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壬生怪談・百物語




〇七〇・閑話(???)


 壬生の片隅で、眠りこむように建つ小さな稲荷社が、あたたかみのある不思議な光を放ちはじめた。
 すると、夏だというのにぶあつい外套姿の、時代錯誤な格好をした大男の姿が、打ち水の向こうにひととき浮かぶ蜃気楼のように、薄くなって消える。

 それを合図にしたように、稲荷社の裏に隠れていた仔狐たちが、ワラワラと飛び出してきた。
 みな毛色は紫色で、人懐こい顔をしている。社の掃除をしているスズランのまわりを取り囲み、思い思いにこんこんだとか、くわーいくわーいだとか鳴きはじめた。

「おばあちゃん、せっかくおじいちゃんが帰ってきたのに、化かして追い返しちゃったの。なんでなんでー」

 ぴょーん、ぴょーん、と跳ねながら、今年の春に生まれた末の仔狐が言った。
 スズランはニコニコしながら、末っ子狐の毛むくじゃらの狭いおでこを、指先で優しく撫でつけてやる。

「今会ったお人は、僕の知ってるソウゲンちゃんとは、微妙に別の人だったからねぇ」

 その兄さん狐が、地面に尻をついて、すまし顔で「さらっちゃえばよかったんじゃないの」などと悪いことをいうものだから、スズランは眉を下げて「こらこら」とたしなめてやった。

「ダメだよ。そんなことしたら。悪い狐は、僕のソウゲンちゃんはきっと好きじゃないもの」

「ひゅーひゅー」「ひゅーひゅー」

 小さくてまるっこい毛玉たちが、口々にはやしたててくる。いやーおませさんたちだねぇ、誰に似たのかしらと、スズランが苦笑いしていると。
 背後から、靴の底がアスファルトをこする音がした。
 仔狐たちは驚いて、急いで社の陰に隠れてしまった。

 スズランは振り返った。
 雲が途切れて、夏の日差しが射し込んでくるなか。地面を揺らして通り過ぎてゆく嵐電を背に、十かそこらの少年が、息せき切って立っている。
 スズランと目があうと、学校指定の肩掛けかばんを揺らしながら頭を下げた。
 とろろこんぶみたいな、おいしそうなふわふわの前髪が、熱い風になびいている。

「ご無沙汰しております」

 スズランは口をおさえて、思わず声が出た。

「ちいちゃくてかわいい」

「もっと早くにあなたのもとにまいりたかったのですが、なにぶん、この体が幼く……。物心ついた二つか三つのころに、妻に会いにいくのだと言って新幹線に乗ろうとすれば、悪霊にとりつかれたのではないかと騒ぎになりまして」

「それはそうだよね」

「お約束を、やっと果たすことができました」

 昔と変わらない色白の肌を、真っ赤にしているのは、炎天下を駆けてきたせいだろう。
 ひとまずお社の陰においでと誘って座らせれば、あまり見たことのない頭のつむじが、今日はハッキリと見えた。

「ほら、ちゃんとお水飲んでー。いま、何年生?」

「小学五年生です。六年生は中学受験の準備がありますので、当学年が修学旅行に行くことになっております」

「行先が京都だったんだ。偶然だねぇ」

「学級委員長を務めさせていただいておりますので、熱心に京都を薦めた結果です。みな、小生の熱意に動かされたのでしょう」

「ポカンとしてたんじゃないかな。クラスの子たち。ふふ」

 好きな事柄となると、とつぜん早口でまくしたてはじめる癖を思い出しながら、「そのくらいの年の子がこっちへ来るなら、神社仏閣よりUSJとかに行きたかっただろうに」とこぼすと、「そこは今度あなたと行きます」という。悪気のない、晴れやかな顔を浮かべている。
 クラスのみんな、ごめんねー。
 彼の、未だ見たことのない級友に、胸のうちで謝っておいた。

「今際の際に、あなたを縛りつけるような世迷言をこぼしてしまいました。耄碌するにもほどがあるというもの」

「んふふ。なによぉ、僕がそんなこと、気にするはずないって知ってるでしょ」

「それでも、一生の不覚なのです」

 稲荷社の裏から、おそるおそる覗いてくる仔狐たちが顔を見合わせて、「ひゅーひゅー」「ひゅーひゅー」と次々にはやしたてるなか──。
 スズランは、思わずまろびでた尾を振りながら、前に見た時よりもずいぶん小さくなってしまったつがいを、ギュウと抱きしめる。

「おかえりなさーい、ソウゲンちゃん!」








ありがたいことに東さんに70話の挿絵を描いていただきましたヽ(^^)ノ




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