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壬生怪談・百物語




〇七八・「春本」(藤堂)


 近隣に住む者たちから、新選組に申し立てがあった。
 いわく、夜道を歩いていると、うしろをついてくる者がいる。
 妙に思って振り返ると、人の姿のように見えるが、頭部が男性器になった化け物だ。
 恐ろしくなって逃げ出すと、化け物も走って追いかけてくる……。

 大方は、面妖なあやかしに仮装して、人をからかって面白がる不届き者の仕業であろう。しかし壬生の者たちが不安がっているというなら、捨て置くわけにはいかぬ。
 む、サクヤか。夜回りに同行するのはスズランだったはずだが、あやつはどうした。
 自分が代わった? またなぜ。あやつ、具合でも悪いのか。
 落ちこむことがあって消沈し、あまりにも元気がないので、自分が代わろうと声をかけた、と。
 なにかお主、今夜は、妙にスズランに優しくないか? いったいどうしたのだ。

 ふむ、スズランがしょげているのは、気に入りの春本をなくしてしまったせいなのだな。
 あの大酒飲みののんびり屋が落ちこむ理由となると、二日酔いか春本のことくらいだし、なるほど。

 スズランが失くした大のお気に入りの春本とやらは、数日前にお主が黙ってコッソリ借りたやつで……。
 待て。サクヤお主まさか、スズランから黙って借りた春本を失くしてしまったのか。
 失くしてない? ちょっと目を離したら消えていた、足でも生えたとしか思えぬと?
 書に足が生えるなぞ、そんなことあるわけ……ううむ、しかし妖怪坊主の持っとる春本だしな。絶対にないとは言いきれん……。

 それで、スズランのやつには謝ったのか。
 謝っていない? 自分が借りたというのも言っていない?
 「あらーサクヤちゃんったら、涼しい顔して意外とこういうのが好きなのねぇ〜、ふーんふーん、へぇ〜っ? ホホホ」とにやけ面してウザ絡みしてくるのが目に見えている?
 確かにスズランなら、まさにそんな感じでウザ絡みしてくるであろうし、言い出し辛くなるのはわかるが……。

 「今日は元気がないので代わってやる」と、お主はスズランに伝えた。まあ、自分のせいだとわかっておるから、ばつが悪かったのだな。
 すると大変におどろかれたうえで、派手に感謝をされてしまったので……うむ、お主、そういうこと言いだす男ではないものな。とくにスズランには。
 それであまりに喜ばれるので、さらに言い出しづらくなってしまった、という。そ、そうか……。うーむ、年頃の子の心のうちというのは、複雑で難しいものよな。

 で、その春本とは、どんな内容なのだ。
 いやべつに私が春本に興味があるとかではなく、もしもの時は同じものを見繕って謝りにいけば、スズランは一番星のようにちょくちょく臍を曲げるような、頑固な性格の男ではないし、それで許してくれるのではないかと思ったのだ。うむ。
 同じ春本を用意するのは難しいかもしれない?
 なぜ。そんなに特殊な性癖を持っておるのか、あやつ。

 ふむふむ、春本の題名は百慕々語(ひゃくぼぼがたり)といって……。
 ぼぼとは、女陰のことだろう。一瞬でどういう内容の本か察せられる、ひどい題名だな。
 百物語をもじって、怪談をおもしろおかしく猥談に仕立て上げためずらしい本であり、登場する妖怪たちも、巨大なマラやホトの姿に描かれており……。

 それはもしかして、サクヤよ、あそこに立っておる者のような感じか。
 琵琶を背負った一つ目の大入道。頭は巨大なマラだ。
 たしか百物語に登場するときは、ひとつまなこ、という妖怪だったハズだが……。
 春本の百慕々語においては、ひとつ「まら」こ、と記されていた、と。なにか憐れなような、おかしみがあるような。

 では昨今、壬生の住人を不安に陥れている化け物というのは、もしやスズランの春本から抜け出してきた猥談妖怪たちではないのか。
 化け物の発生源、うちの屯所ではないか。
 助平な春本にかけるスズランの情念は、一流の剣士もかくやというものだ。春本に描かれた絵が紙から抜け出てくるような、いらん奇跡を起こしてしまうこともあるのかもしれぬ。
 いや、あるか? あってたまるか。でもこうして、目の前にあるのだな……。うう。

 サクヤ。よいか、化け物を斬って捨てたのち、このことは他言無用。
 それでなければ下ネタをちりばめた最悪な顛末を、容保公のお耳に入れねばならん羽目になる。どんなお顔をされるだろうかと、考えるだに怪談よりも恐ろしいわ。
 スズランは、まあ、気に入りの本が無残に斬り捨てられたとなると、あやつはまた落ちこむだろうが、本の中身が現実に出てきて壬生の者たちを震え上がらせていたと聞けば、気が優しいので納得するだろう。

 しかしあやつ、己の春本に足が生えて逃げ出し、化け物を生み出して付近の住民を驚かせておったと聞けば、いったいどんな顔をするのだろうな……。




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