……(目次にかえる


壬生怪談・百物語




〇六三・代筆(ソウゲン)


 拝啓、父上殿。

 父上殿と文を交わしておりましたスズラン殿が、紆余曲折を経て小さな獣の姿になってしまったので、筆を持つことが難しく、小生が代筆をしております。
 実父へ代筆というのも、なにやら妙な気分ですが。
 鞠ほどの大きさの狐がこの膝の上に座り、文机に手をかけて、あれを書いてこれを書いてと身振り手振りも大きくせがまれるのは、柔らかい毛の束が顔や腕に触れるばかりではなく、なにやらくすぐったい心地なのです。

 あまりにもお姿が愛らしいので、銀板写真に収めようと思い立ちました。
 気まぐれなお方なので、長い時間ひとところにジッととどまっておられることは少なく、こうして眠っている写真ばかりになりました。
 同封いたします。(※文机に突っ伏して眠る狐の写真)

 小生は話し始めると長くなってしまう癖があり、また書に没頭すると黙りこんでしまいますので、そうすると話し相手をなくしたスズラン殿はこのように、部屋のどこででも眠ってしまうのです。
 このような面白みのない男の相手など、退屈をしているのではないかとも思うのですが、スズラン殿は、小生の部屋で眠るのは上役に見つかって叱られる心配が少なく、また部屋にある様々なもののにおいが混ざって心地良く、寝つきがよくなるのだと言ってくださいます。
 出会ったばかりの頃よりそうでして、以前は部屋の端のほうで、あふれている物を整えて寝る場所を作っておられましたが、昨今は小生の膝の上が定位置のようです。
 眠りながら口の中で途切れ途切れに念仏を唱えていらっしゃる姿を見ていると、この方は夢の中でも僧侶なのだと感心するものです。

 そういえば先日、長兄の踪一に相談事の文をもらい、久方ぶりに実家のほうへ顔を出しました。
 父上殿は江戸に用がありしばらく滞在するとのことで、お会いすることはかなわず、スズラン殿が残念がっておられましたが……。

 家では兄たちが顔をそろえていたので、以前の家のお取り潰し騒動のこともありますし、何事かと身構えていたのですが。
 どうやら相談事とは別に、末の弟の許嫁を一目見てやろうと考えていたようなのです。
 思えば先の事件の顛末を、兄たちは知らないでしょう。化けなめくじのナメ助殿が、藩主のご遺体にとりつき動かしている姿を、実際に見なければ信じがたいはず。
 ゆえにスズラン殿を、美貌で藩主をたぶらかし、意のままに操る男妾のように思っているのかもしれません。
 命を救われた感謝半分、警戒半分というところでしょうか。

 スズラン殿はそんなことは構わず、「ソウゲンちゃんのお兄さまたちにごあいさつだなんて、心の準備が大変」「やだっ、ヒゲに寝ぐせがついちゃってる〜だらしない狐だってバレちゃう〜」「手土産はどうしようかしら? ソウゲンちゃんのお兄さまってなにが好きなのかしら?」と、慌てふためいて飛びまわっておりました。
 あまり気を遣わせるのもどうかと思い、「ドングリでいいでしょう」と言いますと、「ドングリが好きなの!? 人間なのに!?」と驚愕しておられました。

 スズラン殿は以前見た十二人の兄嫁たちの、良家の娘ゆえの品のよい姿を思い出し、あんなふうにならねばと思ったのか、「おしとやかなお嫁さまになるのよ……スズラン、ガンバ」とブツブツと呟いておられました。
 そう気負わずともと思う反面、小生の妻として振舞おうと奮闘してくださっているお姿が、なんともいじましく、うれしい気分でした。
 表立って言いはしませんが、聡い方なので、兄たちが色眼鏡で見ていることに気づいているはずです。それでも彼らと仲良くなろうと努力してくださっている。
 いつも思うのですが、ひたすらにお優しい方なのです。

 屋敷につくころには、スズラン殿は緊張しきりでした。
 「おしとやかに、おしとやかに」とつぶやきながら、右手と右足がいっしょに出てはつっかかり、コロコロと転がっていく始末。かわいいのです。
 先に連絡を入れておりましたので、兄たちはすでに部屋に集まっておりました。
 そこへ、ドングリをいっぱいつめた唐草模様の風呂敷を背負って、

「しゃなりっ! しゃなーりっ!」

 ……と叫びながら、背筋をのばした小さな狐が飛びこんできたので、面食らっておりました。
 口で言うのだなあ、と小生は思いました。
 思わず「大変に愛らしいのです」とこぼしておりました。
 家のものは皆、昔から毛の生えた生き物が好きでしょう。兄たちも喋る狐に戸惑いつつ、「うむ……可愛いな」「たしかに……」と頷いておりました。

