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壬生怪談・百物語




〇六〇・銭湯・二(藤堂)


 サクヤか。入れ違いになったな。こちらの見分は終わった。
 奉行所の面々、これで商船がまた普段通り行き来できると、いたく感激していて話が長くなった。
 日が落ちて暗くなったので、くわしい調査は明日だ。

 ところで、ソウゲンが表で涼んでいるのを見たが。
 膝のうえに、鼻提灯をつくってヘソ天で寝ている獣をのせて、うちわであおいでやっていた。
 何をしているのだと聞くと、濡れた体毛を乾かしているのですと返ってくる。
 さすがに過保護ではないか、アレは。
 
 屯所へは明日の朝一で戻るとして、今日は奉行所のほうを通して、近所の寺に泊めてもらうことになった。
 一番星はもう限界に眠いというから、先に向かわせたところだ。アキラも、ちょうど入り口でかちあったので、近藤局長がどこぞで行き倒れぬようにと預けてきた。

 うん、お主もう上がったのではなかったか。夕涼みをしていたのだろう。
 服を着たまま、なんだ。犬でも洗うつもりか。
 頭くらい自分で洗うわ。体も。は? ソウゲンがスズランに何やかやと世話を焼いているのを見せつけられたので、自分も何かそういうことをしたくなった、と。
 お主、よくわからんとこでまで負けず嫌いよな。
 ま、構わん。お主の気は済むし、私は手を借りて助かる。頼もう。

 ギャタロウとボウが船を出して、巨大鮫の死骸を調べていたのだが。
 あやつら、妙ちくりんなモノを見つけてきた。
 紫色の発光体。おそらくは鮫の卵だ。大きさは三寸ほど。淡い紫の体色をした、ダルマのような腹の奇妙な小魚がなかに見えた。
 まだ生きて動く。孵化直前の様子だったので、卵ごと瓶に入れて回収した。
 ソウゲンに渡して詳細を調べてもらおうとしたのだが……。

 奪われてしまった。
 先に一番星を帰したのは、それもある。あれの弟が来たのだ。
 雑面ノ鬼の大将、羅生丸。
 結局鮫の卵は、あんなものを何に使うのやら知らぬが、持ち去られてしまった。
 しかし羅生丸とともに来ていた、雑面をつけた手下を捕らえたので口を割らせたのだ。
 これはにわかには信じられぬので、眉唾ものとして聞いてほしい。

 ──昨今、巷を騒がせる、紫色の体皮体毛の物の怪。
 なめくじに、猿。未だ生まれぬ鮫の稚魚。それからこれは本人だけが騒がしいのだが、狐。
 化け狼に巨大鮫も、紫色の妖しい光を放っていたというので、数に入れておこう。

 妖しい光を放つ獣たちは、雑面どもの佩く妖刀と関係があるのかもしれぬと、お主は言っていただろう。
 どうやらその通りだ。
 妖刀を浸した水には、命を奪われた人の魂から溶けだした穢れが混ざる。
 水を飲み、しびとの無念をとりこんだ親から生まれる子の体には、生まれながらに濃縮された穢れが溜まっている。
 海水が乾いて塩の結晶になるのと同じように、人の無念の想いをこりかためたものでできた獣たちは、生きて動く妖刀のごとき存在だ。

 獣の血肉に混ざった人の魂たちは、喋りたがりだ。不服を申し立て、恨みを込めて、あるいは未練を叫ぶ。すると獣は、人の言葉を自然に話すようになる。
 人を襲って食らうのは、妖刀が人を斬り魂を吸い取り、動力源として貯蔵するに同じく。
 雑面をつけた人間が、妖刀で人を斬り殺して魂を集めるよりも、扱いやすかろう。なにせ獣たちは本能に従い、野に放てば老若男女貴賤をとわず、放っておいても人を喰らい魂を腹にためていくのだ。

 このような調子だ。
 今はまだ偶然生まれるものにすぎんが、式神作りの材料になる、と聞いた。
 面妖な術だとかまじないだとかは、私にはよくわからんが、囚われればおそらくは、ソウゲンが遺体を開くようなことを、生きながらにされるだろう。

 紫色の獣のことは、よく見知っているのだが。
 あれが人の無念、死に際の呪いの成就した姿だとしたら、いったい誰のどんな想いから生まれ出たのだろうと考えた。
 ……のだが、どう考えても悪いものが思い浮かばなかった。
 いいところ最期に酒が一滴でも飲みたかったとか、一回でいいからモテたかったとか、そんなしょーもないやつであろう。
 父狐の教えがよかったのだろう、と。
 良い師にも恵まれたらしい、と。なるほど。

 あれが、人の想いをこりかためた末に生まれた命だというなら、弔ってくれ、救ってくれと願っていた者たちの魂に、まじめに向き合ってやっているのかもしれぬな。
 うん、やはり、悪いものではなかろうよ。

 しかし、あの毛玉姿でうろつかせるのは考え物だ。
 万一、雑面ノ鬼どもに捕まったら、あやつ泣くだけでは済まんような目に遭わされるぞ。
 いつもの姿に化けられるのか。まだ斎藤一さんの頭は必要だろうか。
 ようやくあの人の頭を体といっしょに弔うことができると、先ほどは安堵したものだが、斎藤一さんが何も文句を言わないということは、スズランにくれてやったということだろう。勝手に弔ってしまっても良いものか。
 床下のタヌキは、スズランは化けるのが下手だと笑いものにしていた?
 うーむ。うまくいかぬようなら、目くらましに、ソウゲンに毛を染めさせるしかないが……。
 しかし、なにゆえ化け狐の心配をして気を揉んでいるのだ、私は。謎だ。

 どうしたサクヤ。もの言いたげな顔をして。
 ……今日は、湯屋は新選組の貸し切りだ、と?
 何が言いたいのかはわかるが、このあとギャタロウとボウが来るのだぞ。
 先ほど、留吉といっしょに飯を食いに行くと知らせにきた? ぬるい笑顔で何やら激励された、と。
 ……もしかして、屯所じゅうにバレとるんではないのか。ゴ、ゴホン。まさかな。




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紫鈴堂・えしゅ 2023」−