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壬生怪談・百物語




〇六四・閑話(ギャタロウ)


 壬生屯所、八木邸。夜も更けたころ。
 庭に面した縁側に寝ころんだスズランが、汗のにじんだ額をうちわであおぎながら、とっくりを傾けてぬるい酒を盃に注いでいく。

「こう暑い日が続くと、体がヘバっちゃうよねぇ。ギャタロウちゃん」

「おうよお。今日の昼間も、お医者先生のところへ担ぎこまれる平隊士が、けっこうな数いやギャったんだってなァ。若い組長どもは、軟弱者だの、鍛え方が足りねぇだのとピシャリとやるが、オイラはちょっとわかるわ。京の都の暑さ寒さは、よそから来た人間にゃめっぽうきつい。若けりゃナンボでも耐えられるギャ、歳いってくると骨身にしみて堪えるわ」

 ギャタロウは、小さいがよく手入れされた庭の、灯篭のあたりでピカピカ光る蛍を眺めながら、鱧の湯引きを噛みしめる。
 横ではスズランが、骨せんべいをガリガリとかじっている。柔和な顔つきをしているくせに、存外歯が鋭い。
 会ったばかりのころに、坊主が生臭を口にしていいのかよと声をかけてやったら、破戒僧だからねぇ、と返ってきたものだが。

 ──まじめに言うと、お寺によるんだよねぇ。

 決して口にしない決まりの寺もあるし、自分で料理するのは殺生になるが、出先で人から出されたものには口をつけていいという寺もある。
 生き物が殺されたところを見ない、聞かない、己のために殺されたという疑いのない三種浄肉ならばよい、という寺もある。

 ──肉を食することが生臭ってわけじゃないよって、お釈迦様も言ってたしねぇ。

 ガリガリガリガリと骨をかじる口が、見れば耳まで裂けている。
 人に化けるのが下手なあやかしに酒が入って、化けの皮がはがれかけている。コレもうそういうアレじゃねぇな、とギャタロウは思う。今のスズランの姿を平隊士が見たら、腰を抜かすに違いない。

 そういえば先日、蒸し暑い夜にせめてもの涼をとろうとしてか、平隊士たちが怪談話をしていたな、と思い出す。
 肝が冷えても、この暑いのは変わらぬだろうに、暇なギャツらだなあと考えながら横を通りかかったときに、偶然耳に入ったのが──。

 ──藤堂平助が、斎藤一の首を埋めていた。

 そういう話であった。
 しかしその後に、斎藤先生本人が平気で酒を飲んでいる姿を見たのだと、平隊士はおどろおどろしく語った。今見たものは夢か。己は酒を飲みすぎたのか。それとも斎藤先生は、死んでも蘇る不死身の男なのかもしれぬ──。
 カッケー。俺、今度から斎藤先生のこと、不死身の斎藤って呼ぶわ。俺も俺も。

 キャッキャとはしゃぐ平隊士たちを尻目に、まあ怪談話やら噂ってやつはそんなもんだなあ、とギャタロウは考えながら通り過ぎた。

「平隊士といやぁよ……。八木サン家の世話になってるオイラたちはいいギャ、ほかの奴ら、ろくなもん食ってねぇだろな。もしかすっと逆に、白いおまんまのおにぎりを炊き出しやってるうちのガキどものほうが、いいもん食ってるかもしんねぇな」

「たしかに男ひとりだと、食生活が心配になってくるね。料理ができる人はあんまりいなさそうだし、毎日仕出しとなると懐が痛いよぉ。うちは体力勝負の仕事でしょ。ちゃんと食べなきゃ、刀振るのは大変よ」

「毎日腹いっぱい食っちゃ寝してても、刀振れない坊さんに言われちゃ、世話ねぇや。食べ盛りの若い男となりゃ、肉も魚も甘いもんも食べたいよなぁ。しょうがねぇ、一肌脱いでやりますかぁ」

「おっ? ギャタロウちゃん、やっちゃう? やっちゃう?」

「おうよお、おまえ」

「あいよお、あんた!」

 阿吽の呼吸で、ギャタロウとスズランは手を叩きあわせる。
 それを通りかかったソウゲンが、仏壇の前に突っ立って、ぼーっと見ている。また酔っ払いが何がしか、おかしなことをはじめたらしい、という目。
 話を聞くと、納得した顔で手を打った。

「なるほど。よい考えなのです。健康な体がなければ、新選組の仕事は立ちゆきません。健やかな体は栄養のある食事からというのは、理にかなっているのです。微力ながら小生もお手伝いをさせていただきましょう」

「いや先生ェ、大丈夫かよ。前に先生が作った漢方薬入りの豆大福を食ったボウと一番星が、口から葉っぱが生えてきたやら、尻から花が咲いたやらと聞いたんだがよ」

「すこし生命力が強すぎましたかね」

「そうはならんやろがい」

 ギャタロウとソウゲンが不穏な話をしているあいだに、スズランは縁側に面した、文机のある部屋の箪笥をゴソゴソとあさっている。
 久方ぶりに引っ張り出してきた割烹着を着て、得意そうにフスッと鼻息をこぼした。

 屯所居酒屋「すずたろう屋」、まもなく開店である。




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