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壬生怪談・百物語




〇六七・石段(ギャタロウ)


 おう、サクヤが帰ってきたか。お疲れさん。
 副長さんも飯はまだだろう。夜も更けて、八木サンの家族はみんなもう寝ちまってるから、ここで食ってけ。なっ。酒ぇ、いい具合に冷えてるぜぇ。

 今夜のオイラぁ、居酒屋の大将よ。こっちはおかみさんのおスズ。
 なに? また酒クズふたりが、急な思いつきで妙なことをはじめた、って?
 ギャハハ! そいつぁそうだが、おめえさんもこないだは、ノリノリで手伝いしてくれてたじゃねぇか。
 まあまずは食え食え。若いもんが腹を減らしてちゃあいけねえ。
 竹筒に仕込んだ水ようかんは、冷やっとしてツルツルで喉越しもいい。藤堂の旦那にも好評よ。
 旦那は味見の時に「甘すぎる」なんてブツクサ言ってたが、逆に顔にうまいぞと書いてある。甘味が好物だって人に知られるのが恥ずかしいって、アキラも言ってたっけな。
 若い娘っこの胸の内は、おっさんには複雑怪奇よ。旦那は娘っこじゃねーけども。

 そうそう、仕事帰りの平隊士から、土方先生の武勇伝は聞き及んでるぜぇ。遠いところまでご苦労なこった。
 いやぁ、貧乏くじ引くのがオイラじゃなくてよかったぜ。湖に浮かぶ孤島を占拠した雑面ノ鬼どもが、船に向かってバンバン撃ちまくってくるなかを、機転をきかせてひとりでギャーッと上陸し、バッタバッタとなぎ倒す。
 そんなめんどくさ……いやいや、難儀なんはよ、馬鹿みてぇに強いおめえさんか、アキラにしかできねぇ芸当よ。

 自分は仕事をしただけだ、って?
 逆にそれがソツなくできる男に、平隊士たちは憧れちゃうんよ。
 さっきもな、おめえさんが連れてった奴らがここで飯を食いながら、目ん玉キラキラさせちゃってよう。土方先生マジカッケー尊敬してますと、そりゃもうアゲアゲだい。ギャハハッ!
 血気盛んな若い野郎ってのは、自分より強い男を見ると、こうメロメロッと惚れこんじまうもんなんだよ。

 どうもよくわからん、って顔だな。
 ふむふむ。おめえさんが闇殺しのころは、仕事で一緒になった野郎どもは、殺しがうまい奴を見ると、みんな妬み嫉みをむき出しにした、嫌な目を向けてきやがった、と。男の嫉妬は醜いねぇ。
 強さがすべてで、強い奴だけ生き残る。強い奴だけ金を得る。強い奴は妬まれ嫉まれ、隙を見せると弱い奴らに寄ってたかって足引っ張られて、仕事仲間だろうが殺さなければ殺されちまう。うぇっ、物騒な職場だねぇ。

 それなので、下の者に目を輝かせて尊敬されるいわれはないのだが、ここではそういうものを向けてくる奴が多い。そうかぁ。逆に土方先生は、そういうのはお嫌いかい?
 べつに、妙な気分なだけだ。自分は斬ることしかできない……ってねぇ、なんだ。照れてんのかよ。
 照れてない? まあまあ、そうムキになるなって。ほれ、じゃこと伏見甘の炊いたん。うめぇぞ。
 炒ったじゃこの香ばしさが、伏見とうがらしにじんわり染みて、いい塩梅の味だろう。なんてことねえもんだが、こういうのがいいんだよなあ。
 おっさんが好きそうな味がする、って? そりゃ、おっさんが好きなもんを作って出してんだから。つべこべいわずに酒のめ、酒ぇ。

 そんで、島ァ荒らした雑面どもの目的ってのは、結局何だったんだい。
 知らん? ただの古ぼけたガラクタの類を、あやしげなまじないの道具に使おうとしていたらしい、ということしかわからなかった?
 自分は専門家ではない。拷問した雑面も同じく──はぁ、下っ端いびっても何も出てこねぇ。誠の狙いは、人から魂を奪って溜めこむっちゅう、謎の妖術を操る雑面ノ鬼の頭の知るばかり、ってか。

