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壬生怪談・百物語




〇四六・隅暮(???)


 ──私は、金剛山のあじさいの森に住むなめくじでした。
 花の上で昼寝をしているところに、庵の地蔵にそなえる花をつみにきたスズランが、うっかりちぎって巣に持って帰ってしまったのです。

『あらっ、なめくじちゃん。体が僕とおんなじ色。おそろじゃない』
 
 花の上にいる私に気づき、驚いたスズランもまた、山では珍しい紫色の毛色をした仔狐でした。

「紫色の狐ですか」

 はい。そういう風変わりな色の生き物が、最近は稀に山で生まれるようなのです。
 当時我々は、お互いに生後間もない赤ん坊でした。年が近く、同じ紫色の体をしているので色々と話がはずみ……。

『いっしょに住む?』

 スズランはそう言ってくれました。生まれてすぐに父親を狼に喰われて亡くしており、話し相手がおらず寂しかったのでしょう。
 私も、人語を解するがゆえに普通のなめくじの群れにうまくなじめずいたので、ありがたく申し出を受けました。
 スズランの父上が建てたお堂のすみっこに、森のあじさいをいくつか植え替えて、そこで住ませてもらうことにしました。

 人里を追われたお坊様がやってきて、名無しの獣だった友人に、スズランという名をつけたのもこの頃でしたか。
 私は人に嫌われてばかりのなめくじなので、姿を見せるのが恥ずかしく、花に隠れてじっとしていましたが、ふたりの話を後ろで聞いているのは楽しくて好きでした。
 とくに、花には「花言葉」なるものがあるという話が好きでした。海の向こうの国には花言葉辞典なるものがあり、花の名前ごとにそれぞれ意味があるというのです。
 立派なお坊様が、好いた女人を喜ばせるために覚えたのだと聞いて、人の恋に恋する年頃だった我々は喜び、スズランなどは興奮しすぎてお坊様のまわりを跳ねまわっておりましたっけ。
 足の遅い私がスズランの頭の上に乗って、お坊様がよく口ずさんでいたよさこい節の歌を唄いながら、雨の山中を歩きまわっていたあの日々。懐かしい話です。

 スズランが山を降りたのちのことです。
 あるとき日照りが続いて草木が枯れ、私も干からびて死を待つだけの状態でした。
 そんな折、山へ避暑に来ていた大名の娘が、乾いた土の上にいる私に気付いて拾い上げ、お屋敷の庭のみずみずしく咲くあじさいの上に放してくれたのです。

 人間はみな、なめくじなど気持ちが悪いと嫌うでしょう。
 それだというのに命を救われた私は感激し、優しいお嬢さんになにかご恩を返せまいかと、それから毎日考えておりました。
 お嬢さんは、見た目よりもずっと幼子のような振舞いをされます。どうやら生まれつきの理由で、知能の育つのが遅れているようでした。
 私のことを、かたつむりと間違えたようなのです。あじさいの上にいる私を見かけたときに、そう呼ばれたのでわかったのですが。
 親は「気狂いの娘」と罵り、愛情ひとつ注がず、とうとう肺病までわずらったので、何の役にも立たぬならば不要だと、山奥の屋敷に押し込めてしまいました。
 そう、この男です。娘にひとつも関心を持たぬ父親でした。
 屋敷へ訪れるのは、娘の顔を見るためにではなく、あこぎな商売の企みごとをするときだけでした。
 おそらく、商売敵で目の上のたんこぶの医者一族──ソウゲンさん、あなたのお身内を貶める算段も、そこでつけていたのでしょう。

 ある朝、私が目を覚ますと、皿の上にいました。
 近くを流れている川で釣った鮎を塩で焼いたのといっしょに、私のお気に入りの寝床のあじさいの花が、盛り付けられています。料理の飾りに使われてしまったようなのです。
 この男は、花の寝床でまだ寝ぼけていた私に気づかず、魚も花もまるごと口に入れて、ほとんど噛まずに飲みこんでしまいました。
 あとは……お医者様ならおわかりでしょう。
 あじさいの毒が全身にまわり、この男は事切れました。私はほうほうのていで胃袋から逃げ出し、はいずっているうちに脳についたのです。
 気が付くと、私はこの男になっていました。

