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壬生怪談・百物語




〇七六・「玄武」(スズラン)


 なあに、ソウゲンちゃん。さっきからウンウンうなっちゃって。
 難しいこと考えてるときの君って、眉間にふっかいシワが寄るよね。えいえい指で揉んじゃお。うふふ。
 えっ、男と男のあいだに子は生せるのか、だって。
 えっえっ。僕と赤ちゃん作りたくてそんなに悩んでるの? まじめな顔してるのに、発情期みたいなことを考えている。

 やだぁもー、そういうことなら僕としてもやぶさかではないっていうか、逆に大歓迎っていうか。僕ねぇソウゲンちゃんのためなら、どんな美女にだって化けられちゃう。
 ねぇ、君はどういう娘さんが好みなのかしら。教えてよ、好みの見た目にチョチョイと成ってみせるからさ。
 ふんふん、紫色の髪で、目も髪と同じ色。ほっそりしててちいちゃくて、でもそれって君と比べてってことでしょ。あんまり小さいと君の大きな体につぶされちゃいそうだし、中肉中背程度でいいかしら。
 あれ、この体そのまんまじゃない。
 ええっ。今の僕のことが、いっとうかわいいと思ってる、って?
 キャーッ! やだぁもー。照れちゃうじゃなあい。
 たしかに僕はかわいいけど、そんなに褒めたってなにも出ないわよう。うふふふふ!

 うわっ、びっくりした。壁に立てかけといたエレキテル錫杖が、急に震えだして倒れちゃった。
 斎藤一さん、どったの? どっか具合悪いの?
 もう死んでるのに、まだ具合が悪くなったりするんだね。大変だな。
 まあ、二回は死なないし大丈夫でしょ。
 不足しているエレキテルを注げば、また元気になられるでしょう、って?
 そっか。もしかして、僕が斎藤一さんのお顔を借りたまま、ソウゲンちゃんとイチャイチャしてるの見て、いたたまれなくなっちゃったのかと思っちゃったけど、なるほど、動力が切れちゃったのね。

 それでソウゲンちゃん、どうしてとつぜん交尾がしたくなっちゃったの?
 僕の顔がかわいすぎるせいかしら。これは、斎藤一さんの顔でもあるけれど。
 ふんふん、それもあるけれど……? あっ、またエレキテル錫杖が震えてる。
 斎藤さんは、かわいいって言われると照れちゃうのかしら。

 うんうん、僕の顔がかわいいのもあるけれど、先日摩訶不思議な世界へ迷いこんだ折に、ソウゲンちゃんと僕とのあいだに子供ができて血が続き、その先に生まれた子孫だというお人に会った。
 男と男のあいだに子ができたという前例を、今まで見たことがないので、どういう仕組みで生したのかが純粋に気になるのです、ってねえ。
 まあソウゲンちゃんか僕が、それともどっちもが、そっちの世界では頑張っちゃったんだろうねぇ。
 君が偶然、飲むと男でもおなかの中でややこを作れるようになる薬を発明しちゃったのかもしんないし、僕がまじめに修行して、霊験あらたかな神通力がどーたらして……するかな? ああいうのって、けっこう難易度高いんだよねぇ。
 化けるのがうまい狐は、雄でも雌でも人間の娘さんに化けて、人とのあいだに子どもつくっちゃったりするらしいんだけど、こればっかりは才能だからねぇ。
 今の僕が剣の鍛錬で、アキラちゃんやサクヤちゃんから一本取るくらい難儀なことよ。

 若い狐なんかだとねぇ、人に興味津々で、色っぽく誘惑して悪戯する子もいるわけよ。
 今まで聞いたなかでとくに悲惨だったのは、きれいなお稚児さんに化けて人間のおじさんをからかってたら、毎夜床に連れこまれてお尻をいじめぬかれて、あんまり激しいのでとうとうお尻の穴が爆発しちゃった、って話。聞いただけで怖くて泣いちゃったわ。
 まあ僕なら、もしもお尻が爆発しても、すぐにソウゲンちゃんが治してくれるでしょ。
 なんで尻が爆発するのやらわからない? うんそれはそうね……おっ? おわわ、僕のお尻を調べても、爆発はしないよ。
 ひゃはは、くすぐったい。やめてやめて、しっぽが出ちゃう。

 異なる生き物に化けてまぐわうのは、僕的にはとくに気にはならないかって?
 そうねえ。僕は人間が好きなのよ。変わり者だってよく言われちゃうけど、毛色が違うと仲間に入れてもらえないこともよくあったからね。狐を見ても、ドキドキしないなー。
 ソウゲンちゃんが狐だったら、きっとシュッと鼻先の長い、涼しげなイケ狐でしょうよ。それはドキドキしちゃうね。
 うん、僕は狐か人かっていうよりも、ソウゲンちゃんが好きなのね。君が僕に言ってくれたのと同じ。僕も、君の五匁が好きなの。

 ソウゲンちゃんこそ、お相手が狐だって気になったりしないのかしら。
 きみったら気が優しくて頭がよくて、喋る話は面白いし、いっしょに過ごすと時間が経つの忘れちゃうほど楽しくて、そのうえお顔も声もとんでもなく良いんだもの。
 町の娘さんたちが、山南さんに振り向いてもらえなくて悲しい思いをするんじゃないかって、心配だよ。そこは申し訳がないよね。
 あらっ、ご謙遜を。ん? これはどうやら、照れておられますな、ソウゲン殿。んふふふ。

 ふんふん。己とて、人と呼ばれるようになったのは最近のこと、昔は蛇の子と呼ばれておりました、って。
 あら、たしかにソウゲンちゃんのお家の人、みんなちょっと蛇っぽいかも。
 え? そういう感じじゃなくて?

