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壬生怪談・百物語




〇五八・巨大鮫・四(サクヤ)


 陸地で待機していた砲撃担当の者たちが、先の爆発のあと、すぐに船を出してきた。
 まずは馬鹿星を引き上げる。鮫にぶっとばされ失神し、波間に浮かんでいたのをアキラが見つけた。
 よく生きていたなこいつ。やはりしぶとい。殺しても死なないのではないか。

 アキラの次に、自分が引っ張りあげられたとき。
 坊主の姿がどこにもないことで、ソウゲンはなにかを察したのだろう。
 医者の顔色はいつもどおりだが、手が震えているところを見たのは、自分は初めてだ。

「サクヤ殿。ご無事ですか」

 声をかけてくる医者に頷く。自分には、『これ』しか渡せない。

 ──坊主だ。

 スズランの頭だ。
 頭しか残っていなかった。
 胴は、巨大鮫の腹の中だった。食いちぎられ、噛み砕かれて呑まれた肉は、あの鮫とともに爆発四散した。残骸は海の底。回収は不可能だと判断した。

「たとえ頭だけでもスズラン殿を見つけて下さって、感謝するのです。おかわいそうに、こんなに欠けてしまわれては、不便でしょう」

 ソウゲンが、両手で大事そうにスズランの顔を抱えて、「生きていますか、どこか痛みますか」と話しかけている。
 普段は何があろうと冷静な医者だが、あきらかに気が動転している。
 正気ではない。首だけになった者が、生きているはずがない。

 ──と思ったが、生首の目がカッと開いた。

「わああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 ……と、スズランの首が悲鳴をあげるものだから、まわりの者たちも同じく。

「わああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 ……と叫んで、船をひっくりかえさんばかりに、各々が端に引いた。
 ソウゲン以外は、スズランの生首を遠巻きにして見ている。

「巨大鮫がさぁ、ぐわああああーっと開いたお口、めちゃくちゃ怖かったよぉ! お師匠さんにもらった体、バリバリって食べられちゃったよう……! せっかく僕に譲ってくれたのに、ひとつしかないのにぃ! ひどいよひどいよ、うええええええん……」

「それは困りましたね。しかし、まずはスズラン殿が元気そうで何よりなのです」

 は? 生きているのか。なぜだ。意味がわからん。
 「嘘だろ逆に」とギャタロウがぼやいた。同意。なにがどうなってそうなってる。

「ソウゲンちゃんが僕にくれたエレキテル錫杖も、ごめんね、バッキバキにされてビリビリードッカーンって壊れちゃったよぉ……」

「かまわないのです。エレキテル錫杖一本と引き換えに、皆の命が救われ、あの人喰い鮫を退治することができたと言えるでしょう。魂を宿しておられた斎藤一殿も、満足しておられるのでは。鬼神丸国重はまだまだ余分の刃が残っておりますので、そちらを利用して新しいエレキテル錫杖を拵えましょう」

 本物の斎藤一は、そろそろ医者になにか文句や泣き言を言っても良いと思うぞ。
 なんだ? 坊主の首の付け根のあたりが、盛り上がってうごめいている。
 切断面から、何かがニュルニュルと生えてくる。これは……。

「キッッッモ」

 馬鹿星が、目覚めたて一番に悲鳴をあげた。
 癪だが同意する。スズランの首から、にょきにょきと獣の体が生えてきた。
 頭の大きさとつりあいがとれぬ、毛むくじゃらの小さな体。
 なにしろ人の頭がデカすぎて、まともに起き上がれもしないらしい。横倒しになってウネウネとうごめいている。
 これは、人面犬、というのか。犬ではなく人面狐か。
 しばらく前に、屯所の近くの川で人面魚を見た者がいると騒ぎになったことがあるが、小さな生き物に人間の頭がついているというのは、かなりの悪趣味な見た目。普通にキモい。

「ああああん、斎藤一さぁん、頭が重くて立てないよ。ソウゲンちゃん、ごめんちょっとそこ持ってて、耳のあたりを、こう支える感じに」
「はい」

 ソウゲンが何でもない顔をして、そっと優しくスズランの頭を支えている。
 すごいなこいつ。
 坊主が獣の足を踏ん張って、体をねじる。ジタバタしながら何度か繰り返しているうちに、すぽん、と中身が抜けた。

 狐だ。
 毛色は、血と泥水とで汚れて、もうなにがなにやらわからぬありさまだが、狐だ。
 あおむけになって腹を見せ、口を開けて放心している。

「毛が、染まっちゃってる……。長いことかぶりものしてたせいで、僕の毛並みが血と泥色に。荒れてごわごわになっちゃってる。嘘でしょ。これじゃまるで狸よ。
ヤダーーーッ。こんなみっともない姿、人に見られたらもうお婿にいけないーっ。ソウゲンちゃん、こんな僕でも番にもらってくれるーっ?」

「もちろんなのです。あなたはいつでもかわいらしいですよ、今このお姿も」

「やったーーっ」

 ドロドロに汚れて、もはや何だかわからぬ小動物が、腹を見せたままコロコロと、右に左に揺れて蠢いている。
 獣の声帯で、どうやって人の声が出るのか不思議だが、これが奴の本性なのだろう。

 本当に意味がわからないものの、坊主は一応生きていたようだ。
 すこし安心した。あのまま死なれていては、しばらく寝覚めが悪くなるところだった。
 痩せていて、ずいぶんと小さい体の毛玉だ。まだ仔狐のように見える。
 昔、山で見かけたときと、大きさはそう変わりがないような気がする。
 中から狐がまろびでてきた斎藤一の頭が、急速にしぼんでいく。

「ああ、斎藤一さんのお顔が。カサカサと乾いて干物のようになっていく……」

 藤堂が、ヌケガラになった斎藤一の首を抱えて右往左往している。
 水につければよいのかと、海水に沈めているが、自分はどうにもならぬと思う。

「お風呂入りたいよう」

 狐がしくしくと泣いている。たしかに。
 海水はべたつくし、鮫と人の血とが混ざりあったものに全身まみれてドロドロで、クソ気持ちが悪い。

「皆そうだって。とりま風呂いこ、風呂」

 馬鹿星がゲッソリと疲れた顔で提案して、皆で頷いた。
 自分も、今ばかりは異は唱えまい。




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