 どうやら私は人間に、化け物、化けなめくじと呼ばれるあやかしのようなのです。
 本来憑くのは得意ではありませんが、人間の躯にとりつけば、まるで本物の人間のように振舞える。人がどうやって歩いているかを説明するのが難しいように、うまく理屈を説明することはできません。

「スズラン殿も」

「察しがよくて、ソウゲンちゃんはあいかわらず神様みたい」

 ──起き上がった私が、なにもわからず右往左往していたら、この男の家臣たちは、毒を口にしたせいで記憶が混濁しているものと思いこみ、この城まで連れてきました。
 何とかごまかしつつ、毎日をしのいでいましたが……。
 今こそあのお嬢さんに恩返しをする機会なのではないか、と思うようになりました。
 干からびて死にかけていた私を、かたつむりと呼んで助けてくれた、この男の娘を山奥から呼び戻し、診てくれる医者を探しました。
 しかし結核は治らぬ、不治の病と聞いて、望みをなくしていたのです。
 それでもせめて、与えられるものは与えたい。たとえ短い時間でも恩返しをしたい。
 そう思い、私は生きていたころのこの男とは違う、良き父親役を演じることにしたのです。

 しかしながら、私は人間の生活など想像もつかないし、どうすれば病のお嬢さんを治せるのか、どうすれば生前のこの男が苦しめていた人々を助けられるのか、わからなかったのです。
 具合が悪いと言い訳をして部屋にこもってばかりで、何もできず……。 
 そんな折、真夜中に気晴らしの散歩に出かけた先で、友達のスズランの姿を見かけたのです。
 スズランは頭が回る。お山にいたころは、なめくじにはとてもできないことを、なんでも解決してくれました。藁にもすがる思いで、あの僧侶を城につれてきてくれと家臣に命じ……。
 荒っぽいやり方になってしまって、本当にかわいそうなことをしましたが、こうするほかなかったのです。

 スズランはすぐに私の正体に気づき、善いこととはどうすれば行えるのかを、教えてくれました。スズランを拾ってくれた新選組で学んだという、ゴキゲンでアゲアゲな人助けのやり方というやつをです。
 「ソウゲンちゃんは、日本一スゴイお医者様よ」と、あなたを紹介してくれました。
 「ナメ助ちゃんの恩人のお嬢さんのこと、ぜったい治してくれるって」、と。
 ……はい、ナメ助が私の名前です。初めて会った日に、スズランがつけてくれました。

 しかしそのせいで、生前のこの男とともに悪事に加担していた人間は、自分たちの仕事がやりにくくなると言ってスズランを敵視し、闇殺しなる暗殺者を雇い、命を狙っています。
 私が少しでも離れれば、襲われて殺されてしまうでしょう。隣についていても、器用に毒を盛るのです。味方がいない。
 そんなときに、あなたが来てくれた。

 お医者様。ソウゲンさん。
 お山にいたころ、スズランが一時期、酔っぱらったように踊りまわっていたことがあり、気でも狂ったのかと心配していたことがあります。
 好いたお人ができた。躯拾いのお医者様だ、猟師の罠から救ってくれて、怪我を治してくれた薬師如来さまだと。
 あなたに恋をして人間になるのだといって、そんなことができるものかと、皆に馬鹿にされていました。
 しかしスズランは、なかなかその気にはなりませんが、気分がノッてしまうと、もう誰にも止められないのです。
 あのお人に恩返しにいくから山を降りると、とりついた首無しの躯に頭をつけるのも忘れて飛び出していった姿を覚えています。
 お節介なのはわかっていますが、つがいになれぬなら襟巻でもいいとまで心に決めた友人に、どうか報いてやってほしい。
 この通りです。




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