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壬生怪談・百物語




〇四九・手習(スズラン)


 えへへ、待った? いいえ、って? んふふふ。よかった。
 こういうやりとりって新鮮だね。僕ら、いつもいっしょに組んでるし。
 仕事終わりに、ソウゲンちゃんとはじめてのあいびき。あっあっ、あのさあのさ、お手々繋いじゃう? ソウゲンちゃんが嫌じゃなかったらだけど……。
 いいって? っしゃオラ。じゃ、じゃあ、繋いじゃいますね。恋仲繋ぎしちゃうよ。ひえぇ……。

 っはあー、ソウゲンちゃんのお手々ひやっこい、おっきい、尊いぃ、生きててよかった。
 大げさって? いやね、お昼にさんざんな目に遭ったのよ。
 たまたま通りかかった村の人にギャタロウちゃんのついでで生贄にされちゃって、土に埋められて息ができなくなって、そのまま仏様になるかと思っちゃったし。そのあとで淀川で大きな黒い影に襲われて、危ないとこでパクリと食べられちゃうかと思ったし。
 あの影は何なのかな。前に桂……おっと、夜鷹のお姉さんが、たぶんだけど同じものを見たって話を聞いたときは、夢まぼろしというか、お化け……って印象あったけど。
 僕らが見たのは、ふつうに川に棲んでる大きな生き物、って感じ。
 大坂湾から遡上してきた巨大鮫かしら。それとも琵琶湖から下ってきたお化けナマズかしら。

 ソウゲンちゃんがくれたエレキテル錫杖に、また助けられちゃったよ。このビリビリがなきゃ、僕もギャタロウちゃんもボウちゃんも、今頃お魚さんのおなかの中だ。
 また命救われちゃった。僕って、生きてるあいだに君に恩を返すことってできるのかなあ。
 ん? それよりも大きなものを、すでにいただいている、って?
 そう? 覚えがないけど……。ソウゲンちゃんが言うならそうなのかなぁ。
 でも、僕になにかできることあったら何でも言ってね。元気で帰ってくること? あは、ギャタロウちゃんがそうじゃないかって言ってた。あたりだねぇ。
 ソウゲンちゃんは優しいお人だね。僕ってこんなに素敵なお人とつがっちゃって、いったい前世でどんな徳を積んだのかしら。えへへへへっ。

 おやおや? あらっ。ねえ、あれって藤堂ちゃんじゃない?
 彼の明るい色の羽織りって、遠くからでもよく目立つよね。
 隣にいるのはサクヤちゃんだ。町の女の子たちには顔がいいと騒がれているけど、藤堂ちゃんより一歩下がって、しずしずとついていくところ、なんだか慎み深い武家の奥様、って感じ。

 左側に位置どってるのは、藤堂ちゃんの欠けた体のことを考えてあげてるのね。段差があったり、歩きにくい道でつっかかっちゃったり、不便をしないように。
 サクヤちゃんと喧嘩ばっかりしてる一番星ちゃんは、あの子のことを冷たい男だって、よくボヤいてるけれど……。たしかにサクヤちゃん無口な子だし、人を斬るのに慣れてるし、身内にも容赦がないとこある。
 でも人を気遣うことが、意外とうまいんだよねえ。

 ああほら見て、あのふたり。
 藤堂ちゃんが欠けた体で難儀してることを、サクヤちゃんが目ざとく見つけて、先回りして助けてあげてる。ああいうときって、つい余計なことしちゃいがちだけど、過不足なくてすごいもんだねえ。
 お母さんが怪我をしていつも床にいたって、聞いたことがあるって? なるほど、傷ついた人に手助けをしてあげることに慣れてるのか。

 そういえば、前にドンパチあったとき。
 怪我した子が大勢運びこまれてきてさ、ソウゲンちゃんひとりじゃ手が足りないときあったじゃない。
 あの時はサクヤちゃん、手術のお手伝いをしてたっけ。刃物の使い方も肉の切り方もうまいから、患者さんの体を器用に切って開いて、中で折れてる骨をつないだり、糸でチョチョイと縫い直したり。
 あれ見てて、なるほどなあって思ったよ。拷問するときは相手を殺しちゃだめだから、闇殺しは人をギリギリで死なせない方法も知っている。人の体のどこを斬れば動かなくなるか、死んじゃうか。たくさん人を斬ったり拷問したりすれば、いやでも詳しくなっちゃうんだろう。
 だから逆に、お医者様に治す方法を教えてもらえば、人の体をギリギリ生きるところまで、持ってくこともできるんだよね。
 人を壊すことが天才的にうまい人は、壊れた人体を直す手わざも、すぐ身に着けちゃうんじゃないかしら。生かすも殺すも、一見正反対に見えることでも、もとは同じことなのかもね。

