって。
 ソウゲンちゃんから爆薬も借りてきた。取り壊しの手間がはぶけるから、お家の持ち主の人も助かると思うよ。

 壁と天井と床に模様を描いていく。
 白川屋の地下の、絵が描かれてた壁は五つの面でできた変な形をしてたけど。
 左右下面は同じ南をあらわすアーだったから、このふたつの面はまとめて床に。
 天井はアク。東にア。西側にアン。
 まるで意味がわからんぞ? ですよね。
 大きく書かれてた文字、だいぶ崩されて書かれてるけど、これらは梵字だよ。一文字で仏さまをあらわしている言葉。

 お寺のお庭のすみっこにある、石でできたちいちゃめの五重塔みたいなのを見たことない?
 あれ、「層塔」っていって、奈良時代にはもうあったやつ。
 出っ張った笠の下に隠れた四角い軸の部分に、東西南北をあらわす梵字を、置かれたときの方角通りに刻むことがあるんだ。
 東西南北を「アク・ア・アー・アン」で表すのは密教の胎蔵界。
 対になってる金剛界のほうでは、東西南北が「アク・ウーン・タラーク・キリーク」になる。
 胎蔵界と金剛界はなにが違うのか、って?
 金剛界は大日如来さまのお知恵をあらわした世界のこと。
 胎蔵界は大日如来さまの理性をあらわした世界のこと。胎蔵、ってのは、人の心が仏さまに育まれていくさまを、お母さんのおなかの中で人の形に成ってく胎児にたとえてるんだよ。

   

 ボウちゃんは、そんな感じの名前の曼荼羅を、壬生寺で見たことがあるって?
 絹本著色(けんぽんちゃくしょく)両界曼荼羅図だね。「絹本著色」ってのは、「絹に色絵の具で絵を描いた」って意味。室町時代に描かれたもので、五、六十年前に泉涌寺からもらったっていうやつ。
 両界曼荼羅図は、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅、ふたつをあわせたもの。
 金剛界と胎蔵界、どちらも本質的には同じ、密教の本尊である大日如来さまの世界だよ。

 で、この胎蔵界の梵字を使って、壁に大きく「東西南北」って書かれてるわけ。
 仰々しくていかがわしいわりに、意味がわかるとしょーもない?
 あはは、おまじないって、意外とそんなもんよ。

 ただボウちゃんもねえ、見えないものは写すことができないのよ。
 暗くてよく見えなかったところが、ほぼ空いちゃってる。そこは僕がちょちょいとですね。
 ここ見て。おうどん侍。僕が考えたの。かっこいいでしょ。
 やっぱ遊んでおるではないか、って? まあまあ、もともとがテキトーっぽい落書きだったしね。
 藤堂ちゃんも、はい、筆。なんか好きに描いちゃって。
 あはは、うまいうまい。……えっ、うまい。
 ほんとにうまいんだけど。なんかやってたでしょ。
 京の都が平和になったら、藤堂ちゃん、ボウちゃんと組んで絵の仕事ができるんじゃないの。

 で、今のところ気づいたこと。
 一番星ちゃんと相撲をとった、泥でできたお化けだとか。
 サクヤちゃんが蔵の天井裏で見つけた盗み聞きお化けとか。
 雑面ノ鬼の仕業なんだろうけど、かの大陰陽師・安倍晴明公が使役したっていう、数多の伝説が残る式神をさ、あんまり細かい使い方できてるように思えないんだよね。
 ソウゲンちゃんのカラクリのほうが、ずっといい仕事すると思うよ。おどろおどろしい式神より面妖な科学技術って、どうなのとは思うけど。
 そんなに高性能じゃない式神使って、緻密な絵を描く作業できるようには思えないから、案外本人が踏み台に乗ったり、天井睨みすぎて首が痛くなったり、低いところ中腰で描き続けて腰をやっちゃったりして大変だったのかもねえ。雑面の陰陽師さん。

