息ギャ苦しい。どうなってやがんだ。ここはどこだ、真っ暗だ。
そういやオイラ、捕まって穴に埋められちまったんだっけ。
うえっ、口の中に泥が入ってきやがった。ぺっぺっ。オエッ。生臭くて冷たいので喉が詰まりやがる。ゲホゲホッ。
逆になにがあったんだっけか。思い出せ。
オイラはこんなところで終わる人間じゃねぇぞ。
そう、この辺の村の奴らに酒をたらふく振舞われて、酔っぱらっていい気持ちでおねんねする前に、茨田(まんだ)堤の話を聞いたのよ。
大山崎のあたりにある淀川の合流地点から下っていくと、枚方を抜けたあたりに、川がゆるーく曲がりくねったところがある。
昔々のお話よ、このあたりは淀川でもとくに氾濫が多かった。
まともに畑も作れないってんで、時のお偉いさんが……誰だったか、仁徳天皇だったっけ。いつの時代の人間だか、オイラにゃ知ったこっちゃねえが、堺のほうにバカでかい、池に浮かんだ島みてえな変な墓があるお人だっけ。
そのなんちゃら天皇が、治水工事をすることになった。
大昔に今みてぇな便利な道具があるわけもなく、難儀をしている天皇の夢の中に、ある晩、神さんがギャーンと現れて言った。
──武蔵国の強頸絶間(こわくびたえま)と、河内国の茨田連衫子(まんだのむらじころもこ)という二人の人間をいけにえに捧げよ。さすれば堤は無事完成する。
てなわけで、なにがし天皇は神さんのお告げのとおり、人柱を二人用意した。
河内国……大坂に住んでた茨田連衫子はともかく、武蔵国となるとお江戸のあたりから、強頸絶間はわざわざ連れてこられたってことになる。
逆にいったいそいつぁ、何をやらかしたのかねぇ。
強頸絶間は、ギャっという間に人柱にされちまったが、茨田連衫子は「逆にちょっと待った」と声をあげた。
ナニナニ天皇の夢枕に立った神さんとやらが、正真正銘本物の神さんならば、人間の生贄なんぞ欲しがるはずがない。そいつは偽物の神さんじゃねえのか。
もし本物だってんなら、今からひょうたんをふたつ川に投げるから、そいつを沈めてみやがれってんだ。ひょうたんが沈めば、オイラも腹をくくって生贄になりますよ、と。
茨田連衫子が投げ込んだひょうたんは、沈まなかった。
やっぱ偽物の神さんだったじゃねーか、そういうことでお疲れさん、オイラ帰るわ、おまえらもさっさとクソして寝ろってんで、茨田連衫子は解放されて、結局生贄なんかなくても堤は無事にできたし、強頸絶間ひとりだけが死に損だった、ちゅー話。
「茨田堤」って名前も、とんちで生き延びた茨田の名前だけが残ってるんだよ。逆に生贄になった強頸がバカみてぇだよなァ。
なんでオイラが、ンな昔々のおとぎ話を詳しく知ってるかってえと、酒飲んでるときに、村のやつらが言ってたんだよなあ。
強頸絶間の霊が、無駄死にした己の身の上を恨み、此度の水害を起こしているのだーとかなんとかよ。
川の氾濫なんざ、毎年起こってるじゃねーか。生贄の強頸絶間にそんな力があるんなら、逆に川の神より強いわ。
そも、大昔のおとぎ話だ。もう人柱も成仏してんギャあねえか。
実際、村の連中もなぁ、もういっぱいいっぱいの暮らしなんだなァってのは察するわけよ。
ご立派なお公家様お武家様が暮らす京の都ですら、あんだけ荒れ果てちまってんだい。飢饉は起こるし、テメェが明日生きてるかも知れたもんじゃねェ。
この元治の世の人間が、逆に古代人の茨田連衫子よりも迷信深くなっちまってよォ。
で。オイラが泣く子も黙る新選組のお侍さんとも知らず。
この辺の村の奴らァ、体に咎人の入れ墨刻みまくった男なんざ、まともな人間じゃあねえと決めつけて、こいつを捧げて強頸絶間の霊に納得してもらいましょうってんで──オイラはこうして、堤の下に埋められちまったってえワケよ。ぺっぺっ、うええ、口ん中がヌルヌルする。
