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壬生の片隅で、眠りこむように建つ小さな稲荷社が、あたたかみのある不思議な光を放ちはじめた。 それを合図にしたように、稲荷社の裏に隠れていた仔狐たちが、ワラワラと飛び出してきた。 「おばあちゃん、せっかくおじいちゃんが帰ってきたのに、化かして追い返しちゃったの。なんでなんでー」 ぴょーん、ぴょーん、と跳ねながら、今年の春に生まれた末の仔狐が言った。 「今会ったお人は、僕の知ってるソウゲンちゃんとは、微妙に別の人だったからねぇ」 その兄さん狐が、地面に尻をついて、すまし顔で「さらっちゃえばよかったんじゃないの」などと悪いことをいうものだから、スズランは眉を下げて「こらこら」とたしなめてやった。 「ダメだよ。そんなことしたら。悪い狐は、僕のソウゲンちゃんはきっと好きじゃないもの」 「ひゅーひゅー」「ひゅーひゅー」 小さくてまるっこい毛玉たちが、口々にはやしたててくる。いやーおませさんたちだねぇ、誰に似たのかしらと、スズランが苦笑いしていると。 スズランは振り返った。 「ご無沙汰しております」 スズランは口をおさえて、思わず声が出た。 「ちいちゃくてかわいい」 「もっと早くにあなたのもとにまいりたかったのですが、なにぶん、この体が幼く……。物心ついた二つか三つのころに、妻に会いにいくのだと言って新幹線に乗ろうとすれば、悪霊にとりつかれたのではないかと騒ぎになりまして」 「それはそうだよね」 「お約束を、やっと果たすことができました」 昔と変わらない色白の肌を、真っ赤にしているのは、炎天下を駆けてきたせいだろう。 「ほら、ちゃんとお水飲んでー。いま、何年生?」 「小学五年生です。六年生は中学受験の準備がありますので、当学年が修学旅行に行くことになっております」 「行先が京都だったんだ。偶然だねぇ」 「学級委員長を務めさせていただいておりますので、熱心に京都を薦めた結果です。みな、小生の熱意に動かされたのでしょう」 「ポカンとしてたんじゃないかな。クラスの子たち。ふふ」 好きな事柄となると、とつぜん早口でまくしたてはじめる癖を思い出しながら、「そのくらいの年の子がこっちへ来るなら、神社仏閣よりUSJとかに行きたかっただろうに」とこぼすと、「そこは今度あなたと行きます」という。悪気のない、晴れやかな顔を浮かべている。 「今際の際に、あなたを縛りつけるような世迷言をこぼしてしまいました。耄碌するにもほどがあるというもの」 「んふふ。なによぉ、僕がそんなこと、気にするはずないって知ってるでしょ」 「それでも、一生の不覚なのです」 稲荷社の裏から、おそるおそる覗いてくる仔狐たちが顔を見合わせて、「ひゅーひゅー」「ひゅーひゅー」と次々にはやしたてるなか──。 「おかえりなさーい、ソウゲンちゃん!」
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−「壬生怪談・百物語…紫鈴堂・えしゅ
2023」−