「えーとえーと、スズランです。ソウゲンちゃんのお嫁にきました。お義兄さまがた、ふつつか者の狐ですが、よろーしくお願いします! これドングリです。いっぱいあるよぉ〜」

 スズラン殿は、はつらつとそう言って、三つ指ついて頭を下げました。ドングリがふろしき包みから、ふたつみっつ、パラパラと零れ落ちます。
 紫色の尾が、尻の上で左右に揺れておりました。
 毛の生えたまんじゅうのようになったそのお姿を見て、兄たちは「ウッ」とうめいたあと、「これはたぶらかす」「意のままに操られる」と口々に言っておりました。
 うちの者は皆、やはり、毛むくじゃらの獣が好きですね。

 狐を嫁にもらうことについては、不思議と誰の反対もありませんでした。
 長兄が言うには、小生が人間と夫婦になるのは絶対に無理だと思っていたので、ちょうど良い落としどころなのだろうな、と。ほかの兄たちも同じ気持ちのようです。

 それで長兄の相談事というのを、うかがったのです。
 父上殿もご存じの、敷地内に建っております古い社のことなのです。

 長兄・踪一が家督を継ぐより前のこと。まだ若いころのことです。
 一族集まっての酒宴が開かれることがありました。
 今は亡き曾祖父や祖父母もいたそうです。小生はといいますと、物心つくかつかぬかというころ。いつもの書庫にこもって、書を読みふけっていたことでしょう。
 皆、だいぶ酒が入っておりました。酒が入れば、人は誰しも口が軽くなるというもの。
 曽祖父が、ぽつぽつと話しはじめました。

 長く続く小生たち一族ですが、享保のころの大地震で多くの犠牲者を出しました。
 崩れた屋敷に潰された者もいたといいます。続く火災で商売道具もなにもかも失い、苦しい生活をしておりました。
 その折に、蛇神が当主の夢に現れ、己を信仰するならば助けてやろう、と言いました。
 蛇を模したしめ縄を作り祀れば、これからお前の診療所は繁盛する。生まれては死んでいく跡継ぎに困らぬよう、驚くほどの子だくさんになる。
 ただし当主一代につきひとり、生贄を捧げよ。
 当主は所詮は夢だと思っていたので、蛇神にうんと頷き、信徒になると約束をしたのです。
 以来我が一族からは、一代にひとり、蛇が原因で死ぬものが出るようになりました。
 毒蛇に噛まれて命を落とすもの。薬草をとりにいった山で、見たこともないほどに大きなアオダイショウに丸のみにされるもの。小さな蛇たちが腹の中に、臓器のかわりに詰まって死んでいるものも出ましたか。
 曾祖父の弟も、それで亡くなったそうです。暑い時期に川へ入っているときに、蛇に巻きつかれて深い淵のほうへ連れ去られたきり、戻ってこなかったと。
 医者ならば非科学的だと言いそうですが、なにぶん何十年も前のことです。現在よりも闇が濃く、神隠しなる言葉があるほど、人が消えるのはよくある時代だったのでしょう。

 黒船がやってきて、西洋の医療技術が伝来し、迷信は次々に暴かれていく。
 そんな時代に時代錯誤な生贄なぞやれぬと、小生たちが若いころに、祖父は家に祀られていたしめ縄を外し、社の扉を釘で打ち付けてしまいました。
 それなので我々の代からは、蛇で死ぬものはまだ出ておりませんが……。

 先の家の取りつぶし騒動から戻った際に、長兄は封印された社を見に行ったそうなのです。
 すると、打ち付けられた釘が錆び、扉が半分開いている。慌ててあたりを見回すと、大きな蛇がとぐろを巻いて、長兄をジッと見つめておりました。
 不気味なことに、蛇の頭は人間のようで、よく目をこらせば死んだ曾祖父にそっくりだったそうです。

 思わず逃げ帰ってきた長兄は、先の取りつぶし騒動は、まことに蛇神の祟りなのではないかと不安に思いました。しかし、いい年をした医者が、蛇の祟りだ生贄だと騒ぐわけにもいかず、人知れず悩んでいたそうなのです。
 父より話に聞くことがあるスズラン殿ならば、魑魅魍魎に造詣の深い僧侶であられますし、なにか良い策を思いつかれるかもと思い立って、此度相談するに至ったということでした。

