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壬生怪談・百物語




〇五五・巨大鮫・一(留吉)


 えー、まんじゅう〜。大坂湾名物、ここでしか買えへん、淀ちゃんまんじゅうはいらんかねー。

 おおきに。あれ、サクちゃんやん。どうしたん。
 仕事仲間のみんなといっしょに、巨大鮫退治にきたって?
 ほなら、淀ちゃん殺してしまうんか。
 新選組のお侍が出てきたとなると、大勢の人間を食い殺してきた淀ちゃんも、とうとう年貢の納め時いうことやね。
 淀ちゃんを退治されるんは商売あがったりでかなんけど、ほかしといたらまた人が喰われて死ぬもんなあ。
 ここらへんは商いの荷物積んだ舟が、ようけ行ったり来たりするから、安心して渡られへんのはきっついよ。舟沈められてしもたら、もうどうしょうもないからな。
 頼りにしてるで、サクちゃん。わいら同じギャタ兄の弟分や。立派になって刀ぶら下げて、誇らしいわ。
 え? ギャタ兄に世話になった覚えないて?
 なんや、ギャタ兄からアレコレ世話焼いたったって聞いてるんやけど、サクちゃんは相変わらず恥ずかしがりなんか。

 せっかくやし、まんじゅう食べて精つけや。
 ん、この淀ちゃんまんじゅうて何や、って?
 あの巨大鮫な。今はこの大坂湾でよう見かけるけど、ちょっと前までは淀川を上がったり下がったりしとったんよ。
 で、瓦版にもドーンと取り上げられたりしてな。毎回『謎の巨大鮫』呼ぶんも、味気ないやろ。
 それでいつからか、「淀ちゃん」ちゅう名前やいうことになったんよ。雌らしいで。

 野次馬がようけ来てるさかい、まんじゅう包むんも追っつかんくらい、飛ぶように売れるわ。
 淀ちゃんさまさまや。稼ぎ時は今やで。
 商魂たくましい? せやなかったら、生きていかれへんよ。

 あの鮫のおかげで、運び屋の仕事もでけんようになって干上がってしもて、わいら困ってたんやわ。
 そこで発想の転換や。ギャタ兄、最近よぉ使う言葉やろ。発想の転換、いうて。
 仲間のお医者さんの真似してカッコつけてるだけ?
 へえ。おもろいお医者さんがおるて聞いとるよ。ごっつい変わりもんやけど、ごっつい腕利きなんやて。
 わいは元気やから会うたことないけど、何人かうちのもんが世話になったわ。
 お代はギャタ兄にもうもろた言うて、金もとらんと帰りはった聞いたけど。
 ギャタ兄、ほんまに払うとるん? 薬なんか高いもん、まともに買えるんかいな。え、体で? エレキテル? 発電? はあ。
 よぉわからんけど、足グルグルするだけでそないに金になるなら、いくらでもやりたい言う奴おるわ。
 働き手があるというなら、医者に伝えておこう、って?
 うん、頼むわサクちゃん。それに、そのほうがええ思うよ。足腰にキツい仕事なんやろ。わいらは若いからええけど、ギャタ兄ってけっこう、ほらな。
 年齢的に確かに、って? なぁ、うん。

 なんか知ってること教えてくれ、て?
 あかんあかんサクちゃん。親しき仲にも銭ありや。なんせ野次馬ども、みんな淀ちゃんを見たいんや。わいらが足で稼いだ情報は貴重なもんやで。
 友達いっぱい連れてきたみたいやん。皆でまんじゅう買うてくれるんやったらええよ。
 ひひ。まいど。おおきに。
 大坂商人が板についてきてるて?
 そらこんだけたくさんまんじゅう売れたら、いっぱしの商人みたいな顔なるわ。
 ま、こんなん今だけやろけど。流行り廃れの移り変わりは激しいからな。

 淀ちゃんな。
 淀川の上のほうで、水遊びをしてた子供を襲いよったんよ。引きずりこまれて丸呑みやったそうや。
 奉行所のお役人が、子供を助けようとして川に飛びこんだんやけど、逆に淀ちゃんに足を食いちぎられてしもた。医者が間に合わんでね、かわいそうやけど死んでしもうたんやわ。

 淀ちゃんに喰われた子供の親が、大坂の金持ちの商人やった。
 子供の仇を取ってくれたお人には、百両の報奨金を出すいうて瓦版に載せたもんで、干上がってしもとった漁師やら、貧乏で食うに困っとる侍やら、いろんなもんが淀ちゃんやっつけに淀川に来た。
 川に爆薬投げる奴やら、毒流す奴やら出て、まわりに住んでる人らはえらい迷惑しとるそうや。
 川のほうが騒がしくなってしもて、淀ちゃん大坂湾のほうに逃げてきた。沖のほうへ逃げてしもたらそれまでやけど、人の味を覚えてしもうたんやね。離れへんわ。
 たまに黒い、アホみたいにデカい影が、沿岸近くをウロウロしとる。餌が落ちてこおへんか、張ってるんやね。
 いうて相手は鮫やから、足でも生えて水から上がってこおへん限り、ええ見世物なんよ。だから野次馬連中も、安心して物見遊山気分なんや。
 人が喰われて死んだ死んでへんいう話聞いても、どうせ死体なんかそこらにゴロゴロ転がって、毎日犬に食われてるから今更なんやろな。

 淀ちゃんの丈はどのくらいやて?
 わいの仲間が見かけたときに、三丈(九メートル)程度あったていうけど……。こういうときて、だいぶフカシ入るやん?
 ええとこ、半分程度に見積もっといたほうがええんちゃう。
 ただなあ、そいつ、中之島あたりをシマにしとる仲間なんよ。
 蔵屋敷に出入りして、いっつも算盤はじいてるような奴が言うんやから、誤差っちゅうん? そないでもないかもしれんね。

 わいが知ってるのはこのくらいや。
 あ、あとなぁ、ついでやから聞いてもらお。
 ふつう獣て、腹いっぱいになったら餌はとらんやん。
 でも淀ちゃんは、次々に人を襲って喰う。いっこも止まらん。これ、おかしない?
 わい思うんやけど、おなかのなかにややこがおるんやないかなあ。
 それか、どっかに巣があって、生まれたばっかりのややこを食わせとるんかもしれへんよ。

 じゃあサクちゃん、しっかりやるんやで。ギャタ兄の顔に泥塗るようなヘマしたらあかんよ。
 ん、なに。しかめ面して。どういう意味やて?
 命あっての銭おまんまや。やばそうなヤマや思うたら、ほどほどで引き上げてき。ほんまに死ぬほどマジになることなんかあらへんよ。そういうこっちゃ。
 こないだやばそうなヤマに足つっこんでしもたばっかりの、わいが言うのも変な話やけどな。
 ほなまた。




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