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──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。 はーっ、いい湯だね〜。歌声もボワンって響いちゃう。 えーっ。一番星ちゃんったら、藤堂ちゃんに僕のことそんなふうに言ってたのぉ。 まず、言う機会がズレてるんじゃないかって? 人間の言葉って面白いよね。韻を踏んだり、同じ字でも読み方が違ってて、別の使い道をされていたり。そういうのを見つけると、うれしくなっちゃってねえ。 ひとりのときに、あーちょっとこれ傑作だわ、誰かに聞いてほしいって盛り上がっちゃうと、ついお家を飛び出しちゃったりして。どこ行くアテもなくお山の中を走っていくの。 すると茂みのほうから、笑い声が聞こえてくる。もうバカウケよ。 それから何度も、そういうことがあったのよ。笑い声は男の人の声のときもあったし、女の子の声のときもあったっけ。 ある晩遅くに出かけると、沢に人間の気配があったの。人かな? よくわかんないや、今でも。 「なんだ狐か。その様子じゃ、まだ子供のようだ。安心してよ。僕がご恩のある方の血には、狐の血が入っているって言い伝えがあってね。特別なんだ。だから狐には、無体なことはしないよ」 姿を見せてはいないのに、僕が狐だとわかったみたい。 「この沢にやってくるような人間は、みんな死にに来てるんだよ。借りた金を返せず首がまわらなくなった者。男に女で手に手をとって、来世を信じて共に死ににきた者。殿様に見限られて生きる気力も失った家臣。前にも後ろにもいけなくなった奴が行きつくところだ。無駄死にを選んだ馬鹿な奴らさ」 「君も?」って聞いたら、鼻で笑われちゃった。意地悪な人なのかなあって思ったけど、まあ僕にはひどいことしないっていうし。そのまま話を続けたの。 「生きた気配がないから、君が気づかないのも無理ないけどねえ。首をくくって、木の枝からぶらさがって、ぶらぶら揺れているのはひとりやふたりじゃない。みんな笑ったままこときれている。満面の笑顔だ」 「躯を漁りにきた奴ら、見つけた死体がみんな揃いであつらえたみたいな笑顔だから、不気味だと怖がって、この沢には得体のしれない妖怪が棲んでいると噂になった。気の小さい奴らだよね。いつしかみんな、この場所を笑沢と呼んで、誰ももう近寄らない。うちで手を下そうと思ってたやつも、ここへきて朽ち果ててるのを見つけたよ。笑いながら死んでいけるような身分じゃないのにね」 「犯人は君だね。仔狐くん。進退窮まったやつらが、今からさぁ首を吊ろうと縄に頭を入れたところで、人間の真似をして言葉遊びする君の声を聞いたんだ」 「もう長いこと笑い声を聞くことのない世界に生きていて、笑うことを忘れていた奴らだから、本当になんでもない冗談ひとつで、人が面白い話をして笑うような世界が、この世のどこかにあったことを思い出して、笑ってしまったんだね。何かうれしくなったそのまま、死んでいったんだ」 「君の言葉遊びのおかしみは、たとえば坊主の念仏よりも、この傷ついて悪くなった魂どもには効いたらしい。滞留した魂を回収できるかと期待していたから忌々しいが、ま、いいよ。言葉を覚えたての仔狐の悪戯と知れば、葛葉様の同胞のすること、あの方も寛大に許されるだろう」 よくわかんないよ、と僕が言うと、「だろうね」と返ってきた。 「ところでこれは純粋な興味なんだけど、君さぁ、あいつらにどんなこと言ったの。聞かせてくれないかな」 僕ね、「いいよー」って言って、人と話をできるのはうれしかったから、沢の中にいる姿も見えないその人に、たくさん聞いてもらったの。 「君の得意な言葉遊び、それはね、駄洒落っていうんだよ。もう会うこともないだろうけど、覚えておきなよ、仔狐くん」 なので、僕にはたいそう立派な駄洒落の才能があるみたいなのよ。 名前も顔もわかんないけど、またあの人に会えるかなあ。 |
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−「壬生怪談・百物語…紫鈴堂・えしゅ
2023」−