 ソウゲンちゃんは、まだお母さまのお腹のなかにいたややこのころ、もうすぐ生まれてくるぞってときに、まだ心の臓をうまく動かすことができなくて、お医者の一族の誰が見ても死産だった……えーっ。無事でよかった、本当。
 君がいなけりゃ、僕もうとっくの昔に仏さまだよ。仔狐のころに猟師さんにとられて、今ごろ襟巻にされて、町のおしゃれな娘さんの首に巻き付いてたわ。

 お腹のなかの君のことを諦めきれないでいたお母さまは、一族がお祀りしている蛇の神様に、「どうかこの子が無事に生まれてきますように」と毎日祈ってた。
 するとある夜、夢の中に蛇がでてきて、こう言った。

 ──自分の神通力では、死んだ赤子の運命を変え、生かして産ませることはできぬ。
 阿蘇山のふもとに鎮まる阿蘇神社へ詣で、そこへ祀られている十二の神のうちの一柱である玄武神に、赤子の無事を祈るがよい。
 北方を守護する玄武は、生死を司る北極星の化身である。あの世とこの世を行き来する、かの亀蛇に願いが届けば、死んで生まれてくる赤子の魂を、躯のうえに連れ戻してくれるであろう。

 なるほどなぁ。お偉いさんに丸投げしちゃったのね、あの蛇。
 迷信なんて信じない家の人たちは、半信半疑だったけれども、ソウゲンちゃんのお母さまは、藁にもすがる思いで夢のお告げを信じて、身重の体をおして阿蘇まで参った。
 その甲斐あってか、ソウゲンちゃんは一度は死産で生まれたけれど、奇跡的に息を吹き返して無事にスクスク育っていった。
 でもお母さまは、無理な旅がたたったようで、早くにお亡くなりになった……。そっか。
 それでお母さまは、子どもを助けてくれたからって、あの人食いの化け蛇に恩を感じていたんだね。あいつは何もしてないんだけど。

 一度死んだ者が浮世へ戻ってきたこと。そして、玄武神の加護があったってことで。
 子どもの名前は、一族の男が代々戴く「踪」の字に続けて、北の玄武様のお名前から一文字もらって、ソウゲン、ということになった。
 人の生死を司る北極星から字をもらうって、お医者様にはピッタリの名付け方だねぇ。
 もし君が、なんてことなく無事に生まれてきていたら、僕は今ごろ君の名前を、ソウノスケちゃんとか、ソウノシンちゃんとか呼んでたかもなんだね。
 ソウゲンちゃん。うん、この音の連なりがいっとう好きだな、僕は。
 すてきな君にとっても似あっている、いい名前だと思うよ。

 そういうことがあったので、己はぬくい血の通った人間ではなく、冷血の蛇だと言われながら年を取ってきた。己が生まれたかわりに母を殺したのだという、家族の恨みもあっただろう……って?
 ソウゲンちゃんは、とってもあったかいお人よ。触れていればほら、ぬくぬくしちゃう。
 今は、ちょっと暑いくらいだね。夏だし。汗がしっとりしちゃってたりして。
 ……あ、ドキドキしてる? お手々を触ってて。僕もね、えへへ、ドキドキしちゃってる。

 昔のお父さまやお兄さまがたは、急にお母さまを亡くしてしまって、どうすればいいのかわからなかったんだろうね。
 賢いお医者様たちだもの、君のせいなんかじゃないって、頭ではわかっていたでしょう。
 心というものはなかなか頭の思い通りにいかぬものと、己もこの年になり、最近ようやく理解できるようになったのです、って? そうだねぇ。

 お母さまは好きでお参りしたことだから、君たちが気にすることはひとつもないって、そう言ってらっしゃると思うよ。
 会ったことあるみたいに言う、って? ふふ。
 ソウゲンちゃんのご実家の人を、食い物にしてたあの悪い蛇。きっと亡くなったお母さまのことも、恩着せがましくこき使ってたんじゃないかしら。
 それを、こないだ、僕がバリバリ食べちゃったでしょう。
 だからかな。前にね、夢に出ていらっしゃったのよ。信じてくれるかはわからないけど……。
 お母さまねぇ、笑うとソウゲンちゃんと目元がそっくり似てるから、すぐにわかったよ。
 それに蛇みたいに、とーっても首が長いの。




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