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壬生怪談・百物語




〇五二・笑沢(スズラン)


 ──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。

 はーっ、いい湯だね〜。歌声もボワンって響いちゃう。
 今日も一番星ちゃんは一番風呂だ。あはは。

 えーっ。一番星ちゃんったら、藤堂ちゃんに僕のことそんなふうに言ってたのぉ。
 てかさぁ。いらんこと言うってなると、どう考えても一番星ちゃんのほうがそれっぽくない? 
 余計な一言を付け加えたせいで藤堂ちゃんにゲンコツされたり、サクヤちゃんと喧嘩になったりしてるじゃない。
 むうう、僕の駄洒落がクソとかさぁ、そんなことないはずだよ、けっこう自信あるんだから。
 そもそも一番風呂の一番星ちゃんってのが、すでにちょっと面白い駄洒落になってるし。
 たしかに思えばそんなにクソでもないような、って? いやふつうに面白いでしょ。
 じゃあスズランの駄洒落はなにが悪いんだろ、って。おっ、どうあっても面白いって認めてくんないつもりみたい。
 ちぇー。そんなこと言ってられるのも今のうちよ。いつか大笑いさせてあげるからね。

 まず、言う機会がズレてるんじゃないかって?
 みんながイライラしてバチバチで、いまにも斬りあいになりそうな場面で冗談いうと、気が抜けて馬鹿らしくなっちゃう。
 争わずにすむなら、いいことじゃない。
 そうでしょ。あっ、それもそうか、みたいな顔になった。んふふ。

 人間の言葉って面白いよね。韻を踏んだり、同じ字でも読み方が違ってて、別の使い道をされていたり。そういうのを見つけると、うれしくなっちゃってねえ。
 お父さんも駄洒落が大好きだったのよ。クソ駄洒落は親譲り? そうかも。あ、クソはいりませんからね。
 僕のお父さんもお坊さんだったって話は、一番星ちゃんにしたっけ。
 お坊さんはみんな好きでしょ。駄洒落。そこらへん歩いてるお坊さんをつかまえたら、十人中九人は持ちネタがあるはずだよ。十人中残りの一人は、笑いってなんだろって悩んで、袋小路に迷いこんじゃってるところ。考えすぎるとよくあるのよ。

 ひとりのときに、あーちょっとこれ傑作だわ、誰かに聞いてほしいって盛り上がっちゃうと、ついお家を飛び出しちゃったりして。どこ行くアテもなくお山の中を走っていくの。
 あのときは、途中で誰にも会わなくて、沢のほうまで行っちゃったんだったかな。
 大きな岩の上に座って、面白い韻の踏みかたしたり、ぜんぜん意味が違うのに、アレコレ組み替えると、ちょっと小粋な感じで意味が通っちゃう言葉をね、繰り返して言ってたの。五十個かな、百個かな。たくさん。
 クソ駄洒落百連発? クソじゃないって。なんでそんなに青い顔してんの。

 すると茂みのほうから、笑い声が聞こえてくる。もうバカウケよ。
 そのときはね、なんで笑われるんだろうってよくわかんなかったけど、馬鹿にされてるとかじゃなくて、ふわふわして楽しそうな声だったから、笑われても嫌な感じはしなかったな。
 しばらくしたらシーンとしちゃって、なんだったんだろうって不思議だったけど。
 生き物がいる気配もなかったし、お山が笑っていたのかしらと思って、お家に帰ったんだ。

 それから何度も、そういうことがあったのよ。笑い声は男の人の声のときもあったし、女の子の声のときもあったっけ。
 また笑ってくれるかしらと思うと、調子よくいろんなことを思いつくようになる。こっちも楽しみになってきたのね。
 夜中に暗い闇の中にいると、頭の中がさえわたって、ピンとひらめくことが多かったな。ソウゲンちゃんもそういうのよくある〜って言ってた。新発明のひらめきってやつね。

 ある晩遅くに出かけると、沢に人間の気配があったの。人かな? よくわかんないや、今でも。
 その人、びっくりするぐらい気配に敏感で、僕が茂みのなかにいるのに気づいて、話しかけてきた。

「なんだ狐か。その様子じゃ、まだ子供のようだ。安心してよ。僕がご恩のある方の血には、狐の血が入っているって言い伝えがあってね。特別なんだ。だから狐には、無体なことはしないよ」

