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壬生怪談・百物語




〇四七・心根(ソウゲン)


 なるほど。あのときの。

 娘さんの処置が済みました。
 以前、同じ病の患者に投与した新薬の、副作用をおさえたものです。いや、先に人体実験をしていた甲斐がありました。
 スズラン殿が服用された毒は心配無用なのです。少量ですので死にはしません。食と酒を何よりも楽しみにしているあなたが、よく我慢をしましたね。

「何も言わないのね、ソウゲンちゃん。怒ったかしら。それとも笑っちゃう? お山の狐が人に恋なんかして」

 なぜです。

「人と獣はつがうことなんてできない。ソウゲンちゃんも、僕に愛想つかしちゃったんじゃないかな。気持ち悪くなっちゃったら、いさぎよくふってくれてもいいのよ。嘘ついてた僕が悪いんだから」

 スズラン殿。どうも思い違いをされているようですが。
 人であれ躯であれ、狐であれあやかしであれ。どのような姿かたちであれ、構いません。
 小生はあなたの五匁がいとおしいのです。
 愛した者とつがいたいと感じるのに、人も獣もないように小生は思うのですが……。
 あなたの心はいかがか。私は添い遂げたい。

「狐だけど。ついでに、男の子だけど」

 はい。

「お化けだよ」

 かわいらしいお化けですね。

「まだ二歳だけど」

 それは、手を出すのはいかがなものか。

「……わああああん。うれしいよおおぉ。うわあああああん」

 スズラン殿の腕が小生の腰にまわり、ギュウと抱きついてこられました。
 そのまま幼子のように泣きじゃくるお姿を見ていると、ようやくこの方の心に触れさせてもらったのだと、しみじみと感じ入るものがありました。

 同郷のご友人のナメ助殿も、「よかったね」と、スズラン殿を見て嬉しそうにしておられました。
 でろりと垂れた藩主の躯のぶあつい舌の上で、ピカピカと明滅を繰り返しているのは、人でいうとニコニコと笑っているような感情表現にあたるのでしょう。
 なめくじが喋ったり光ったりする仕組みが、いったいどうなっているのやら、まったく想像もつきませんが。うーむ。
 発声器官と発光器を備え、人と同程度の知能と倫理観を持つ新種ということになるでしょうか。さすがスズラン殿のご友人。興味深いのです。

「でもでも、ソウゲンちゃんほどのお人が、僕みたいな獣とつがって、祝言のときにみんなにお祝いしてもらえないのはいやだよう」

 スズラン殿が、鼻を鳴らしながら言われたところに、間者を片づけた局長殿たちが戻ってこられました。藤堂殿が大股でやってきて、スズラン殿の頭に拳骨を落とします。

「先日、大狒々を駆除したおりに、お主はどうも必要以上に肩入れをしているようだった。あれに自分の境遇や在り方を、似ているだとか考えて重ねているのならば、見当違いだ」

「貴様にはしびとを悼み、仇敵ですら魂の安寧を願い、祈りを捧げる豊かな心がある。人心を私欲により踏みにじろうとたくらんだ件の大猿とは、何もかもが違っている。人か獣かという問題は、貴様の中だけにあるにすぎんのだ。このバカチンが」

「ふええ……。藤堂ぢゃん……。ゲンコツ痛いい……」

 局長殿が応援を要請し、スズラン殿の命を狙う暗殺者は、新選組が一人も逃がさず片付けました。雑面ノ鬼や人知を超えたモノたちとは異なり、普通の人間相手となると、あっというまに仕事は終わり──。

 生前の藩主にとりいっていた悪徳医師は、虚言を吐き、代々続く医者一族の名家を陥れた罪で捕らえられました。
 咎人となっていた兄たちは晴れて無罪放免となり、これで死罪人の立場が入れ替わったことになります。
 一度は傾いていた小生の実家も、『僧侶に諭されて心を入れ替え、善人になった』というテイのナメ助殿のお声がけがあり、藩主お抱えの医者の家として存続することができました。
 肺病の娘さんも、ひとまずは持ち直し、今でも小生が診に訪れた際などは、父親役が板についてきたナメ助殿に、小生とスズラン殿の恋バナなるものをせがまれます。
 兄嫁たちも、次々に元の家に帰っていきました。
 ようやく、面倒な家のしがらみなるものから解放されたのです。

 小生、実家にはもう帰ることもないだろうと思うのですが、今でも父より文が届くことがあります。
 息子の小生ではなく、スズラン殿に宛てて、近況を尋ねる手紙が。
 なるほど、部屋の隅に置かれたまま読まれもしない手紙を出すよりは、筆まめで感性の豊かなお人に文を出したほうが、意味のあるものでしょう。
 「お薬畑に咲いたお花で、お父様に押し花のしおりを作るの」と、スズラン殿が笑うお顔があまりにもまぶしく、好いたお人が己の実父を同じく父と呼ぶとは、たいへん感慨深いものだと思う次第なのです。

 意外にも、実父はスズラン殿のお父上と交流があったそうで。
 話を聞くと、ああ、あの方がと。小生も知己でしたので。知ったつもりで知らないことが、まだ身近な場所にもたくさんあるようですね。
 親の間での口約束があり、知らぬ間に許嫁だったらしいという話をしていると、あの方はきゃあきゃあと喜んで童のように転がりまわっていましたが、またそのさまがかわいらしく、胸があたたかくなりました。

 胸のうちに浮かんだとりとめのない言葉を伝えると、そんなささやかなもので、スズラン殿はたいそう喜ばれるようなのです。
 その顔がなんとも愛らしく、いとおしいので、今後は小生とりとめのない言葉を余さずあのお方に注ごうと、そう思ったのです。

 また、霊験あらたかな黄金の打ち出の小槌なるものを、藩主より賜った褒美という名目で、実際はギャタロウ殿がかすめてきたのです。
 「これでサクヤがもとに戻るんギャねえか」と、ギャタロウ殿が何度か小槌を振りますと。
 打出の小槌なるものに、本当に不思議な力があったのか。小生が改めて作って投与しておりました薬の効果か。それとも相乗効果があったのかもしれません。
 山のように大きくなるサクヤ殿。それを見上げる面々。誰からも言葉はなく。
 その日、屯所の前に新しく山が一つできたこと。
 スズラン殿と本当の意味で心を通わせたこととあわせて、どちらも忘れがたい出来事なのです。




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