 僕とギャタロウちゃんが、夜中にうどん屋台引いてたときはさ、あの子ったらおうどんのゆで方うまいし、作るあんかけの味がお上品で絶妙だから、うどん屋の息子役にぜひほしいってギャタちゃんと言ってたの。
 ソウゲンちゃんだってサクヤちゃんのこと、助手にほしいって思ったことあるんじゃない。人死にの多い場所にいると、その分だけ助けなきゃなんない怪我人も多いものね。いつでも手が足りてない。
 うどん屋台からもお医者さんからも、引く手あまたのサクヤちゃんだけど、全部終わったらウチにこないかって誘っても、いつも断られちゃうのよねえ。自分は斬るしかできないから、って。なんでもそつなくこなせるのにねぇ。
 サクヤちゃんは、間に合わせの替え玉役で拾われてきた僕らのなかでも、とくに新選組が好きなんだろうねえ。

 ん? またお手々握った。……ちょっと近すぎない?
 あらっ、あっあっ、肩抱いて見つめあってる。おやおやぁ〜?
 ねえソウゲンちゃん、あのふたりったら、あやしくない?
 さてはデキてるんじゃないの。
 人気のない場所にわざわざふたりでやってきてさ、それは僕らもだけどさあ。

 えっ、えーっ、なに。サクヤちゃんと藤堂ちゃんのお顔が、ぐいっと近づいて……。おやおやおやおや。これは……。
 あ〜〜っ、チュウだ! チュウがでました! うっそでしょ……!
 今の見た、ソウゲンちゃん。チュウしたわよっ。背の高いサクヤちゃんがかがんで、藤堂ちゃんのおでこにやさ〜しく、チュ……ってしたの! キャーッ……!!
 ひゃ〜、やっぱりつきあってたのね! しかもあっちのふたりのほうが、僕らより進んでるう。解せぬ。新選組でも、いっとう真面目な顔したふたりなのにさぁ。

 これは、負けてらんないわね、ソウゲンちゃん。
 僕らもチュウを……。口吸い……になると、まだちょっと高尚すぎというか、順序がね、その。
 そうだ、お手々。
 ソウゲンちゃん、お手々にチュってしてもいい? う、うん。お許し出ちゃった……。
 じゃあしますよ。ほんとに、ほんとにしちゃうからね。嫌なら今のうちだよ。

 ……んむっ。

 キャ〜……ッ! ほんとに、しちゃった。なんだか夢でも見てるみたい。
 お手々の体温、冷たくて気持ちいい。節の骨がお口に当たって、ゴツゴツする触り心地。ソウゲンちゃんは痩せてるね。面倒がらずに、ちゃんとごはん食べなきゃだめだよ。

 うん? なあに、ソウゲンちゃん。
 僕らふたりが恋仲になって、どうするものやら知識は充分あるけれど、実践してみねばわからぬことも多々あると思う、って。確かに。
 春本を読んだりしてね、それは熱心に研究したわけですよ僕も。でも、ほかの人がして見せてくれると、うん。こんなに照れくさくて、体の温度がかーっと上がって、息も苦しくなってくるって知らなかったもの。
 ここは先達に倣って、同じようにしてみようって?
 お、おでこにチュウって。ひえー、やっちゃう? やっちゃうのねソウゲンちゃん。
 今度は君のほうからしてくれるって? ソウゲンちゃんは好奇心が刺激されちゃうと、すごく前向きで心強いね。
 いいですとも、僕も男の子だからね、やるときゃやりますよ。
 やろうソウゲンちゃん。よっしゃ、えいやっ、さあ来いっ。

 ………………。

 ふえぇ。

 ソウゲンちゃんに、おでこにチュ……ってされちゃった……。
 やさしい触り方……。唇やわらかい……。
 頭のなか真っ白になっちゃう。かと思えば、体じゅうがぐわぁーっと熱くなってきちゃって。
 これが恋仲のふたりがする、おでこチュウなのね。すごい。えへへ。すごいね。
 ソウゲンちゃんも、なんだか照れちゃってるね。珍しくお顔の色が赤くなっちゃってるよ。うふふ。かわいいねえ、僕の良い人は。なんて幸せなのかしら。うふふふふ……。

 んん、どうしたのソウゲンちゃん。サクヤちゃんと藤堂ちゃんのほうを覗き見て……。
 んあっ。
 ……口吸い!?
 ウソでしょ、おお〜……にんげんよ……。
 わっわっ、職場の無口な同僚が、こわ〜い上司とちゅっちゅらちゅっちゅらイチャイチャしてる現場目撃しちゃってさ、明日から僕らどんな顔して仕事すればいいの。