 姿を見せてはいないのに、僕が狐だとわかったみたい。
 人間は僕の毛皮を見たら襟巻にしたがるから、あまり人前に出ていくのはよせって、お師匠さんが言ってたから、えーほんとにござるかぁって思ったんだけど。僕は弟子だからね、一応言いつけは守ったのよ。

「この沢にやってくるような人間は、みんな死にに来てるんだよ。借りた金を返せず首がまわらなくなった者。男に女で手に手をとって、来世を信じて共に死ににきた者。殿様に見限られて生きる気力も失った家臣。前にも後ろにもいけなくなった奴が行きつくところだ。無駄死にを選んだ馬鹿な奴らさ」

 「君も?」って聞いたら、鼻で笑われちゃった。意地悪な人なのかなあって思ったけど、まあ僕にはひどいことしないっていうし。そのまま話を続けたの。

「生きた気配がないから、君が気づかないのも無理ないけどねえ。首をくくって、木の枝からぶらさがって、ぶらぶら揺れているのはひとりやふたりじゃない。みんな笑ったままこときれている。満面の笑顔だ」

「躯を漁りにきた奴ら、見つけた死体がみんな揃いであつらえたみたいな笑顔だから、不気味だと怖がって、この沢には得体のしれない妖怪が棲んでいると噂になった。気の小さい奴らだよね。いつしかみんな、この場所を笑沢と呼んで、誰ももう近寄らない。うちで手を下そうと思ってたやつも、ここへきて朽ち果ててるのを見つけたよ。笑いながら死んでいけるような身分じゃないのにね」

「犯人は君だね。仔狐くん。進退窮まったやつらが、今からさぁ首を吊ろうと縄に頭を入れたところで、人間の真似をして言葉遊びする君の声を聞いたんだ」

「もう長いこと笑い声を聞くことのない世界に生きていて、笑うことを忘れていた奴らだから、本当になんでもない冗談ひとつで、人が面白い話をして笑うような世界が、この世のどこかにあったことを思い出して、笑ってしまったんだね。何かうれしくなったそのまま、死んでいったんだ」

「君の言葉遊びのおかしみは、たとえば坊主の念仏よりも、この傷ついて悪くなった魂どもには効いたらしい。滞留した魂を回収できるかと期待していたから忌々しいが、ま、いいよ。言葉を覚えたての仔狐の悪戯と知れば、葛葉様の同胞のすること、あの方も寛大に許されるだろう」

 よくわかんないよ、と僕が言うと、「だろうね」と返ってきた。
 「君はわからないほうがいいよ」ってね。ちょっと優しい声になってた。

「ところでこれは純粋な興味なんだけど、君さぁ、あいつらにどんなこと言ったの。聞かせてくれないかな」

 僕ね、「いいよー」って言って、人と話をできるのはうれしかったから、沢の中にいる姿も見えないその人に、たくさん聞いてもらったの。
 そしたらその人、笑ってくれたのよ。楽しそうにねえ、面白そうにねえ。
 ひとしきり笑ったあと。「ああおかしい、君、才能あるねえ」ってほめてくれてねえ。

「君の得意な言葉遊び、それはね、駄洒落っていうんだよ。もう会うこともないだろうけど、覚えておきなよ、仔狐くん」

 なので、僕にはたいそう立派な駄洒落の才能があるみたいなのよ。
 苦しい気持ちにとりこまれて、もう念仏も届かないくらいに心を閉ざしちゃった人に届くって、それはすごい言葉なんだよって、その人が教えてくれたんだ。
 だからねえ、そんなこと言ってる場合じゃないよぉってキツい場面にこそ、笑うための言葉って大事なんじゃないかな。

 名前も顔もわかんないけど、またあの人に会えるかなあ。
 持ちネタも増えてきたし、今なら一晩中だって面白いこと聞かせてあげられるんだけどな。仔狐の言葉遊びで笑っちゃうくらい沸点低いお人だったから、今ならおなか抱えて大爆笑間違いなしだよ。うふん。
 世の中にはいろんなやつがいるなあ、って?
 一番星ちゃんしみじみした顔ね。僕の面白い話、聞きたくなってきた?
 え、いらないって。そこは聞きたいって言ってよ、もー。




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