 そういうことなら、うちにも詳しいのがいるだろうがよ。
 どうだい、おまえさん。今回の事件、なにか直感がピンときたりするかい。
 長いこと寺で拝まれてたありがた〜いお宝にむかって、おめえさんがいつも唱えてるような念仏ムニャムニャ唱えると、こう水晶玉がピカーッと光ったりして……。
 そいつを使って、ドッカンドッカンしてやろうと企んでるんじゃねえか、とかよ。

 それはない?
 そもそもいつも唱えてる念仏は、しびとを弔う手向けの言葉であって、力とかそういうのではない。急に水晶玉がピカーッと光ったりしたら、自分もびっくりする、と。
 おめえさんがそれ言うかよ、摩訶不思議坊主。
 最近じゃ、お医者先生の実家の玄関脇に祠ァ建てられて、医者の一家に毎朝毎晩、鈴蘭大明神様ナムナムと拝まれてるそうじゃあねえか。何がどうしてそうなったんよ、一体。

 敵の狙いもわかんない?
 まじないに使うってのはただのフカシで、意外と普通に金目のものを盗んで、軍資金にしてるだけだったりするかも?
 悪事をはたらくためにも、先立つものが必要になるだろうから? しょーもな……。

 それはそうと、サクヤよぉ。
 さっき平隊士のやつらと、雑面ノ鬼どもに盗まれた大事な宝珠を取り返す手助けをしてやったんで、琵琶湖に棲んでる龍神がお礼だかご利益だかをくれるんじゃねぇか、って話してたんだよ。
 アイツらは、うめぇ飯を腹いっぱい食えたのが、ご利益だって喜んでたが……。
 そういや、なんでオイラたちは、急に居酒屋なんて始めたんだったかな。よく覚えてねぇや。
 案外本当に、龍神サマのご利益だったのかもしんねぇやい。

 ん? 龍神の礼というのかはわからないが、と。
 おっ、なんか良いことあったんかい。

 へぇ、今日の昼間に藤堂の旦那が、容保公に呼びつけられて、くろ谷さんまで出かけていった。
 あそこの石段は険しいから、いつもはぐるっと大まわりして坂道を上がってくんだが、今日は急ぎの用事があった。
 欠けた左半身を引きずり上げるようにして、旦那が石段を上がっていると、途中で義足がズルッと滑った。今日は雨が上がったばかりで、濡れてたのが悪かったんだな。
 すわ転げ落ちてしまうかと、藤堂の旦那はゾッとした。
 すると、石段の影から黒い人の手みてぇなもんがスルスルと伸びてきて、旦那の背中を、トン、と押した。
 そのあやしい手に支えられて、旦那はなんとかその場で踏みとどまることができた、と。
 その話を聞いて、おめえさんはホッと一安心。
 旦那の無事が、ご利益といえばそうかもしんねぇ、っていうんだな。

 どうした、おまえ。半笑いみてぇな変な顔して。
 龍神様のお礼っていうか、それってサクヤちゃんの生霊が、藤堂ちゃんを守ってあげたんじゃないの、ときたか。ほーん。
 神も仏も信じないような人間でも、好いたお人ができれば毎日無事を祈るようになる、ってな。
 アチチッ、熱っ、やけどしちまったっ。いやぁ、お熱いねぇ。たまんねぇわマジで。ヒヒヒ。
 お、へそ曲げたのかい。からかって悪かったって。すぐ刀に手をやるのは勘弁してくれぇ。
 祈りは力とかじゃねぇって、さっきうちのおかみさんは言ったがよ。
 案外どっかの誰かさんの祈りが、人を助けるなんてことも、世の中にあるのかもしんねぇなあ。
 それこそ、百万遍にいっぺんくらいのたまにはよ。

 龍神サマのお礼でも、サクヤの生霊でも、ま、どっちでもいいや。旦那が無事でよかったなぁ。
 くろ谷さんな、あそこはたしかに山門前の石の階段が急だから、上がるも下がるもヒヤッとするときがある。
 藤堂の旦那は体の半分を持ってかれちまってんだから、それこそ「急がば回れ」だい。




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