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壬生怪談・百物語




〇四三・誤診(ソウゲン)


 医者仲間に聞きこみ調査にいった際に、うっかり拘束されました。
 咎人になったときのように何処かへと運ばれて行き、気づけば小生は、実家に戻ってきておりました。
 父親と向かいあっています。最後に見たときよりも痩せて、ずいぶん年を取って、くたびれたように見えます。
 屋敷の中はがらんとしていました。家具には差し押さえの札が貼られ、生活も昔からは考えられないほどに苦しいようです。
 なんというか、終わった家のにおいがしました。
 「本当に生きていたのか」と、父がぼんやりと言います。
 それで、家の現状について、ぽつぽつと話し始めました。

 小生の実家は、お取り潰しになってしまったようなのです。
 家督を継ぐ長男が誤診を出したと。藩主の家臣の病を悪化させ、あやうく死にそうになっていたところを、ほかの医者にかかって治ったというのです。
 話を聞いた藩主は、ヤブ医者にしもべを殺されかけたと激怒し、一族の男たちを捕らえて死罪にすると命じた──。

 どうもおかしな話だと感じました。
 一族はみな、腕のよい医者ばかりなのです。

 ──まじめにやってきたというのは、間違いない。

 父は、うなだれておりました。
 藩主に取り入った悪徳医師が、甘い汁をすするために、商売敵の我が一族をつぶそうとしているのだ、と。
 医者は患者を治すのが使命ゆえに、政治や商売の面では脇が甘かったのは否めない。
 悪党に騙され、治療と称して大金をまきあげる山師の一族の汚名を着せられ、すでに刑死したことになっている小生以外、家の男はみな首を斬られることになりました。

 父だけは、これまでの功績を鑑みて特別に赦されましたが、息子の死を見届ける役目を背負わされることになったのです。老いた男にはもう何も出来ぬと、侮られ、見逃されたのでしょう。
 生きながらえたとしても、医者の家を続けるには跡継ぎがおらず、そも評判の悪い医者のもとに病を診てくれといって来る患者はおらぬ。
 どこかよその土地へ行って、身ひとつで薬売りでも始めて暮らすほかにはない。
 父はそれと決めておりましたが、そうなると残された息子の妻が憐れなので、「お前がもらってやってくれ」と小生にいうのです。

「兄嫁は、医者の妻のまま死にたいという。部屋に閉じこもって、書をしか相手をせず、夜な夜な墓場からひろってきた躯を開いていたお前は、家の女連中にはすこぶる評判が悪いが、医者には違いない。お前で辛抱してもらうしかない。実験台にするというのなら、死ぬ覚悟もできている女だ」

 そんなふうに、無茶なことを。
 うちは古くから続く医者の家ですので、兄はそれなりの家柄の娘をもらっておりまして。歳がいっているので、今更実家に帰ったとてふたたび嫁ぐ先もなく、もうどこへも行けぬ女だというのです。
 アキラ殿が聞いたら、お怒りになりそうな物言いですが。
 自分には心に決めた方がおりますと言っても、父にはまるで信じてはもらえませんでした。
 お前に人を好きになる心なぞあるものか、この年まで見ていれば、今更手遅れだとわかる、と。
 
「救ってくれると信じていた患者を、力及ばず死なせてしまったばかりではなく、墓を掘り返し躯を切り開いて、知識欲を満たすために慰み者にした。
信じてくださっていた患者と、残された者たちの心を裏切り踏みにじる蛮行、とうてい医者の所業ではない。下劣な辻斬りと性根は変わらぬ。
お前ばかりは犯した罪の責任をとり、死んだままでいてくれればよかったものを──」

 父が悔しそうな顔をして吐き捨てたことが、すっと腑に落ちました。
 なるほど。はじめて話が理解できたと思います。
 茂吉さんの墓を掘り起こし、ご遺体を改めようと提案した際に、「ダメだよ」と止められたスズラン殿の姿が思い浮かびます。

 死んだ躯は二度死なず、知識となって己の脳の中に蓄えられ、皆の役に立つ。以前の小生は、墓をあばいてご遺体を盗み出すときは、そういう感覚でした。
 しかし残された方々にとっては、躯を刻まれるのは二度殺されると同じこと。傲慢でした。せめて事情をお話しし、許可をいただくべきだった。

 そう言うと、「殊勝なことを」と父は驚き、別人のようだとため息をつきました。
 小生も、山南敬助殿の替え玉になって、たしかに別人のようになったと感じます。
 同じ人間ではあるのですが、他人に生まれ変わり生きなおすとなると、前と同じふるまいはできなくなるようなのです。

 墓を掘り起こして、お棺を引き上げるとき。
 今でも毎日のようにあることです。新選組に入れば、自由にしていいというお約束のご遺体が、山のように出ますので。
 体から浮いた五匁の魂がもしあるとすれば、どこかで見て悲しんでいるやもしれぬと、最近では考えるようになりました。
 それを祈り慰める者の行いも、決して無為などではないと知っております。
 父にそう伝えると、「兄がここに並んでいれば、あのソウゲンが人間になったと、家族で喜んでやることができたのに」と、喜ぶような虚しいような、なんともいえない顔をしておりました。

「兄嫁をお前が娶り、家督を継げ」

 父が小生になにかを命じたのは、これが最初で最後ではないでしょうか。末の息子ゆえ、これまで自由気ままに暮らしてまいりましたので。
 父も兄嫁も、追い詰められてしまっているのです。何につけても極端な一族なのです。みな医の道を歩む者ばかりですが、いま医者が必要なのはこの人たちのほうでしょう。
 
「ちなみに兄嫁は十二人おる」

 厳粛に父が言いました。兄の数だけ嫁がいるのです。
 正気の沙汰ではないなと、小生は思いました。




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