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壬生怪談・百物語




〇六六・宝珠(ギャタロウ)


 梅雨の時期といっても、まったくおかしな降り方よ。
 ザアザアゴロゴロと、雷神様がヘソを曲げたみたいな雨が、もう何日も続いていたが……。
 今日はようやっと晴れ間が見えて、町じゅうの家でしけった布団を干しだしてよぉ。遠目で見ると、蒸し暑いなかに雪でも積もったみてえだったなぁ。

 おう、らっしゃい。
 あ、あんた、元お相撲さんの平隊士だ。
 え? もう「越ノ海」の四股名は捨てたって? まあいいじゃねぇか、オイラぁあんたを贔屓してたんだい。
 一緒に来たんは小林に矢部か。まずは座って飯を食え。腹ァ減ってんだろ。
 鱧でごぼうを巻いたのと、酢の物に蛸の煮たの、しょうがご飯。まずはこんなところでどうだい。酒も冷えてるぜぇ。飯のあとには、昼に仕込んどいた甘味もあるかんな。

 「永倉先生に斎藤先生、何やってんすか」だってぇ?
 いやいや知らねぇなあ。今のオイラ達ァ、しがない居酒屋の大将とおかみよ。なんだ、笑うんじゃねぇよ。

 おめえさんたち、しばらく顔を見ねぇと思ってたら、へぇ、遠く琵琶湖くんだりまで、盗賊退治に行ってきたって?
 新選組は京の都の治安を守るためにあるってのに、何がどうしてそんなとこまで捕り物に出かける羽目になったんだい。
 あん? 盗賊どもが、揃いの奇妙な面をかぶっていたって?
 各地の神社仏閣からお宝を盗み出す、不届きな奴らだってのか。
 へぇへぇ、悪趣味なお面をつけてたとあっちゃ、そりゃあ逆にウチの領分かもしんねえなあ。

 琵琶湖のまんなかに浮かぶ弁財天様の島が、お面かぶった盗賊どもに占拠された。
 物騒だな。それにしても島ひとつ、そう簡単に取れるもんかねぇ。
 なんだって、おまえ。「琵琶湖の真ん中に浮かぶ竹生島弁財天は、古来から神の棲む島といわれていて、夜中は無人になる。人がいるとしたら宿直のお坊さんくらいのものだから、雑面かぶった盗賊たちが落とそうとすれば容易いはず」だって? さすが物知り坊主。
 それにしても、無防備だなァ。見張りが坊主だけじゃ、泥棒が入り放題じゃねぇか。
 わざわざ琵琶湖のどまんなかに浮かぶ小島の、険しい崖の上の寺に、夜中に盗みに入るようなのはいない?
 いや逆に、いるからこんなことになってるんだろうがよ。

 で、いわくつきの妖刀持った連中にゃ、誰も歯が立たねぇってんで。
 京には、雑面つけたならず者どもを、次から次に打ち負かしてはひっ捕らえ、お上の評判もアゲアゲの新選組様がいらっしゃる。どうか力を貸しちゃもらえねえでしょうかってことで仕事がきて、土方先生を筆頭に、平隊士たちが丸子船に乗って向かった。
 いや、組長、あいつひとりだったんかよ。
 ちょうど手が空いてる奴がいなかったってぇのと、あとはまあ言っちゃあ管轄外だし、今回は土方先生が貧乏くじをお引きになった、ってことか。
 いうても、あのお人ぁ仕事選ばねぇとこあるからなぁ。そこが偉いとこではあんだけどな。

 丸子船ねぇ。見たことあるぜ。白帆の船だろう。
 たしか、鳥居の形した支柱がついた……うぇっ、嫌な思い出が蘇ってきて、ゾーッと鳥肌が立ってくるが……イヤイヤ、こっちの話よ。

 新選組が乗った丸子船が島に近づいてきたと知ると、雑面の盗賊どもは港に勢ぞろいして、あやしい光を放つ大砲やら銃やらで、バンバン撃ちまくってくる。
 狙いが甘いから、距離があれば当たりはしねぇが、こりゃたまらねぇ。いったんは退散したおめえさんたちは、一計を案じた。