 できたあ。見てえ。壮観。ボウちゃんと僕と藤堂ちゃんの合作〜。
 白川屋地下通路、悪の陰陽師の手になる落書き、再現でございってね。

 わは、目玉の大きな毛むくじゃらのなめくじみたいなのやら。お団子頭のついたクワガタのハサミみたいなのやら。
 たしかにこの辺、こんな感じだったよねえ。一部僕らの創作だけど。
 かと思えば普通の毛虫が這いずってたり、漢字の崩したようなのがあったり、どう見ても卵子のような記号やら、どう見ても精子のような記号やら。 
 やたらと目が多く描かれてるのも、どういう気持ちだったんだろ。他人の視線が怖かった? 
 一貫性がないな。つながりがあるといえば、有機的〜っていうか? うにょうにょと生きてうごめいてる感じがする。
 ソウゲンちゃんの部屋にある、木製顕微鏡って覗いたことある? 小林規右衛門さんが作った、カルペパー型ってやつ。
 そう、最初に研究室の道具を揃えるときに、ボウちゃんが大八車引いて大坂までついてって、その時に買ってきたものだよ。
 とくに壊れやすいものだからほかの荷物とは別にして、ソウゲンちゃんたら、胸にギュウッと顕微鏡抱っこして帰ってくるんだもの。ちっちゃい子がお人形抱えてるみたいで、かわいかったなあ。
 顕微鏡をのぞいて、池の水とか庭の土とかいろんなものを拡大して見たとき、たしかこんな感じだったよね。うにょうにょ〜って動くのが、なんかいっぱいいる〜って印象。
 四方八方にあやかしが跋扈して、まるで百鬼夜行だ。
 でも、ほんとにただの落書きとしか思えないんだよね。意味が見えない。

 絵に意味がなければ落書きになるのか、って?
 うーん、そうだねえ。
 たとえば、銅鏡があるでしょ。大昔のお墓を掘ったら出てくるやつ。
 こんな話があるのね。
 古墳時代に大陸から海を渡って入ってきた銅鏡を、日本の鏡師がまねて作った。
 でも日本の鏡師のもとには、銅鏡が作られた背景にある意味や逸話はいっしょに届かなかった。もしくは届いたけど、鏡師にはちんぷんかんぷんだったのかも。
 鏡に彫りこまれた吉祥文様を理解せずに真似ちゃったから、日本の鏡師が初めて作った銅鏡は、芋虫がのたくるみたいな、ラクガキみたいな絵が刻まれたニセモノになっちゃった。
 「なんかわかんないまま作ったら、変なのできた」って、子供が粘土こねるみたいなそれはそれで味があるし、今でもその残念さコミで大切にされているけれどね。

 それから、島原の角屋に絵が飾ってある、円山応挙さんの描いた仔犬の絵見たことあるかしら。
 コロッとしててカワイイよね。あー子犬だー、ってほほえましい気持ちになる。本物の子犬がじゃれついてきたときの気持ちが、見た人の中によみがえってきちゃうんだよね。
 犬ってのはこういうもんだ、って腑に落ちている人が描く絵だよ。
 たとえば仔犬を見たことがない人が、円山応挙さんの仔犬図を見て、かわいいから真似して描こうとすると、ほほえましい落書きになっちゃうと思うんだ。
 本質が腑に落ちないまま、うわべだけを写してしまうと、この白川屋の壁の絵みたいなものになるんじゃない。
 背景にある意味を含めた、描く対象への理解の乏しさ。
 同じように感じるなあ。僕はだけど。

 図にこめられた意味、っていえばさあ。
 ちょっと前に、世界中からいろんな国がすてきなものをえげれすに持ち寄って、大きなお祭りをやったそうなの。
 ソウゲンちゃんが、知り合いの使節団のひとりから、いろいろお話を聞いたんだって。このお祭りの名前を「博覧会」って訳した、福沢諭吉さんて人。
 しばらく日本に住んでたえげれすのお人が、その大きなお祭り会場に日本の着物やら茶器やらを並べたら、これが大ウケ。みんなニンジャサムライフジヤマゲイシャに「こんなかわいいもの見たことない!」って夢中になっちゃったそうよ。
 最近じゃ、ふらんすでいちばんおしゃれな街の商店街に、日本ものを売るお店ができて大盛況っていうじゃない。

 たとえばこれ。歌舞伎役者の佐野川市松のお気に入りの着物柄だった、市松模様。
 ただの四角の組み合わせに見えるけど、子孫繁栄の願いが込められている。

 こっちは鱗模様。市松模様と同じく、単純な三角を組み合わせたもの。
 三角がダーッと並んでるところが、蛇や魚の鱗に見えるっていうんで、そう呼ばれるようになった。
 鱗は身を守るために生えてるものだから、魔よけの効果があるって言われてる。脱皮する蛇になぞらえて、「よみがえり」の象徴ともされるね。

