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壬生怪談・百物語




〇四四・誘拐(藤堂)


 見廻りに出たきり帰ってこぬなと思ったら、そういう理由か。ソウゲン。
 「ご足労おかけし申し訳ありません、このざまですので」と。うーむ。なにも息子を椅子に縛りつけることもなかろうに。
 ところで貴様のうしろに立っている、しびとのごとき青ざめた顔をしている女人たちが、今聞いた十二人の妻たちなのか。話が無茶苦茶ではないか。
 貴様の家の者は、みな極端だな。スズランが知ればなんと言うか……。

 さて、この場でなんとも切り出しにくい話題だが──。
 スズランがかどわかされた。

 仕事のさなかに忽然と姿を消し、探せども足取りはつかめず。
 さてはあやつ、何かの事件に巻きこまれたかと調べていると、捜査を止めるよう、容保公に対して幾度か嫌がらせがあった。
 下手人は、人の耳があるゆえ名を伏せるが、会津藩ともゆかりのある、どこぞの藩主だ。

 先日我々は、容保公より直々に賜った任についていた。敵を油断させるために女人の着物を着て変装し、津藩主や公家を脅迫したあやかしを討伐した。
 その道行きをたまたま見ていた、お忍びで散歩をしていたどこぞのお偉方が、スズランを見染めたようなのだ。
 化け狒々に捧げられる生贄と勘違いをし、獣に食わせるくらいならば自分が貰うと、攫って帰った。

 その藩主を調べてみたが、逆に清々しいほどに悪い噂しか出てこぬ。
 若く美しければ男も女も問わず。出先で見目の良い者を見染めては、金にあかせて手籠めにし、嫌がれば荒っぽい連中を使って強引に攫っていく。
 気が済むまで慰み者にしたあとで、壊れてしまえば獣のえさに。まだ使えるうちに飽きてしまえば、薬に漬けて店に売る。
 民には重税を課し、その金で放蕩三昧。よくもまあここまでという、悪人の見本市のような男だ。

 ソウゲン。貴様の兄たちは、おそらくまだ首の皮がつながっている。
 スズランをさらった変態藩主は、荒っぽいのとつるんでいる、と言っただろう。
 貴様の実家に難癖つけて陥れ、一族の男をまとめて死罪人にしたのは、そやつらだ。

 死罪を言い渡された医者一族はみな、名に覚えのある「踪」の一文字がある。
 それですぐにスズランは、ソウゲンの身内と気づいたのだろうな。ちょっと待った、と声をあげた。
 悪逆非道の藩主とて、手に入れたばかりの新しいおもちゃを気に入っているうちは、大事に扱うだろう。
 加えて斎藤一は、会津藩お抱えの新選組の侍だ。それをさらったとなると、さすがの悪徳藩主の立場もまずいが、おもちゃが自分の意思でそこにいるというならば、誰にも咎められぬ。
 スズランは見目の良さばかりではなく、口もよくまわる。医者一族の助命嘆願を聞き入れてもらうかわりに、そういう取引をしたようだ。

 ソウゲンの身内の命は、藩主の機嫌ひとつ、スズランの口と尻の具合次第ということになる。
 近々無事に解放されるかもしれんし、スズランがなにかヘマをやらかせば、全員処刑となるかもしれん。多くの人命が、坊主の尻穴ひとつにかかっているというのは、かなり気が重い話だ……。
 チャラチャラした助平坊主ならば、房中術のひとつでも覚えているのではと期待したいが。
 ……いや、処女? しかも童貞だと?
 まあ、あやつあんな感じだし、そんなところだろうと思っておった。十中八九、また泣いておるな。
 変態は、音の出るおもちゃを好むかもしれんが。

 なんだ平隊士。急ぎの用事か。
 例の変態藩主から、屯所に宛てて手紙が届いただと。

『医者。至急』

 スズランの字だ。あやつどうした。尻に穴でも開いたか。
 「落ちついてください、はじめから開いています」だと。うむ……。それはそうだ。
 どうやら自分で思っているよりも、気が動転しているらしい。

「承知。では、まいりましょうか」

 表情ひとつ変えずに縄を抜け、縛り付けられていた椅子から立ち上がる大男。貴様の身内が、化け物を見る目をしているぞ。ソウゲン。

「縄抜けの方法は、ギャタロウ殿直伝なのです。器用なものでしょう」

 新選組は気高き侍の集団のはずだが、いつのまにやらびっくり人間寄せ集め大会みたいになっておるな。嘆かわしいことだ。




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