オイラといっしょに仕事に来てたおスズちゃんも、「いや、人間ひとり埋めたぐらいで、川の神様が言うこと聞いてくれるわけないじゃない」と、えらい坊さんみてえな真っ当なことを言って止めようとしてくれたんだが。
穴の上じゃあ「ついでに埋めちまうか」「んだんだ」てぇ話になったようで、「アアアア」と情けない悲鳴のあとで、ボソボソと土かぶされる音が聞こえてきた。
あいつもどっかに埋められちまったな。
オイラはでかい棺に入れられたから、しばらくはまだ息が持つが、坊主のヤツは大丈夫か。
あいつはたしか、化け狐だったんだっけ。もぐらにでも化けて逃げられりゃいいが、坊主がそんなに器用な真似してるとこ見たことねえ。
お化けにしても下っ端の、あんまり化けるのうまくねえ狐なんだろうな。
いや、逆にこれは、さすがにまずいんじゃねえの。やべーって、誰か助けてくれよお。
ボウのやつは何してたっけ。宿でたらふくおまんま食って、酒飲んでたわ。あ、アカンやつだわ朝まで起きねえやつだわ。
意識ふわふわしてきた。ちくしょう。こんな終わり方ってあるかよ。まだ酒も女も全然足りてねえ。
ガキどもは相変わらず腹すかせっぱなしだし、オイラようやっと新選組の人助けとやらが楽しくなってきたとこだってのによ。
いっしょにどっかに埋められちまったらしいスズランだって、薬になるめずらしいキノコを山で見つけて、お医者先生にあげるんだってんで、「嫁入りキノコだなあ」って冷やかしてやったばかりだ。
相手を喜ばせてやるって言ってるあいつがいちばん、うれしそうな顔しててよぉ。こんな理不尽なことってねえよな。
ぼーっとして考えが定まらねえ。
なんだあ。夢でも見てるのかもしれないが……。
ギャタ兄、って、ガキどもの声に呼ばれたような気がする。
あの声は、この前とつぜんプイといなくなっちまって、あれきり姿を見ないあいつらだ。
お迎えにきやがったのかねえ。
…………。
気が付けば、岸辺のぬかるみに半分体埋まって、空を見上げている。
よく覚えていねえが、誰かに泥んこの中から掘り出されてたような。
うっすらとした夢みてえな感じだったが、グルグルの簀巻きにされて埋められたオイラが、こうして穴の上で息吸ってるんだから、全部が夢ってわけでもねえだろうよ。
なんだ、河童にでも助けられちまったかい。一番星の野郎と相撲をとった河童の正体は、物騒な泥人形だったって聞いたが。
あたりはくっせぇ。独特な垢のにおいが漂っていて、そういえば──。
前に、スズランに聞いたことがある。
河童は川に住んでるから、河童と呼ばれるようになった。山に住んでる山童が水に入って、河童になる。逆もある。住む場所や、食ってるものが違うだけ。もとは同じモノだ。
するてぇと、いつかいなくなっちまったガキどもは。
くせぇ山童にくっついて、いっしょに行っちまったギャツらは──今はおおかた川の中で、仲間と楽しく暮らしてやがるみてぇだ。
竜宮城みてェな豪華な御殿だといいなあ。オイラの弟分ともなっちゃ、それっくらいの何不自由のねェ暮らしをしてるに決まってる。
しかし、水のなかに住むようになっても、やっぱ臭いんだなぁ。
「ギャタ兄」、と。今度は幻聴じゃねえらしい。
ボウだ。珍しいな。酒入ったあとだってェのに、起きて動いてら。
なんだ、心配いらねーよォ、このとおりオイラはピンピンしてら。
ところで、スズランはどこだ。あいつもいっしょに埋められたはずだ。
おーい、スズよう。どこだ。このあたりにいるんだろ。確か、音が聞こえたのはこのあたり……。
おお、おお、あった。見つかった。しかし、なんだこりゃ。
地面から、ふっかふかの狐の尾っぽが生えてやギャる。