 文様の意味って、むかし誰かがこめた祈りだ。それを知らない人にとっては、ただの四角で、ただの三角模様だ。
 自分の生きてきた世界にかかわりのないものだと、丸三角四角を適当に組み合わせてみただけでもそれっぽく見える。「なんか日本っぽーい、おしゃれー、カワイイ〜」って喜んでくれてる異人さんたちには、元の絵とテキトーな組み合わせの絵を並べてみても、どこが違うのかはわかんないんじゃないかな。
 見て「ニセモノだ」って違和感を覚えたり、落書きだなあってほほえましい気持ちになっちゃうのは、絵にこめられた誰かの祈りがそこにあるって信じられるから。

 結局銅鏡は、日本の鏡師のあいだに鋳型をとる技術が生まれて、理屈をなにも理解しないままでも、そっくり同じ形の銅鏡を複製することができるようになった。
 技術が発展して、「なんだかよくわかんないまま、誰でも使えちゃうようになった」。そこは、僕がわけわかんなくてもソウゲンちゃんの作ったエレキテル錫杖を扱えるのに似てるね。

 あらっ、ボウちゃん立ったまま寝てる。
 そんなに難しい話した? 大きなおにぎりの話とかのほうがよかった?
 藤堂ちゃんもあくび噛み殺しちゃって、眠いのに寝オチるの我慢してる寺子屋の生徒みたいになってる。
 ソウゲンちゃんは興味深いのですって言って、僕の話をいつまでも聞いてくれるんだけどなあ。

 つまり、なにが言いたいのかって?
 この壁画を描いた人は、誰かが腑に落ちて描いていた何かの絵を、なんかよくわかんないまま図にしてるんじゃないかってこと。
 もうちょっとなんか理由があるもんなんだよ。人間が作るものって。
 子供に「お母さんの絵を描いて」って紙を渡したら、「ああ、お母さんなんだなあ」ってわかる絵描くじゃない。描かれてるものを読み解けるっていうか。
 大昔の鏡師が、わかんないまま写した銅鏡みたいなんだよね。みみずののたくるようなヘンテコ模様の銅鏡でも、長い間それっぽい場所におかれて、それっぽく拝まれて、いい感じに時間がたてば、今じゃありがたい立派な祭祀遺物よ。
 わけわかんないままのものに、有り余る大きな力を込めちゃった感じある。
 だから見てよ。そこの柱の影。
 目の大きい毛の生えたナメクジみたいなやつが、壁から出てきちゃってるじゃない。
 意味もないのに力だけがあって、誰の祈りも興味ない人の作った式からは、誰にも望まれないものが生まれてくるんだよ。
 ほらそっちの壁も、お目々だらけだ。この絵は目が多いもんね。二足歩行するヒトデみたいなのやら、縦に目がついたフサフサのイカやら、干したたまねぎを大きくしたっぽいのやら。
 ゆるかわお化けが次々生まれてくる。絵面が生き物として雑。

 たぶんこのいいかげんな落書きを書いた人ねえ、とんでもなく自分に自信がないんじゃないかな。
 力のない自分のかわりに、すべてをうまく収めてくれる、この人の神さまみたいなのを呼んでいるんじゃないかしら。

 いくら五匁の魂を集めて強い原動力に仕立て上げたって、受け皿がこんな頼りないゆるかわお化けじゃ、破綻するのが目に見えてるよ。
 そこはどうするつもりなのかなあ。

 雑面の陰陽師よりも、お前のほうがむしろ陰陽師の才能がありそうだ、って?
 どうかなあ。仏さまたちに手を合わせて祈るだけのお坊さんのほうがいいな。
 少なくとも僕は、こんなあやしいものに手を出したらダメよって、わかるだけマシかもね。

 じゃあせっかく描いたけど、このラクガキお化けがお外に出る前に、ソウゲンちゃんお手製の火力マシマシ爆弾使って、ドッカーンって後始末しまーす。
 ごめんね、僕のおうどん侍。あとで念仏唱えてあげるからね。ううっ。

 そうそう。これもソウゲンちゃんが、使節団の人から聞いたって話なんだけど。
 えげれすの万国博覧会で見たアームストロング砲を、日本に帰ってきてから再現した藩があったそうだよ。いくさで当たり前みたいに見かけるようになる日も、そう遠くないかも。
 大砲でどかんとぶっ飛ばされちゃ、僕らの刀もかたなしかもね。
 うーん。大砲のほうが錫杖よりも、いくさとなれば楽ができそう。ソウゲンちゃんに頼んで、斎藤さん、次は大砲に改造してもらおうかしら。
 科学の進歩ってのは、とんでもないよ。
 この国のお化けは、どんどん住みにくくなってくねえ。

 



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−「壬生怪談・百物語…
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