 黙って話を聞いていたスズラン殿は、「好いたお人との結婚ともなれば、試練がつきものだよね。古事記にも書いてある」と、重々しく呟かれました。
 「いや、そういうつもりではなく」と長兄が言い、小生も「ふつうに認めてくださってますよ」とお伝えしましたが、スズラン殿は思いこみが激しく頑固な方ですので。
 屯所での仕事中にもあまり見たことのないまじめな顔をして、「ブッコミだー! おらーっ!」と近藤局長殿の口真似をしながら、やわい前脚で素振りをしておられました。
 かわいらしい、と小生がこぼすと、うん、と長兄も頷いておりました。

 蛇を祀った社は、長兄からの話に聞いたとおりに、屋敷の敷地の端のほうにありました。
 この家に長いこと住んでおりましたが、小生はまったく存在を知りませんでした。かつては神にも仏にも、興味がありませんでしたので。
 母が存命のころは、きれいに保たれていたそうなのですが、今は誰も近寄らぬので、うらさびれておりました。
 母が早くに亡くなられたのは、蛇神が身のまわりの世話をさせるために連れていったからだと、医者の一族でありながら、祖父母などはかたく信じていたそうです。
 社のにおいを嗅ぎながら、スズラン殿が蛇神にまつわる話をしてくださいました。

 ──蛇の神さまというと、有名どころでは、神道の夜刀神かな。
 昔むかし、葦原を開墾しようとした麻多智という人の邪魔をしようとしに出てきたの。
 麻多智は夜刀神を聖域に封じて、「これからは神として祀るから、もう出てこないでくれ」って約束したのね。
 時代は下り、今度は壬生連麿って人が谷に堤を築こうとしたときも、夜刀神の群れはまた邪魔をしに出てきた。そう、いっぱいいるのね。
 壬生連が怒って「すべて殺せ」と手下に命じると、夜刀神は恐れをなして逃げてった、とか。
 そんな神様が、ほんとにいたかはわからないよ。土地の開墾の邪魔する自然現象の見立て、なのかもしんない。

 ──それか、仏教の宇賀神。人間の頭を持った、蛇の体の福の神様。
 名前は神道の宇迦之御魂神からきてるんだろうけど、どういう関係かはよくわかんない。
 今は仏教の神様で七福神の紅一点・弁才天様と習合して、彼女の頭の上にでーんとのっかったりして表されることもある。

 ──生贄をほしがる蛇の話は、日本各地で聞くけれど、数が多すぎて「この蛇だ」とはいえないね。
 いい蛇もいれば悪い蛇もいる。人間や狐と同じよ。
 さてさて鬼が出るか蛇が出るか。九割九分九厘、蛇よねぇ〜。うふふふ。

 社の鈴を鳴らすと、どこからともなく無数の蛇たちが現れました。
 長兄が、あっと声を上げました。理由は小生もすぐに知れました。
 蛇たちの顔が、どれも人間によく似ていたのです。いえ、人間というよりも……。
 うちの血のものは、よく蛇に似ていると言われるでしょう。その蛇たちは、面影が祖父や叔父によく似ていたのです。小生は気づきませんでしたが、長兄は前に遭遇した、曾祖父に似ている大蛇もいると言っておりました。
 するとどこかに母に似た蛇もいたのやもしれませんが、数が多すぎてわかりませんでした。

 こちらにつめかけてくる緑色の体をした蛇たちは、みな表情はなく、人の心があるようには見えませんでした。蛇なのでそれは当然なのですが、親類縁者の顔をしているので、感情が抜けた空っぽの顔つきが、なにか奇妙だったのです。
 しゅうしゅうと独特の音を出しながら、数え切れぬほどの蛇たちが、小生たちのまわりを取り囲み、輪を狭めてきます。 
 噛まれればどうなるのでしょう。毒蛇の種類は、見分け方を書で読んだことがありますが、なにせ頭が人間のものですので、毒のありなしはよくわかりません。

 身内の姿かたちをしているとはいえ、襲い来るならば斬らねばしょうがない。
 小生が、腰の赤心沖光を抜こうとしたとき。
 蛇の群れのなかに、一匹だけ小柄な白い蛇がおります。
 その白い蛇をめがけて、狐がとびかかっていきました。
 スズラン殿です。「おらーっ!」と近藤局長殿の口真似をしているのは、元々いくさの嫌いな方ですので、そうして己を鼓舞しているのでしょう。
 思った以上に鋭い歯でもって、食いついた蛇の頭を噛みちぎると、ばりばりと音を立てて食べてしまいました。

