「近藤局長!」
「一番星ぢゃん!!」
アキラとスズランが叫ぶ。波がうねり、船がからめとられていく。馬鹿星の心配ばかりしていられない。こちらもそう長くは持たんぞ。
海面が盛り上がった。間欠泉のごとく、白いしぶきが爆発する。
自分たちの頭上に、大きな影が落ちる。
巨大鮫が空を飛んでいる。
背びれにしがみついているのは、馬鹿星だ。
虎徹を抜き、輝く刀身を巨大鮫の背中の皮に突き刺す。
距離が近い。鮫の頭に、微小の穴が無数にあいているのが、くっきりと見える。
敵の生態は、医者から詳しく聞いて頭に入れている。これが獲物を感知する器官。生き物が筋肉を動かすときに発する微弱な電気を感じ取り、獲物の位置を探るという。
しかし、でかいな。三丈というのも、あながちフカシではないかもしれぬ。
巨大鮫が逆三角形の歯をむき出す。先がとがっているばかりでなく、歯の縁がギザギザとしたノコギリ状になっている。
顔面がめくれあがった。
こいつは獲物の捕食時に、下向きに口がついているから、頭が邪魔になる。あごが頭を押しのけ、顔面よりも前に口蓋が突き出すつくりをしている、という。普通にキモい。
大口をあけて、馬鹿星を呑みこもうと巨体をくねらせているが、しつこさにかけては馬鹿星のほうも負けていない。シラミのごとき執念深さ。
自分もアキラとともに、船を足場に斬りかかる。
しかし一太刀が浅い。相手の体が大きすぎるのと、硬い表皮に守られているせいだ。
ザラザラとした鮫肌には、小さな鱗が密集している。この鱗は歯に近い器官で、つまるところ体じゅうの肌に無数の歯が生えているようなもの、と聞いた。普通にキモい。
和泉守兼定を振るい、鮫の開いた口の中の、手のひらに余るほどの大きさの歯を歯肉ごと切り落とす。
すると喉奥側から、生え変わりの歯が、波のように迫りだしてくる。
デタラメだ。本当に生き物なのかと疑わしくなってくる。
「ひえぇ〜。なんやもう、てんやわんやですわ」
スズランが、船の底にしがみついて泣き言を言っている。役立たずの殿堂入りだなこいつ。
水浸しの混戦になっては、斎藤一の魂が入った電気棒も役に立たぬ。
「ボウ。網引け、網」
馬鹿星が暴れ馬にまたがるがごとく、巨大鮫の背びれにとりつき、叫んだ。
巨大鮫は、暴れまわったせいで体に網がまとわりついている。局長の号令を聞き、陸の上でボウが網を引きはじめた。
藤堂にソウゲンも加勢しているが、目に見えて力負けしている。大きさが違いすぎる。
巨大鮫が、めちゃくちゃに体をひねる。馬鹿星を振り落とすのをあきらめ、斬りつけてくるこちらを先に喰らおうと考えたようだ。
開けっ放しの大口に、鉄球がぶちこまれた。無数のギザ歯が砕け散る。
四斤山砲。ギャタロウだ。大したものだ、戦えるほうの酒クズ親父。あんな、どこへ飛ぶかもわからぬような大砲で、的がでかいのもあるだろうが、よくも命中させるものだ。
しかし不発。黒色火薬がしけったせいか。
巨大鮫が、ひときわ高く跳ねた。馬鹿星がぶっとばされていくのが、やけにゆっくりと見える。
鮫に引きずられて、こちらの船体が持ち上がった。木の葉のごとき脆弱さ。宙を舞う。
気がつけば自分はアキラとともに、海面に投げ出されている。
巨大鮫の不細工な顔が、正面に見える。運が悪い。
三丈と、聞いたとおりの大きさの、化け物鮫のでかい口。
餌を食う時は、あごを前に突き出すのだったか。そのせいで、頭全部が口のように見える。
らせん状にびっしりと歯の生えた口腔が見える。喉の奥は、炭でいぶしたかのように真っ黒に染まり、吐き出す息は濃い紫の妖しい光を帯びている。雑面ノ鬼どもの使う妖刀と、同じ輝きが見える。
以前、山で化け狼に襲われたときに、同じ光を見たのを思い出す。しかし──。
これまでか。
──どうした。
自分たちのほうへ口を開けて直進してきていた巨大鮫が、急に進路を変えた。
こちらには目もくれない。なぜ。
大破した船の残骸をはさんだ向こう側に、自分たちと同じく海に投げ出されたスズランが浮かんでいる。
海が赤く染まっている。錫杖の先端にはめこまれた鬼神丸国重の刃で、手首をかききったようだ。
鮫は血の匂いに敏感だ。一瞬で嗅ぎつける。
あの根性なしのクソビビリ坊主、オトリの餌になるつもりか。
早く陸へ向かって泳げだと。いつもは役に立たぬくせに、なぜこういう時ばかり思いきりがいい。
化け狼から人間を救うためオトリになって、食い殺された父狐と同じ死に方をするつもりか。ふざけた真似を。
巨大鮫が坊主におどりかかっていく。
着水の水しぶきで、何も見えなくなる。喰らいついたか──。
海面から空に向かって、稲光がはしった。目を焼く眩さ。轟音。なんだ、あれは。
巨大鮫の腹が、爆炎をあげながら破裂した。血と肉片が雨のごとく降ってくる。あたりに強い硫黄のにおいが漂う。
そうか、巨大鮫がエレキテル錫杖ごと坊主を喰らい──装置が噛み砕かれた拍子に、腹の中で起動したらしい。刃に宿った斎藤一の魂の、最後の一撃、ということか。
巨大鮫は、先に黒色火薬の詰まった大砲の玉を飲んでいた。あれに火がつき、爆発した──。
しかし、このすさまじい威力。
巨大鮫の体が吹き飛ぶほどの爆発に巻きこまれて、スズランはどうなった。
生きているのか。いや。この惨状では望みは薄い。
巨大鮫に噛み砕かれ即死したか。爆発に巻き込まれ四散したか。
アキラ。馬鹿星の生存確認を。自分は坊主を確認する。
あの野郎、寝覚めの悪い真似をしてくれる。