 バーンと帆をはった丸子船で、港へ正面から近づいていく。そいつらはオトリだ。
 そこへ逆側から土方先生が、小舟で島に乗りつけて上陸し、雑面どもを挟み撃ちにする。

 えっ、しかし寺は崖の上にあんだろい。
 垂直の壁を逆に駆け上がっていくような真似事は、普通の人間にゃ難しいんじゃねぇのかい。
 あ、そうだった、土方副長、普通の人間じゃねぇんだった。
 断崖絶壁をヤモリみてぇにスタスタ駆け上がっていくなんざ、お手の物だよなぁ。足の裏にタコみてぇな吸盤でも生えてやぎゃんじゃねえのか、あいつ。

 あん、なんだい、おまえ。
 琵琶湖の波は、想像以上に荒っぽい。「急がば回れ」って言葉のもとになったくらいだ。

 ──もののふの 矢橋の船は速けれど 急がば回れ 瀬田の長橋

 波の荒い琵琶湖を船で渡ろうとすると沈むことがあるから、時間はかかるが橋を通ったほうがいいという歌、だって。
 とくに竹生島が浮かぶ北湖は、荒れやすい。しけった海みてぇに高い波が出る。
 そんなところへ、よく小舟で出ようなんて無茶を考えたもんだ、ってな。

 平隊士連中は、逆になんて?
 おん、自分たちも無茶だと思ったが、土方先生に物申すのは怖い。そうだな、あいつぁとっつきにくい性格だし、上役の言うことしかまともに聞きゃしねえ。
 しかしてめぇで無理だと判じれば、わざわざ死に急ぐような無茶ぁしねぇよ。いくさやる時の頭のまわりの早さは、オイラたち組長のなかでも随一だろう。慣れてんだな。
 確かに土方先生なら、やってのけてしまわれるんだろうなと思った、って?
 あいつの身軽さやすばしっこさは、とんでもねぇもんな。オイラもたまに目で追えねぇ時があるくらいだわ。
 なんだい、おまえ。そりゃ老眼的なやつじゃないのかって? うるせぇやい。

 

 そんで土方先生は、おめえさんたちのご期待にこたえて、荒波の中を小舟で島へとっつき、断崖絶壁をまるで京の町中の石畳の小路みたいに駆け上がってった。
 雑面側も、交通の不便な場所だし、守り手もいねえから楽々落とせると踏んで、あんまり人数はいなかった。あれよあれよという間に、我らが土方先生が盗賊どもをなぎ倒していく。
 気絶させた敵さんを、かわらけ投げみてぇに荒れた湖に投げこんでいくのを、平隊士らが引き上げてふんじばっていく。
 どんな宝物が欲しくて、こんな辺鄙な小島を襲ったのか、理由を吐かせなきゃならんっちゅーので、殺っちまって終わり、とはいかなかったわけだい。

 どうしたんだ、おめえさんたち。急に黙っちまって。
 信じてもらえねぇかもしんねぇが? 酒の飲みすぎでまぼろしを見たのかも?
 やけにもったいつけやがるなぁ。いいから話せ話せ。聞いてみなけりゃ、なんにもわかんねぇよ。おめえさんたちの顔色見りゃ、ふざけてるわけじゃねぇってわかるからよ。
 うんうん。荒れた湖に、雑面かぶった盗賊たちが、ふところにお宝つめこんだまま気を失って、プカプカ浮かんでる。おめえさんたちが捕縛しようと近寄っていくと、とつぜん湖の中から黒い影が上がってきた。
 水面からギャギャーーーッと飛沫をあげて黒い手が伸びてきたかと思うと、盗賊どもをギュッとつかむやいなや、また沈んでいっちまった、と。

