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壬生怪談・百物語




〇七四・深夜(アキラ)


 妙な時間に起きてしまったが、庭先に明かりがついている。誰かまだ起きているのか。
 ギャタロウか。そういえば、居酒屋をやるとか言っていたな。
 拙者は飲まず早くに寝てしまうので、気が付かなかったが、なかなか本格的にやっているらしい。

 息子のサクヤが客に絡まれて、臍をまげて出ていった。もう遅いし店の客もいないから、仕舞い支度の最中と。
 此度はサクヤも噛んでいるのか、珍しい。なにゆえ息子役なのだかわからぬが、ふふ。ギャタロウとサクヤが並ぶと、確かにそう見えなくもないな。

 拙者は蒸し暑くて寝苦しく、なにか目が覚めてしまった。
 もう麦茶くらいしか出せねぇが、と。いいのか。かたじけない。
 これは。つけあわせの塩昆布。うむ、なにか染み入るようだ。じわりとうまい。

 この時間はいつもなら、お主とスズランはへべれけに酔っぱらっているころだろう。
 今から呑むのか。居酒屋の大将役も大変だな。
 面白い話を聞けたりするから、トントンというところ、と。ほう、どのような。
 ソウゲンに惚れた狸の恋バナ?
 ふふ、奇妙奇天烈なのか、何やらかわいらしいのか、判断がつかぬ。
 そういえば以前拙者も、たちの悪そうなあやかしが、ソウゲンに惚れる瞬間を地下の倉庫で見た。
 箱に封じられたあやかしだ。今はどうしているのか知らぬが、ソウゲンにはいつも坊主が横についているから、悪さをされる心配はないだろう。

 ソウゲンは、けだものに惚れられやすいというよりも、人ならざるものに魅入られやすいのかもしれぬな。
 ボウもそんなとこギャあるなァ、と? そうなのか。
 以前、どこぞのやんごとなき神社の神様に惚れられて、あやうく連れていかれそうになった?
 物騒な。しかし、無事でよかったな。
 ソウゲンもボウも、どこか浮世離れしたところがある男たちだ。ひたすらに純粋というか……。そういう心根の人間が、この世ならざる者には好ましく映るものやもしれん。
 なるほど、浮世離れした人間を、ほんとうに浮世から連れだしてしまおうと、浮世の外にいるものが、こちらにこいと手招きをしているのかもしれぬ、と。ふむ。

 ──同じ人間同士でも修羅場だなんだと難しいギャ、それが人と違う生き物ならば、なおのことそうだろう。それでも好きあっちまったんならしょうがない。そういうのは頭でやるもんじゃねぇ。けっきょくお互いの相性がいいということが全部だ。好いた相手と添い遂げると腹決めたなら、あとはぜんぶ些末なことよ。

 そうか。好きあうのは、頭でやることではない、と……。
 ギャタロウよ。これはべつに拙者の話ではないのだが、もし、己の身のまわりにある世界の外にいるものと、好いた惚れたがどうだという話になったとしてだ。
 あまりにも立場が違うそやつは、己のまわりの大切な人間を、もしかすると害するものなのかもしれぬ。
 そういうときは、白と黒、お主ならばどちらを選ぶ。

 「うちのもんに、なにやってくれてンだコラァ」とばかりに、ひっぱたいちまうだろう?
 おスズがよくやってるのを見る?
 スズランがソウゲンをひっぱたいているところは見たことがないが、たしかにまずいことをやらかしたソウゲンを、それはダメだとあれこれ諭している姿は、以前よく見かけた。
 ひとまわりふたまわり小さな坊主に叱られて、シュンとうなだれている大男の姿は、なにか微笑ましくもあった。あの姿も、最近は見なくなったな。
 しかし、あやかしに良いことと悪いことの分別をつけよと諭される人間とは、なんなのだ。ふつう逆だろう。

 己の芯を曲げてまで、相手にあわせて添い遂げるべき相手はいない。無理を続けても、どうせうまくいかぬ。
 うまくいかぬ夫婦は、ぬかるみの上に建てた家のようなもので、すこしの衝撃を受けただけで潰れてしまう。家が潰れるだけならまだしも、夫が妻を殺し、妻が夫を殺し、親が子を殺し、子が親を殺すことさえある。
 ともかくそれで、子供は天涯孤独になる。孤児になった者が、お主のところに来るのだな。屋根のあるところに住んで、仕事を得られれば上等、人さらいにさらわれてゆく者も少なくはない……。

 世の中、理想のままにはいかぬ。たいていどこでもなあなあの我慢大会で、うまくやれたりやれなかったり、拙者がこだわり続けるような、白黒ハッキリすることは少ないと。
 わかっている。だが、それでも白黒ハッキリしたいのだ。
 若いねえ、と。お主から見ればたしかに若いし、未熟者に見えるかもしれん。
 だがお主とて、黒を許せぬ誠の心を持つゆえに、ここにいるのだろう。つきあいも長くなってきたので、わかる。
 麦茶に塩昆布、馳走になった。それに、参考になった。
 「なにが?」と、わけがわからぬような顔をしているが、こちらの話だ。気にするな。




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