陸側を担当していた藤堂が、あとから来た奉行所の者の立ちあいをしている。血まみれで肉片だらけのクソきたねぇ現場は、ギャタロウとボウに任せた。
仕事が済みしだい、追っ付け来るだろう。
船に乗っていた自分たちは、冷えた体をあたために、近くの湯屋へ来ている。
スズランをどう扱ったものやら判断がつかぬので、とりあえず飼い主のソウゲンを連れてきた。
ついでに、巨大鮫にぶっ飛ばされていた馬鹿星を診てもらう。骨の一本二本は折れているだろうと思ったが、軽い打ち身でピンピンしている。自分とアキラもかすり傷だった。
湯屋は、今日は新選組の貸し切りだ。町の者たちは今ごろ、死んだクソ鮫の残骸を見物しに行っているだろう。
血と泥汚れを落とすのに、だいぶ難儀する。しかも生臭い。なにかヌルヌルする。
ぬかや灰汁では歯が立たず、石鹸などの高価なものを、久方ぶりに使った。
この湯屋は海沿いにあるので、水の貴重な都とは違い、海水を引いてきて沸かした湯だから、いくらでも水がある。塩からい湯なぞ珍しいが、漁師が冷えた体を温めるためにはじめたものだという。
洗髪をして困らぬほどの豊富な湯量がなければ、数日は魚臭いまま過ごさねばならぬところだった。
ようやく生臭さがとれて、熱い湯船に浸かる。
そのわきの岩盤の上で、ソウゲンが、獣の手ではうまく体が洗えないスズランを、もみくちゃに洗ってやっている。
両手でわしわしとこねまわして泡を立てる。頑固な汚れが一度では落ちず、湯をかけて流してやってから、またモコモコとした白いあぶく玉を作っている。
狐坊主は「あーそこそこ」とうっとりした顔で、気持ちよさそうな声を出す。ケダモノのなりをして、声はいつもの坊主のものだから、妙な感じだ。
「スズラン殿。どこかかゆいところはありませんか」
「かゆいところはないけど、頭撫でてよしよししーて」
「おやおや。ふふふ」
「うふふふ〜。ソウゲンちゃん、お手々おっきぃねえ」
ニコニコと笑う医者。笑い返す坊主。狐の姿。
人と毛むくじゃらの新婚夫婦のごときやりとりに、湯につかって体を温めているはずが、鳥肌が立った。天才でもデレデレとするのだな。
湯舟に犬を入れるなと番頭に言われたので、たらいに湯をはる。狐坊主はたらいの湯に浸かるなり、上向きになって腹を見せて頭に手ぬぐいをのせ、唄いはじめた。
──土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た。
その唄が好きだな。よさこい坊主。
もつれてドログチャの赤茶色になっていた毛が、丁寧に洗われて、もとの紫色を取り戻した。
狐は機嫌が良い。もう何べんも聴かされた唄が、湯屋にたちこめる湯気のなかに、こもったように響く。
「はぁ〜、極楽よぉ。もうちょっとでホントの極楽行きになるとこだったけど〜」
こいつ人生楽しそうでうらやましいな。皮肉だが。
なにかにつけて口ずさんだり、鼻歌を歌っているよさこい節は、スズランの師を唄ったものだという。
剣も振れぬ貴様が、師から何を学んだ。
念仏祝詞にオラショに花言葉。なんだ最後のは。数十年前にふらんすでしたためられたという、花に言葉と意味を与える貴重な書の知識が、貴様の師にはあった、と。
なぜ坊主にそんな知識がいる。好いた女の気を引くため。生臭坊主の師は生臭坊主か。
スズランの師は、寺を追われた破戒僧で、食うために異教の祈りを覚えた。それは生きるための金ほしさから出た偽の祈りと師は言うが、誰もかれもに分け隔てのない祈りこそ、誠の祈りだ立派だと貴様は感心し、まだ見ぬ祈りを必要とする人々のために教えを請うた。
なるほど。よくわからん。
それにしても、あの巨大鮫。
自分たちが、いまにも喰われようというとき。喉の奥に紫色の光を見た。
以前倒した、神社で生贄をとろうとしていた、人語を解する巨大猿も、同じ光を宿していた。
そして自分が昔、山で化け狼に喰い殺されそうになったときに見た光も同じく。
雑面ノ鬼の使う、妖刀が放つ禍々しい光だった。
あれらの獣は、雑面ノ鬼が妖刀を量産する際に垂れ流した薬品だか呪いだか知らぬが、それがために人の血肉に狂ったのだろうか。
獣が皆おかしくなっているわけではないので、理由としては弱い気もする。
なぜあれらだけが。
……湯に浸かったまま寝るな、馬鹿星。
疲労困憊しているからとて、局長として示しがつかぬその態度。
狐坊主。湯に浸かるのに飽きたか、たらいを舟にして湯に浮かび、とっくりを抱いて、医者に「どうぞ一杯」と酌をしている。「これはどうもなのです」と医者。自由だなこいつら。
坊主はたらい舟の上で、平気な顔だ。今しがた乗っていた船が沈んで惨事になったことを、すでに忘れているらしい。やはり獣か。
「サクヤ殿は、近頃どこか藤堂殿に似てきた気がするのです」
「ねー。ふざけたりノンビリしてる人を見つけると、コラッ、って叱ったりするとこ。いつも見てるもんね、そりゃあね」
ぬるい笑顔を向けられている。なんだこいつら。