しっぽブンブン振ってるが、苦しいんだろうなあ。息ができなくて、つい出ちまったんだなぁ。
ボウよ、そーっとな。ちぎれないように引っぱりあげてやろうぜ。
狐坊主がオイラの入れ墨を見て、うるせえことを言うような野郎なら、弱みを見つけてここぞとばかりにつついてやったが……いいギャツなんだよなあ。ふつうに。
そういや、アキラも言ってたっけ。
女扱いするなと、いくら言っても聞かぬ男だが、それは女を女扱いして大事に扱いたいという、こいつのわがままだ。普通にいいやつなのだ。己の信条を通しているだけだとわかったので、もうどっちが余計に頑固だかという話になってきている、と。
まあ坊主に限らずボウもほかのも、風変りだが気持ちのいいギャツらだよ。
さて。骨が折れそうだギャ、なんとか掘り出してやるか。
それにしてもこいつはよう、いつでもかっこつかねえなあ。
ボウも、ふさふさの尾っぽ見下ろして、笑うの我慢してるみてえなぬるい顔しやがって。
そうさな。オイラたちゃなんにも見てねえもんな。
知らねぇフリしてやろうぜ。
さてさて、村の奴らに見つからねえうちに、とっととトンズラだい。
こんなところに長居しても、ろくなことにならねえよ。
舟だ舟、村の誰かの持ち物だろうが、コイツをちょろまかしてやろうぜ。
底に穴は空いちゃいねえな。おっ、ボウにスズよう、櫂のかわりになりそうな、ちょうどいい棒っきれを持ってるギャねえか。
げぇ、村の奴ら追ってきやがった。
物騒な鉈や鍬やら振りかざしやがって。さっさと舟を出すぞ。
うわあ、アイツら、必死に泳いでついてきやがる。とっつかまったらまた穴の中だ。
おう坊主、エレキテルのビリビリで……って。そりゃ、オイラたちも巻き添えになりゃしねえか。
大丈夫? ビリビリは木の板には流れないから、って?
へえー。そういうもんかい。新選組で、お医者先生の次にエレキテルに詳しい男の名は伊達じゃねぇな。
おうおう、エレキテルのビリビリで、人も魚も腹見せて、プカプカ浮き上がってきやギャった。
心配すんな、死にやしねぇよ。しばらくすりゃ痺れも抜けて、動けるようにならあ。
オイラたちを生贄にしようなんてふてぇこと企みやがったこたぁ、追って沙汰する、なんてな。
お? なんだありゃ。
川下からなにか黒い影みてぇなのが、コッチに向かって遡ってきやがる。
魚か? いやそれにしちゃでかい。ちょっとした船なら飲みこんじまいそうだ。
川面にプカプカと浮いた人や魚が、次々に水の下に沈んでいきやがる。
一度頭が見えなくなったやつは、浮かんでこない。
まさか、食われちまったか。
コイツもしや、屋台引いてる夜に聞いた「幽霊くらわんか舟」の話に出てきた、淀川に出る正体不明の黒い影ってギャツじゃねぇか。
おいボウ。ビビってオイラに掴まるのはいいが、舟揺らしてひっくり返すんじゃねえぞ。
あんなでかいヤツにかかっちゃ、オイラたちもパクリと丸のみよ。
うわうわ、こっち来やがった。
こんな頼りねえ小舟じゃ、逆にあるもないも変わりやしねえ。
おい坊主。もっかいビリビリだ。やれ。
おおう。やっぱビリビリは怖いか。嫌がって、離れていきやギャる。
はーあ、助かった。
災難に次ぐ災難ってヤツだな、今日は。
なんだオメエさんたちふたり、情けねぇ顔してメソメソして。
ボウ。弁当のおにぎりを落っことした? うるせえ、命あるだけめっけもんだと思え。
スズラン。お医者先生にあげようと思ってた珍しいキノコなくした?
お医者先生にゃ、おスズちゃんが元気で帰ってくるのが一番の贈りモンよお。
ほれ、帰るぞ。ガキみてぇにグズってねぇで、さっさと帰ってひとっ風呂ォ浴びようぜ。
ドロドロのグチャグチャじゃあ、さすがのオイラたち新選組組長も、いい男っぷりが台無しだい。