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壬生怪談・百物語




〇五〇・小箱(アキラ)


 庭の隅の枯れ井戸は、別の人生を歩んでいた我々が住む、こことは異なる世界へつながることがあるという、いわくつきだ。
 組長があちら側へ迷いこむという不穏な事件もあったというのに、穴を拡げて、中を薬品倉庫にして使うとは。
 あいかわらずソウゲンは、怖いもの知らずというか、したたかというか。

 む、しかしこの倉庫、いわくに負けず劣らず面妖な薬ばかり置いてあるな。
 スズランが赤子になったという薬は、これか。どういう理屈なのだ。エレキテルの仕掛けで、土の底が真昼のように明るいというのも、なにかおかしな心地だ。
 まるで、何十年何百年もあとの未来に迷いこんだかのような気分になるぞ。

 さて、痛み止めの薬と、体を温める作用のある薬が置いてあるのは……この棚だな。
 硝子瓶に混ざって、ひとつだけまわりにそぐわぬ木の小箱が置いてある。なんだこれは。
 細い木の板を編むように組んだ、細工箱だ。どこかの地方の土産物だろうか。
 振るとカラカラ、カサカサと音がする。中身は小石か、さいころのような小さく硬いものと、薄い紙か何かだろうか。
 触って壊してもかなわぬし、このまま置いておこう。

『もし。アキラ殿ではありますまいか』

 む。面妖な。箱が喋った。

『実験の最中に事故が起こりまして、このように箱の中に閉じこめられてしまいました。いやはやお恥ずかしい』

 呆れてものも言えないぞ。いい年をして、童のようにまわりに面倒をかけるものではない。
 大体ソウゲン。この地下倉庫へ来るときは、最低ふたりで入るようにと、周知があっただろう。奇妙な体験をするものがあとをたたぬから、平隊士などは近寄りもしないが……。
 いや、平隊士はお化けが怖いというよりも、お主の薬の副作用や実験で、組長連中がさんざんな目にあっている姿を何度も見ているからだな。

「そう。蓋を開けてくださいませんか。窮屈で困るんですよ」

 開けろといっても、この木蓋はしっかりと貼りついているぞ。
 開かない。壊してしまっても構わぬだろうか。

『はいぃ。お願いします』

 ところで、いつものように「なのです」と言わないのだな。ソウゲン。
 どうした。急にだんまりか。
 そういえば、スズランに聞いたことがあるのだが。
 よからぬ企みを腹の底に隠して、人を騙そうとするあやかしというものは、繰り返し言葉が使えぬという。
 そういうスズラン自身は気にせず「はいはい」などと繰り返し言葉を使っているが、あれは害のないものの証左なのかもしれぬな。

 もしもし。そうそう。先ほどは、そう言おうとしたのではないか。
 お主は本当にソウゲンか?
 返事がないな。応えぬか。女だからと侮るようなら、斬って捨ててもかまわないが……。

「どなたとお話しているのです?」

 うわっ。うしろから急に出てきて、驚かすなソウゲン。
 こちらは本物か。足はあるな。もしもし、と言ってみてくれないか。
 うむ。あやかしではなさそうだ。
 拙者の戻りが遅いので、見に来たと。それは手間をかけてすまない。
 ここに、お主の声音で喋る面妖な小箱があってな。正体を確かめてやろうとしていたところだ。

 なんだ、黙ったな。箱め。今まで確かにソウゲンの声色で……。

『ソウゲンちゃん。この蓋あーけて。狭いよう。暗いよう。気分がさがっちゃーう』

 む。今度はスズランの声真似か。

『狭っ苦しくてたまんねぇや。おふたりさんよう、ふつうにパーッっとオイラを解放してくれェ』

 ギャタロウまで。この倉庫に普段から出入りしたり、迷いこんだことのあるものの真似が得意のようだな。
 はじめに井戸を見つけたギャタロウが、底のほうから声が聞こえたというが、声真似お化けとは、この箱のことではあるまいか。

 このようにこもった声ではなかったのです、と? なぜ知っている。
 壁の中より時折響くので、だと。お主、よく何でもない顔してこの倉庫を使っているな。
 便利ですので? そういう問題か。
 前川邸の持ち主にも、藤堂にもこの穴を自由にする許可をもらっているので、使わぬ理由がない? 割り切っているのだな。

 壁の中にしばらく閉じ込められていたはずの声の主が、気が付けばこうして箱詰めになってここにいる。
 おおかた、この壁の向こう側にある、今はもう閉じて我々が足を踏み入れることがかなわぬ場所へ出て、なにか悪さをして灸をすえられたのだろう、と。
 目に見えぬものに詳しいあちらのスズランが、うるさくて昼寝の邪魔になるなどという理由で箱に入れておいて、そのまま忘れていたものが、何かの拍子でこちら側に流れ着いたのやもしれぬ、そう推測するのだな。

