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壬生怪談・百物語




〇七一・持込(ギャタロウ)


 へい、らっしゃい。お疲れさん。
 おう、馬詰に伊藤じゃねぇか。鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して、どうした。
 「ねぇ大将。土方先生、なにやってるんスか」だってぇ。イヤイヤ。

「土方先生ではない。今の自分は、居酒屋の大将の息子」

 ほれ、副長さんギャこう言ってるだろう。
 なーに、居酒屋の大将の息子は、鬼の副長殿と違って、おめぇさんたちを取って食いやしねぇよ。気にせず飲め飲め。
 副長から直々に酒ェついでもらえんだぜ。逆にそうそうねぇことじゃねえか。

 なんだってこんなことになってるのか、って?
 そりゃ気になるよな。おかみさん、どっか具合悪いのか、ってな。
 そういうわけじゃねぇよ。しかし斎藤のやつァ、おかみさん役が板につきすぎて、最近じゃ昼間の仕事中でもうっかりおかみさんって呼ばれかけてやがる。
 平隊士だけギャなく、オイラもそうだわ。気を付けよ。ながーい毒蛇に、睨まれちゃたまんねぇもんな。ヒヒヒ。

 上役がなぁ、居酒屋はじめたオイラたちを、めちゃくちゃに褒めてくれちゃったんだよ。

 ──己は、あれこれと指示を出す役の側にいるが、男ひとり暮らしでは料理にまでは手がまわらぬと、なかなか気付かんかった。
 平隊士たちの飯事情を気に留めて、たまには精のつくものを食わせてハッパをかけてやろうというその粋な心遣い、ただの酒クズと見くびっていてあいすまぬ。
 ふたりのおかげで隊の士気もアゲアゲ、腹いっぱい飯を食った新選組は三倍強い、お前たちを正直見直したぞ、気が行き届かぬところがある己を、今後とも助けてほしい……ってなふうにな。

 あれ、だいぶ酔ってたと思うんだけどな。珍しく素直だったから。
 それでオイラたちばかりが褒められたもんだから、こちらの副長殿が拗ねちゃって。

 ──なんだ畜生、飯を作って出すことくらい、俺にもできらあっ。

 そういうわけで、今日はおかみさんを押しのけて、ここに立ってらっしゃるんだよ。
 いうてまだまだ板前としちゃ、ひよっ子だァ。
 オイラの店に、新選組の縦割りなんざ関係ねえ。ビシビシしごいてやるからよ、至らぬところがあるかもしんねぇが、大目に見てやってくれよな。ヒヒ。

 土方先生は、近藤先生を尊敬してらっしゃるんですね、だと?
 あ、そういや。副長の「上役」っていや、局長だ。逆にそうなるか……。
 ま、いっか。
 おい、あんまり言ってやんなよ。ウチの息子が、サブイボ立ててやギャるじゃねーか。
 副長殿はそういうんじゃなくて、えーと、ただの負けず嫌いなだけなんだよ。ウン。

 おー、らっしゃい。またお客サンだ。今日は盛況だなァ。今来た若いの、名前はたしか松崎だったっけ。
 浮かない顔をしてんなァ。悩みごとでもあんなら、喋れば楽になるかもしんねぇぜ。
 人に聞かれたくない話なら、酒の席での酔っ払いの譫言とでも思って、聞き流しておくからよ。

 ──へえ、親父さん、この近くで古道具屋を営んでるのかい。
 うちのおかみさんか、お医者先生がここにいりゃあ、話も弾んだかもしれねぇけど、オイラ、そっちのほうはサッパリだわ。
 なになに。家で妙なことがあったって、どういうことだい。気になるじゃねえか。聞かせてみな。

 先日、ひさしぶりに実家に顔を出した。
 昔とかわらず、黴臭くて狭苦しい店だ。古い茶箪笥やら机やらがひしめきあっていて、どこで拾ってきたものやら、使い道もよくわかんねぇガラクタが積まれて足の踏み場もない。
 まるで山南先生の研究室じゃねぇか。
 ウンウン、おめえさん自身もそう思うんだな。
 山南先生の仕事部屋の空気は、古ぼけた実家の匂いがして懐かしい気持ちになる。
 前に不逞浪士と斬りあいをして、バッサリと向こう傷を受けてかつぎこまれたときも、ドバドバと血が出て気が動転していたが、あの部屋の匂いを嗅ぐと生家に帰ってきたようで安心し、いつの間にやら眠りこんでしまっていた。
 目が覚めるとすでに処置は済んでいて、傷跡は残るだろうが命に別状はないと言われた。