「ソウゲンちゃんに、お身内の顔をしたものを斬らせるわけにはいかないよね」

 スズラン殿はそう言いながら、残った白蛇の体を、スルメでもかじるようにたいらげてしまいました。それよりも小生としては、妙なものを食べて、腹でも下さないかと心配でしたが……。
 スズラン殿が白蛇の頭を噛み砕いた瞬間、先ほどは小生の身内の顔に見えていた蛇たちが、憑き物が落ちたかのように、何の変哲もないアオダイショウへと変わっておりました。
 たくさんの蛇たちは、次々に茂みのなかへと帰っていきました。仲間の蛇を食らうスズラン殿を見て、天敵の狸だとみなしたのかもしれません。

 蛇の血を浴びて毛が赤く染まったスズラン殿は、辺りが静かになるとハッとした様子で、「あらヤダ、はしたないことしちゃったわ、ソウゲンちゃん大丈夫? 今の全然おしとやかじゃなかったけど、ゲンメツしてない?」と慌てられるので。

「我が一族を救って下さって、感謝するのです。勇敢なお姿も大変素敵でした」

 小さなお体を抱き上げて、そう感謝を伝えると、「キャーッ! キャーッ! 顔と声がいいーっ!!」と真っ赤になって顔を覆っておられました。おかわいらしい。

「霊験あらたかな蛇神様って聞いてたけど、僕みたいな喧嘩が苦手な奴に食べられちゃうくらいだから、これはただの蛇だね」

「ほんとの神様ならともかく、ただの獣に人間の家運をどうにかしたり、一族を滅ぼすほど派手に祟る力はないよ。こないだお取りつぶしになりかけたのは、お化けのせいじゃなくて、悪い人間に目をつけられたからだし」

「ソウゲンちゃんのお家が立派になったのは、蛇がなにか手伝ったわけじゃなくて、お家の人が怪我や病気をした人たちのために必死で働いたからでしょ。跡継ぎの子がすぐに死んでいたのに、たくさん生まれて元気に育つようになったのは、お家が持ち直して皆が食うに困らなくなったからだよ。ポッと出の名前もわかんない神仏の加護とか、あやしいやつの言うこと鵜呑みにしちゃダメだよ」

 スズラン殿が、そう諭して言われました。
 先祖代々の守り神を殺してしまい、青くなっていた長兄も、蛇と同じあやかしの狐の言うことだと、すぐに納得したようです。

 人間の生贄を要求していた蛇を退治してくださったことで、兄たちはスズラン殿が家を二度救ってくれたと感謝し、今では玄関の横に小さな稲荷社を作り、手をあわせているとか。
 話を聞いたスズラン殿が、「ご利益とかべつにないけど、いいの? かわいいくらいしかないよ僕」と照れて恥ずかしがっておられるので、充分ですよと返しました。

 人の行動を予測するのは、医の道を歩み、多くの人を観察してきた者にはたやすいのです。
 そんなささやかな知見を披露した際に、「神様みたい」とスズラン殿に言われたことがあるのです。
 小生にとっては、このような人付き合いに不慣れ、かつ面倒な男の隣で辛抱強くつきあい、常に新しい発見をくれて退屈させず、こちらが己の信じる医の道に突き進むあまり人の道を外れそうになれば、「そればかりはならぬ」と諭して下さるこの方のほうこそ、そう呼ばれるにふさわしいと思うのですが……。
 神でもなければ成せぬということを、なんでもない顔でやってみせてくださる。ですから、兄たちに手を合わせて拝まれるようになるのも道理だと、小生は思うのです。

 代筆と言いながら、スズラン殿がヘソ天なるなんともかわいらしいお姿で眠ってしまわれましたので、此度の文は末の息子の近況ばかりになりました。お許しください。

敬具

追伸

 兄たちが「鈴蘭大明神」なる稲荷社を作って、毎日手をあわせてくださっているためか。それとも、神を騙る妖しい蛇を喰らったことでか。
 スズラン殿はこのところ体の調子がすこぶる良いとのことで、人に化けてみせてくださったのです。ですので、次からはまたいつものように、スズラン殿から父上殿に文が届くことでしょう。

 久方ぶりに見る斎藤一殿のお顔ですが、まだお姿が安定しない様子。近藤局長殿などは「スズランって、話数ごとに作画が違う感じがする」とよくわからぬ感想を言われますが。
 どちらにせよ、かわいらしいことに違いはないので、写真を撮りました。
 ジッとしていることが苦手なお方なので、眠っているお姿しかありませんが、同封するのです。(※文机に突っ伏して眠る人の写真)




前の話にもどる ・ 次の話にすすむ ・ 目次にかえる

この小説は二次創作物であり、版権元様とは一切関係がありません。無断転載・引用はご容赦下さい。
−「壬生怪談・百物語…
紫鈴堂・えしゅ 2023」−