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壬生怪談・百物語




〇七七・「銅人」(一番星)


 いてて。俺としたことが、しくじったなぁ。
 物陰からひょっと出てきた雑面ノ鬼に、一発食らわされちまうなんて。
 ソウゲン、塗ってくれてるこの薬、なんかすんごいニオイがすんだけど。うええ。
 たいした傷じゃなくてよかったのです、ってか。
 いやいや、そういう問題じゃねぇの。背中の傷は武士の恥、逃げ傷だ、つって馬鹿にされたんだよ。
 誰に言われたのかって、サクヤだよ。そんなん言う奴、あの野郎しかいねぇし。
 あいつ、ほかの奴が背中を怪我してもそんなこと言わねーのに、俺にだけ藤堂みたいにケンケン言うんだよ。性格わりぃ。
 逃げてねーっての。後ろからバッと出てきたんだから、ずりぃのは相手のほうだろ。
 喧嘩にずるいもなんもねーけどさぁ。いちちち。

 あれっ。なんか部屋の雰囲気、いつもと違うくね?
 わかった。あの妙に目を引く人形がいねぇんだ。
 この部屋に入ってきたやつが、十人中九人ギョッとするやつ。鉄でできたスッパダカの、人の腰くらい背丈のあるデカい人形だよ。
 銅人形、っていうのか。鉄ではなくて銅でできているのです、って? おー。
 あれ、何なの? やたらと人間そっくりだけど。
 うんうん、全身に気の流れる「経脈」ってのの線やら、三百以上の細かい穴が開いていて、針とかお灸とかをやるツボの位置を勉強するためにある人形、なのか。ほぉー。
 たしかに針もお灸も、いきなり人間に試したりできないよな。ソウゲンはよくやってるけど。
 ツボの位置を全部憶えてるからできること? 素人が真似するのはダメ?
 そっかぁ。ギャタロウが最近肩こってるみたいだから、ツボのひとつでも押してやりゃ楽になるかと思ったんだけど。
 ではここを指で揉んでさしあげれば、って?
 年いったおっさんの肩こりに効くのは、肩井(けんせい)のツボ。首の付け根と肩の先を一直線で結び、その線のちょうど真ん中にある部分……おっ、この辺か。気持ちいい。えっ、まだおっさんじゃねぇけど俺、ツボ押して気持ちいいってアリなん?
 いきなり新選組の局長に持ち上げられて、下のモンにアレコレ指示出したりと、毎日慣れないことやってると、気が付かねぇうちに肩もころうってもんだって……うーん、そういうもんかぁ。いや、いきなり自分がおっさんになったかと思ってビックリしたわ。
 確かに俺、急に侍になっちまったんだもんなぁ。
 まだ朝起きたてで寝ぼけてるときやら、てめぇ自身が何なのやら、わけわかんなくなる時あるわ。

 で、この銅人形ってやつは、どうやって使うの。あ、銅人形はどうっての、今のはスズランが言うみたいなクソな駄洒落じゃないから。
 うんうん、銅人形の生まれ故郷は、唐国だ。宋の時代から、医者になる試験に使われていた。
 試験のやり方は、まず人形の表面に蝋を塗る。受験者は目隠しをされて、出題される問題にあうツボに針を刺す。正解なら、人形のなかに仕込まれた水銀が血のように流れ出してくる……。うえっ、ちょっとキモいかも。
 というか、目隠しの意味なくね? お医者さんがツボ押すときって、ふつうは目で見てやってるし。布で目を覆うって、スイカ割りかっての。

 え、スイカ割りも唐国で始まったことをご存じですか、って?
 知らない。へえーっ、そうなのか。俺、得意だぜ、あれ。
 唐国ではいくさの前に、生きた人間を頭のみ出して土に埋め、その頭をたたき割って士気をあげるという儀式を行っておりました……うえーっ。そりゃひでぇな。エグすぎて逆に気分がサガりそうだけど。
 かの諸葛亮もそう思われたのでしょう、長江での赤壁の戦いを前にして、この惨い儀式で使う人間の頭を、スイカに置き換えたのがはじまりといわれています……そりゃよかったが、俺、これからスイカを見たら人間の頭に見えちまうわ。スイカ割り得意なのに。

 このスイカ割りのスイカは元々人の首だったという話は、諸説あるうちのひとつで。
 清水寺の地主権現社にある一対の恋占い石を使い、目を閉じて目的の石までたどりつければ意中の相手と夫婦になれるという言い伝えから生じただとか?
 豊臣秀吉公が、安土城をブッたてるために疲れきった部下をいたわろうと催したのが始まりだとか、言われることもある。ふーん……。