 おめえさんは、商人の家の生まれだろう。斬ったはったで怖い思いをして、逆に侍やめたいとは思わなかったのかい。
 イヤ、責めてるんじゃねぇよ。そうガチガチに恐縮しなさんなって。
 どうも怖ァーい鬼の副長殿の目が気になるようだが、こいつァ今はただの居酒屋の大将の息子だィ。酔っ払いの譫言なんて、オイラも明日には忘れちまわァ。

 うん。刀を持って、いっぱしの侍気取りで得意になっていたが、初めて人を斬ったり斬られたりした夜は、恐ろしくていつになっても寝付けなかった。
 朝方になってウトウトしはじめたころに、「店を継いでくれ」と何度もしつこい親父の夢を見た。

 ──俺は、古臭くてダセェ道具屋なんか継ぎたくない。この国のために刀を振るう、偉くて立派な侍になるんだ。

 そう啖呵を切って、家を飛び出したときの夢だった。

 侍になるとイキって新選組の隊士になったものの。
 最近は、年を取って腰を悪くして、重いものを運ぶのに一々難儀してる親父の姿を思い出すことが多くなった。
 新選組じゃ、人がバタバタ死ぬ。今生の別れが親子喧嘩なんざ、バツが悪くて死にきれない。
 それで気まずい気持ちをだましだまし、おめえさんは実家がやってる店を覗きに行った。

 ばけもの屋敷になっていた。

 店の空気が重い。昼だというのに、奥の通路が夜中のように暗くて、よく見えない。
 壁に沿っていくつも並んでる箪笥の影には、知らない女がうつむいて立っている。  
 ギョッとして二度見すると、姿が消える。
 半開きの引き出しからは、目が三つある子供が覗いて見上げてくる。さかさまに積まれた椅子の脚が、ひっくり返された亀みたいにウゴウゴと蠢いてる。
 おめえさんは顔真っ青にして、店主の親父さんを探しつつ、うなぎ寝床の店の奥へと進んでいった。

「でぇんでぇん」

 角の欠けた文机の上で、赤い着物を着た女が、何やら叫びながら、髪を振り乱して踊っている。
 女には両腕がついてねぇ。面の皮が太鼓みてェに張っていて、紐のような糸のようなものが、目のあたりから垂れている。顔から伸びた二本の紐の先には、目玉がくっついている。
 そいつを胴体グルグル回して振りながら、でぇんでぇん、でぇんでぇん、と叫んで踊り狂っている。
ちょっと待て、オイラそれ、前に見たことあるかもしんねぇわ。

 親父はいったいどこにいるのだと、おめえさんが店のなかを見まわすと。
 でんでん女のうしろに棒立ちして、手に玩具みたいなちゃっちいでんでん太鼓を握って、右に左に降っていた。
 年を取った親父さんは、イーッと歯を見せた、うれしそうな笑顔だ。
 前に気まずい別れ方をした息子のおめえさんが帰ったことに、うんともおうとも言わず、ひたすら太鼓を降っている。

 ──でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん、でぇんでぇん。

 親父さんは、すきっ歯の隙間から、歯ぎしりするみたいにつぶやき続けている。
 おまえさんは、初めて斬ったはったをやって、「侍って怖い」とビビったことも頭からぶっ飛ぶくらいに恐ろしくなって、大声あげて叫びながら親父さんに突進し、手からでんでん太鼓をひったくった。

 ──新選組の斎藤先生なら、きっとどうにかしてくれる。あのお人は凄腕の剣士だけど、徳の高い僧侶でもあらせられるのだというから。

 おめえさんは胸の中で自分に何度もそう言い聞かせながら、無我夢中になって屯所へと走った。

 それがこのお品です、ときたか。
 でんでん太鼓。
 うわっ、見たことある色と形してやがる。この、玩具みてぇな太鼓。
 やっぱオイラ、これ知ってるわ。ヤダヤダ。逆にマジで嫌だふつうに。

 えっちょっ。オイ松崎ィなんだ。縁起でもねぇもん持ってくんじゃねえや。
 うちのおかみさんは、そんなに徳の高いアレとかじゃねえから。あいつの力なんかじゃ、こいつぁ、どうにもなんねぇかもしんねぇぞ。
 そこを何とか? 店の飾りにでも? できるか、馬鹿野郎っ。
 ……はぁー。若いのに、泣かれちまっちゃ、しょうがねえ。
 一応斎藤のやつに話を通しとくが、期待はすんな。あいつけっこう、頼りになるようでなんねえからよ。ったく。

 一時、預かるだけだからな。
 もういいから、おめえさんは今から家に戻って、様子を見てこい。外出届はこっちの副長が書いとくからよ。
 親父さん、ほったかしはまずいだろ。逆の逆に。




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