 まさかそりゃ、巨大鮫の生き残りかよ。琵琶湖にも出たんか。
 鮫って感じではなかった? 細長い手の質感は、鱗が生えてて蛇の皮みたいだった。あれは龍かもしれない、ってねぇ。
 しかし、お宝ごと持ってかれちまったんだなぁ。もったいねえ。
 え? 黒い手に掴まれて沈んでいったはずのお宝が、あとで島の上の寺を見てまわると、もとあった場所に戻ってきてた、ってか。うーん、面妖だな。

 おいおまえ、どう見るよぉ。
 なになに、お宝ってのはどんなだった、って?
 どうよ、小林。おめえさんは見たんだろう。
 三寸ほどの大きさの、中になにか細工が入った水晶玉を見た?
 おう、おまえ。したり顔しちゃってよう。わかったのか。
 そりゃ、「面向不背の玉」だろう、ってか。

 ──「面向不背の玉」というのは、水晶でできた玉のなかにお釈迦様が鎮座ましまして、四方どこから覗いてもこちらを正面から見つめているという、不思議な宝珠。

 その昔、藤原鎌足の息子・不比等が、唐帝の后になった妹から宝珠をもらって、日本へ持ち帰ろうとしていた途中、海の上で龍神に奪われてしまう。
 困った不比等は志度というその地に留まるのだけれど、そこで出会った海女と恋に落ちて結ばれ、ふたりの間には男の子が生まれる。
 母親になった海女は、息子を藤原家の次の跡継ぎにしてくれるなら、龍神から自分が宝珠を取り返すと不比等に約束して、海に入っていった。
 海女は深くまで潜ると、自分の乳房を切り開いてそこに宝珠を押し込め、命綱を引く。龍神は死の穢れを嫌うから、海女の躯に包まれた宝珠が持ち去られるのを、ただ見ていることしかできない。
 海女は命と引き換えに宝珠を夫に届け、不比等と海女の息子は約束の通り藤原北家の祖となり、一族はどの藤原家よりも長く繁栄しましたとさ。めでたしめでたし。

 そういう伝説があって、その後「面向不背の玉」は興福寺におさめられていたが、寺が焼けて以来、行方不明になっていた。
 なぜいま竹生島にあったのかはわからない、と。

 宝珠を奪われた龍神は、「面向不背の玉」を追ってあっちこっちを飛び回り、室生のあたりに腰を落ち着けたって伝説もある。
 お、小林。ウンウン頷いてやがる。それならばあの黒い手は、宝珠を守る龍神の手だったのかもしれない、と。
 ギャハッ、うちのおかみは、本当のことも眉唾なことも混ぜこぜにして、もっともらしい蘊蓄に仕立て上げやがるんだ。あんまり頭から信じねぇほうがいいぜえ。

 すると最近の、雨ザーザーゴロピカドンの妙な天気は、不届き者が宝に触れて、龍神サマがお怒りだったのかもしんねぇなあ。逆に今はもう、星がよく見えるいい天気だもんなぁ。
 するとおめえさんたちは、盗賊どもから宝珠を取り戻す手伝いをしてやった、ってワケだな。
 立派なことだい。龍神サマの恩返しってやつが、そのうちなんかあるかもしんねぇなぁ。
 おん、大将の振る舞ううめぇ飯をたらふく食えたんで、きっとこいつがご利益だよってか?
 ギャハハ、おだてても甘味くれぇしか出ねえぜぇ! へっへ、ひとつオマケにつけてやんよ。
 「うちの人はおだてに弱いのよねえ」って、おかみさんが拗ねてんじゃねーか。おめえさんたち悪いが、なんでもいいから褒めてやってくれェ。
 「若くてきれい」「肌が十代のきめ細やかさ」「いつもかわいいと思って見ている」──お、おう。ありがとな。だが、あんまりガチなのはなしでな。
 宝珠を盗んだ賊みてぇに、龍だか蛇だかみたいなお人に睨まれて、取って食われても知らねぇぜぇ。




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−「壬生怪談・百物語…
紫鈴堂・えしゅ 2023」−