 それで俺らって、今まで何の話をしてたんだっけ。
 あ、そうそう、銅人形の話してたんだよ。なんでスイカの話になったんだっけ。
 ソウゲンも俺とおんなじで、話がよくとっちらかるって言われねぇ?
 それらは皆おなじことなのです、って。なるほど、自分のなかではひとつながりになってる話、ってことか。そりゃいいなぁ。
 今度誰かに、お前の話はとっちらかってるぞって言われたらさ、俺もそれ言うわ。イヤイヤ、全部おんなじことなんだよ、って具合に。言ってやる相手、たぶん藤堂かアキラだと思うわ。
 サクヤの野郎は、そもそも俺の話を右から左に聞き流してやがるからな、あの野郎。

 おっ、なんだ。長屋門のほうから悲鳴が聞こえた。
 「なんじゃこりゃあーっ」って、藤堂の声だ。あいつ、ナリはちっちゃいのに、腹のどっからあのデカい声が出るんだろうな。
 ソウゲン、藤堂が呼んでるぜ。行くか? 逃げるか?
 面白そうなので見に行くのです、ってか。へへっ、あんた結構いい性格してるよな。

 おうおう、みんな人の通る出入り口に集まって、どうしたんだ。
 スズランにギャタロウ。口パカーって開けて棒立ちしてる。サクヤとアキラも猫だまし食らった猫みたいな顔だ。ボウ、なにがあったんだ?
 ん? 指さしてるのは、なんだこりゃ。銅人形じゃねぇか。今ちょうどソウゲンと、コイツの話をしてたんだよ。
 でも、ソウゲンの部屋にあったのとはだいぶ違うな。
 え? 小生の所持している銅人形で間違いないのです、って?
 あ、ほんとだ。名前書いてある。
 失くすと困りますので、って得意そうにでかい鼻息ついてるけど、こんな幅をとるもんを失くしたりすること、そうそうないだろ。
 ソウゲンがいいとこの子で、おっ父とおっ母から、ちゃんと自分の物には名前書いとけって言われて育ったんだな、ってことはわかるけども。

 イヤイヤ、だけどさ、ソウゲンの部屋にあった銅人形って、こんなに背丈なかったぜ。
 いいとこ、俺らの腰くらいまでだった。頭ひとつかふたつぶんかは、背が伸びてることになるじゃん。
 ん、どうしたギャタロウ。
 オイラが、おめえさんはチビだなぁ、逆におっさんの顔してるくせにっつったの、気にしてたのかもしんねぇ、って? えーそんなことってあるかよ。

 ともかく、前はもっと腹とか出てて、だらしのねぇ体つきだったよーな。
 スズラン。あっ、て声上げて、なんだよ。
 前に酔っぱらったときに、おなかまわりが狸みたいにぽんぽこりんでだらしないねぇ、これはお酒の飲みすぎなのです〜って、ふざけてソウゲンが診察するみたいにからかってやったから、気にしちゃってたのかも、って?
 いやいや。そんなことある? たしかに今この銅人形、腹筋バキバキに割れてるけど。

 サクヤにアキラ。自分も拙者もって、ふたりはいったい何言ったんだよ。
 サクヤ。この銅人形、クソ雑魚ナメクジ坊主よりも貧弱なぶよぶよの腕では、刀も持てまい、と言った。
 アキラ。たしかにサクヤのいう通り、日夜剣を振り続けて体の引き締まった隊士を診るのに、こいつは果たして役に立つのか、と。
 みんな、けっこうひどいこと言ってやってんだな……。たしかに、ソウゲンの部屋に入ると、まずこいつがパッと目を引くもんな。
 なんか言いたくなるんはわかるけど、あとでひでーこと言ってゴメンなつっとけよ。

 それでこの銅人形のやつ、みんなにチクチク言われたことを気に病んで、自分を鍛えてこんなに立派な体格になっちまったのか。いや鍛えるたって、どうやったんだよ。
 どうした藤堂。ちいちゃい身なりで立派に役目を果たすこやつが、なにか親近感がわいて好きだったのだが、って?
 あっちを立てりゃあこっちが立たず、ってやつだな。え? なんか違う気がする? こまけぇこたぁいいんだよ。
 わかんねーけど、やる気のあるやつぁ、好きだぜ俺は。
 ソウゲン。非科学的なのですなんて言わねぇで、こいつを元の場所に戻して、また使ってやってくんねぇか。
 うんうん、もとよりそのつもりだし、非科学的というのなら、散々身をもって体験してまいりましたので今更な話です、と。たしかに。
 よかったな、銅人形。これからまたよろしく頼むぜ。
 でもなにをどうして、そんなにむきむきになっちゃったんだろうな。




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紫鈴堂・えしゅ 2023」−