 医の道、科学の道に精通するものが、ずいぶん頭のやわらかいことを考える。
 お主はやはり、変わっているな。いや、変わったのか。
 新選組として生まれ変わってからは、亡き侍の魂の宿る刀を手に、雑面ノ鬼なるいかがわしい妖刀使いの集まりと戦っている。非科学的だなどと今更言ってはおれぬのだろう。

 非科学的なことでもかまわず、前提条件にいれてしまえば、人の理解の及ばぬ不可思議なことであれ、推し量ること程度はできる。
 恐ろしいのは、わからないからだ。正体を見れば枯れ尾花ということはままある、と。
 たしかに。恐ろしいと感じるのは、己の度量でいなせるものかわからないときだ。それが命を脅かすものではないかと、大きく見積もってしまうことはある。

 たとえば、同僚が狐の変じた妖怪で、人の躯にとりついて動かしているというのは、何も知らねばよほど恐ろしいはずだが……。
 先にスズランの人となりを知ってしまうと、懸命に人たろうとするあの者の心意気のほうにむしろ感心してしまって、不思議と恐ろしくはないな。
 人に悪戯をしようにも、非力で気分屋のあの者にできることといえば、せいぜい夜道を通る人間に忍び寄り、耳元で寒々しい駄洒落を囁くのが限度ではないか。
 逆に恐ろしい? うむ……。それは……。度を超すと、退治されてしまうかもしれんな。

「アキラ殿は、小生が恐ろしいでしょう」

 気づいていたか。遭ったばかりのころの話だ。
 人の体を開いて喜んでいるお主の姿を見ていたせいもあるが、あの時は、大きな男は皆恐ろしかった。
 ここへ来たばかりのころ眠れぬ夜が続き、お主に診てもらった際に、昔の話をしたな。
 ほかの誰にも暴かれたくない、消し去ってしまいたいと思う過去でも、医者のお主には不思議と話せた。
 信頼いただき何よりなのです、と。うむ。それはお主の日頃の行いが善いからだろう。
 今はただ、ソウゲンという腕利きの医者としてお主を見ているぞ。

 最初はチャラチャラといい加減に口説いてきたスズランや、盗みを罪とも思わぬ刺青だらけのギャタロウに、人殺しを生業としていたサクヤ、侍を憎む気性の荒っぽさが目立った一番星。ボウだけは、そう印象が変わらぬが……。
 皆、よく見て付きあってみると、真面目で弱いものに優しい性格の男ばかりなのだ。だから強いものに逆らって、一度殺されてしまったのだろうな。
 女を物としか扱わぬ、あの侍どもとは何もかもが違う。
 藤堂はどうなのだろう。あれははじめから、誠と正義の理想を体現したような男だが……。
 ここへ来たばかりのころの拙者のように、気を張りすぎて無理をしているのでなければいいが。

 なに。この地下倉庫には、ふたり組以上で入ること……。
 ああ、そう周知していることは知っていた。だからふたりで来たのだ。

 ……おかしいな。
 拙者は、ひとりだ。誰と来たつもりだったのだろう。
 誰かが隣にいると、自然とそう思っていたのだ。誰かはわからぬ。今しがたまで、わかった気でいたというのに。
 なに、「狸ではないか」だと?
 スズランもよく、狸に化かされたのではないかと言い出すことがある。あやつ、なぜか狸になかなか対抗意識があるようだな。

 どうしたソウゲン、小箱をじっと見て。
 お主はこいつを、どう処すべきだと思う。拙者には、姿なき者は斬れぬのでわからぬ。
 坊主にでも預けておくのが最善か。

「人の体のなかにいる五匁は、箱に守られた中身に似ていると感じます」

 五匁。あまりにも軽いそれが魂の重さだという話は、まことなのか。
 スズランの口から出れば、また酔っ払いが寝言を言っていると思うが、医者の口から出ると重みがまるで違うな。

「小生、好いたお方がどのような箱のなかにいるのであれ、その五匁にこそ心ひかれておりますゆえ……なので五匁を包んだ箱ごと、愛しぬく所存なのです」

 お、おお。そうか。うむ。
 声真似をして騒いでいた箱まで、瞬時に黙った。
 もしや、ソウゲンに惚れてしまったか。……いや、冗談ではすまぬ。
 スズランといい、この箱といい。ソウゲンよ。お主もしや、人知を超えたあやかしを、たらしこむ性質なのかもしれん。
 あまり妙なものに好かれぬよう、気をつけたほうがよさそうだぞ。




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