 え、なあに? サクヤ殿は気配に敏感なので、あちらはすでに小生たちが見ていると気づいております、って。
 見せつけられているってわけ? そういえばあの子、人一倍負けん気強かったわ。
 ど、どうしよう、ソウゲンちゃん。
 え、良い機会なので? せっかくだし? やっちゃう? 本気? え、あの、その、うん、ぼぼ僕もねえ、ソソソウゲンちゃんとなら、どこまで行っちゃってもいいよ。
 首を貸してくれてる斎藤さん的には、どういう気持ちなのだろう、って?
 ビリビリしないから、怒ってはいないと思うよ。さすがに目の前で、自分の顔にチュウされるのは困るかもだから、錫杖の先っぽに着物のお袖で目隠ししてましょうねえ。
 ソウゲンちゃんのほうは、ご遺体の頭相手に気持ち悪いとかは……ないよね、うん……そこはないと思った……。
 あの、あの。はじめてのチュウの前に一言だけ。いい?
 あのねソウゲンちゃん、僕、ソウゲンちゃんのことが大好きだよ。
 では、えっと、うーんと……よしっ。
 ではいざ。参る。南無三宝っ。
 あっちょっと、なに笑ってるのソウゲンちゃん。こっちは精一杯なんだから、笑わないでよ。
 え、自分も緊張してるけど、僕のおかげでいい感じにほぐれた? え、えへへ。ならいいけどお。
 あ、ぎゅーっとしてくれるの? サクヤちゃんが藤堂ちゃんにしてるみたいに。
 ふわ、お薬のにおいだ。これ好きよ。ソウゲンちゃんは背丈がおっきいねえ。抱きしめられると、腕の中に僕がスッポリだよ。
 なんだか安心しちゃうねえ。初めて君に会ったときのこと思い出しちゃう。あのときは本当にありがとうね。僕、もうダメだ襟巻だと思ったし、まだ子どもだったから猟師のおじさんのことがすごく怖かったの。
 ソウゲンちゃんの緑のお目々、こんなに近くで見るの初めて。すごくきれいねえ。うふん、僕の顔が映ってる。
 斎藤さんには申し訳ないけど、どうか許してねえ。あとでいいお酒を供えちゃうから。

 んむむ……。
 むうー、くちびるあったかい、やわらかい。でも、思ってたより弾力がある。ふひゃあドキドキしちゃって苦しい、好いたお人の腕に抱かれて口吸いされちゃって、すごい、すごいよぉ…。
 全身がポッポしちゃう、頭がグツグツ煮えちゃいそう。ふええ、おちんちん痛くなってきちゃった。
 発情期がきたのかしら。季節はずれだけど、そういえば人間は年中毎日発情期なんだよね。
 僕、ソウゲンちゃんになら。このまま、好きにされちゃいたいな……。

 ……ん。なあに、ソウゲンちゃん。
 しいっ、って……。
 誰かきた? あ、ほんとだ。
 怪しいお面に、いかがわしい妖刀。雑面ノ鬼だね。
 新選組の本物幹部さんたちを殺し、京の都の人たちを困らせるばかりじゃなくて、僕とソウゲンちゃんの逢瀬まで邪魔するなんて。
 ひいふう、みい……。三人。川の対岸側にも何人かいるね。白い着物だからわかりやすい。なにしてるんだろ、川岸で。
 僕らにはまだ気が付いてないみたいだ。少し隠れて様子をみてようか。

 あ、サクヤちゃんが来た。藤堂ちゃんも。えーと、うーん、ちょっと照れくさい。
 まさか見ておったのかって、藤堂ちゃん、そこはおあいこでしょ。
 さっきのは見なかったことにしましょ、お互いに。え、えへへ。そんな真っ赤になられると、僕も恥ずかしい……。
 サクヤちゃんが負けん気を発揮してくれたおかげで、今夜は僕、ソウゲンちゃんとすっごいとこまで進んじゃったわけだし。あとで今日のおやつのお団子わけたげるね。

 おわっ。川面に水柱が上がって……。
 今の見た?
 雑面ノ鬼がしかけた網から逃れようと、水の中にいる大きな黒い影が飛び跳ねた。
 でっっかい鮫。
 あれこそお化けじゃない。何を食べたらあんなに大きくなるのか、って……。
 人、ですよね。うん。いっぱい食べてたよ、昼間も。
 夜鷹のお姉さんが語った黒い影の話は、怪談じみていたけれど。今見た大きな大きな鮫は、お化け話から何かの拍子で飛び出して、本物になっちゃった……みたいな感じ。いやまさか。
 雑面ノ鬼は……彼ら、町の人たちが危ない目に逢わないように、怖い鮫をやっつけてやろうなんて、善いことを考えるような人たちじゃないし。
 なにか企みごとがあって、巨大鮫を捕まえようとしてるみたいだけど、思い通りにはいかないみたい。逆に何人か引きずりこまれちゃったね。わああ、淀川が赤く染まってる……。

 うん、なんにせよ人をパクパク食べる鮫なんて、危なくてほっとくわけにはいかないよね。
 あれが何なのか、いつから川に棲んでるのか、調べてみよう。お仕事だね。
 イチャイチャ時間はこれまで、と。はあー、楽しい時間はあっという間だねえ〜。




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紫鈴堂・えしゅ 2023」−