しかし、なんだ。この市女笠なるものは。
巨大な鍋のふたのようだ。そこに透ける布を垂れるとなると、頭から蚊帳を吊っているようなもの。重い。
高貴な女人となると、かくのごとく動きづらい衣装をまとわねばならんのか。不便だ。
いい年をした武士の男が、まさか壺装束をまとう羽目になるとは。
亡き新選組幹部の皆さんには、いつも見守っていてくださるようにと祈っているが、今ばかりはこの妙ちくりんな姿を見ないでいただきたい。
私の隣で同じく壺装束姿のアキラも、同感だとばかりに頷いているが。
反対側ではスズランがキャッキャとはしゃいでいる。なぜ華やかな女人の衣を着ていちばん喜んでいるのが、いい年をした酒クズ親父なのだ。わからん。
なんだ? サクヤ、耳の下から囁くでない。くすぐったいわ。
「似合っている」だと? 馬鹿者、似合ってたまるか。
どうしてこうなった。
京に詣でていた伊勢津藩主の娘が、偶然どこぞの川の神だかあやかしだかに見初められたそうだ。
得体の知れぬあやかしめ、公家連中の夢に出て、「あの姫を生贄に捧げなければ、帝に災いが起こるであろう」と言ってまわっているという。
姫君は病なのだ。医者連中も匙を投げ、残るは加持祈祷に頼るほかはない、という状態でな。
もはや右手右足の先は落ち、右の目は視力を失い濁り。生きながら、身が端から腐っていくのを待っている。
それでも生きる望みを捨てきれず、何人かの信用できる供を連れて、杖をついて神社仏閣を巡っていた。足腰を守護する護王神社に、長岡京の眼病平癒の柳谷観音。神も仏も人の体なぞ治せまいが、藁にもすがりたくなる気持ちは、理解できんこともない。
娘盛りの年頃なのに、二目と見られぬ醜い姿だと、お家のなかでも噂になっている。
本人もそれを気にして、普段は人払いをした離れにこもり、居心地が悪そうにしているそうでな。それが私には哀れで……。
いや、これは容保公にうかがった話なのだが。うむ。
公家連中は迷信を恐れて、津藩主に娘を差し出せと迫る。藩主の娘も、己の異形の見目では、普通の人間の嫁になどいけぬと未来を悲観し、うんと頷いたそうだ。
これほど馬鹿な話はないではないか。
津藩主は、京の都を守るために兵を派遣してくださっている。
なので恩義に報いるために、我々新選組は、時代錯誤な生贄なぞを求める化け物の正体を改め、引っ立てるか斬って捨てるかして、姫君をお救いする。
どのようなモノかは知れんが、雑面ノ鬼どものように群れてかかってくるわけでなし。幸い我々は、魑魅魍魎の類を相手に切った張ったをするのは慣れている。
サクヤ、アキラ、スズラン。貴様たちの働きに期待しているぞ。
は? いつにも増してやる気? 私が娘と知り合いなのかと? なぜそう思う。なんでそんなキレてんの、だと?
……いや、普通だ。容保公直々のご命令なのだから、やる気にならぬほうがおかしい。
──伊勢津藩主の娘を、本日子の刻、野里村の住吉大神宮に捧げよ。
野里村は淀川の下流、大坂湾に流れこむ直前の川沿いにある村だ。
「妹が名は千代に流れむ姫嶋の子松が末に苔むすまでに」と万葉集にある、姫島のあたりだな。
野里村の住吉大神宮。ここか。
ごく普通の神社に見えるが……。
生贄を求めるような悪しきモノを祀っているのだろうか。
物知り坊主。貴様の出番だ。なにかわかるか。
「はいはーい。野里の住吉大神宮。神話で伊邪那岐命が黄泉国から戻ったときに、禊を行って生まれた兄弟神、住吉三神を祀る神社だよ。そこは全国各地にある住吉神社と同じで、悪しきモノとかではないよ」
「むしろ関わりがありそうなのは、この神社に古くからある「一夜官女」の伝説のほうじゃないかな。昔むかし、度重なる水害や疫病に襲われて、多くの犠牲者が出ていた野里村は、「泣き村」と呼ばれていた。そんな折に、村人たちに神のお告げが下った」
──毎年正月に、白羽の矢が打ちこまれた家の娘を、生贄に捧げよ。
「生贄に選ばれた娘は、親子の別れの盃をかわし、泣く泣く住吉大神宮の龍の池に捧げられていった」
「ある年、のちに豊臣家に仕えた岩見重太郎さんっていう若い侍が村を通りかかった。重太郎さん、神さまが人間の命を欲しがるのは変だっていうんで、生贄の娘に化けて身代わりになることにした」
「重太郎さんが神社の池のほとりで待ち構えていると、見たこともないほど大きな狒々がやってきた。こいつが神さまのふりをして、娘さんたちを喰ってたのかって知った重太郎さんは、大きな人食い狒々を成敗。めでたしめでたし」
神の力なぞない狒々が、村人をだまして娘をさらい、無為に食い殺していた。
結局、神などどこにもいなかった、という救いようのない話ではないか。
なに。そうでもないかも、だと。
「御伽草子に出てくる一寸法師は、子のない夫婦が住吉大神に祈って授かった子。いわば住吉大神の申し子だよ。一寸法師になってしまったサクヤちゃんが、お姫様役の藤堂ちゃんと一緒にここにいるのも、なにか神さまのお導きなのかも〜って気がしない?」
坊主が語る神も仏も、私にはよくわからん。
サクヤもそう言っている。相手が神でも狒々でも、斬って捨てるしかできんと。
さて、そろそろ子の刻になるが、何が出てくるか。
鬼でも蛇でも神でも狒々でも、人の命を奪って食らう、雑面ノ鬼どものごとき悪しきものなど、我々新選組が斬って捨ててくれる。